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異界渡り、ビカム -伝説のエルフは今日も勝手に深読みされる-  作者: 鹿紅 順


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第三章 第8話「約束の履行」

   ***




『――……で~、この前登録者数が30万人を突破したのを記念して~、【★めるとぁ】の〝ボビ勝つするまで終われません!耐久ゲーム配信〟を明日やりま~す! 【★めるとぁ】のタマシイ・フレンドの【夜騎士―ナイトナイト―♰】さんと~【アイスくりぃむ】たんと一緒にパーティー組むよ~。CY・BARキめながらブッ続けるから皆見てね~』


 @はむはむプレジデント:ナイトナイトは呼ばないほうがいい

 @:は?なんで

 @はむはむプレジデント:めるとぁにアイツはふさわしくない

 @:出たはむはむw

 @:ガチ恋キモいぞはむはむ

 @:イケ配信者と絡もうとすると出てくるシティの怪物

 @はむはむプレジデント:俺は怪物じゃない。警鐘を鳴らしてるだけ

 @:しらねーし

 @:お前は鳴らされる側だろ……

 @はむはむプレジデント:ナイトナイトは女性配信者とばかり絡んでる→実はそういうこと

 @:→実はそういう事 なんかおっさん臭

 @:草

 @:はむはむが暴れないとめるとぁの配信に来た実感がない

 @《10,000R はむはむプレジデント:めるとぁ、マジでナイトナイト呼ぶの考え直して。めるとぁの格が下がる。める民は誰も望んでない》

 @:うお スパチャで訴えだした

 @:いつもの

 @:粘着のくせに金あるとかふざけろ……

 @はむはむプレジデント:めるとぁを守りたい。恋とかじゃなくて純粋にファ――




「……長! 社長! ちょっと来てくださいよ!」


「うるせえ! 何だよ、俺は今なあ……!」


 はむはむプレジデント……もといショウ・モモチは噛り付いていたモニターから顔を引き剝がすと、社長室へ飛び込んできた若手社員に怒鳴り散らした。熱中していたレスバを邪魔されるほど苛立つことこの上ない。


「表に客が来てるんですが……」


「ただの来客じゃねえか! お前らで対応しとけよ!」


「『イチタカ・アベへの借りを返しに来てもらった』とか何とか……」


 スゥ――


 ショウの顔から怒りの色が一瞬で消え失せ、恐ろしいほどの真顔へと変貌した。いや、少し青白いところまで突入しているかもしれない。変化は劇的であった。


「……どんな奴だ」


「え? 身形は地味すけど、なんかこう目が離せないっつーか。あんま上手く言えないすけど。追い返しますか? 怪しいっすよね」


「――いや、ここへ通せ。そいつがブラスターの引き金に指が掛かったヤク中だろうとな」


 会わないわけにはいかない――ショウ社長の無言の決意を察した社員は、己にできる最大限の速さで件の客人を社長室に連れてきた。

 地味な服装にアフロヘアとオーバーサイズサングラスの長身痩躯の男がショウの前に姿を現した。


 ビカムである。


 得体のしれない相手、さてどうするか。ショウは当たり障りのない話題から切り出すこととした。


「……さて、我が社に何用かな、お客人? アンドロイドの整備をご所望か? 先に言っとくがセクサロイドはウチじゃ扱ってねえぜ。業務用の面白みもねえもの専門だ」


 椅子に深く腰掛け、おどけるように両手を広げて話すショウに、だがビカムは黙したまま視線だけを投げかける。


「……(……あれ? ただのお客だと思われている⁉ イチタカ殿の名前を出せば通じると聞いたのだが……。マズい、計画が……!)」


 笑顔を貼り付けたイチタカの背筋に人知れず冷や汗が伝った頃。

 ビカムはようやく口を開く。


「――何の用か、思い出させて差し上げようか?(ちょうどいい頭が冴える魔法があるのですが)」


「……‼」


 恫喝とは思えない、涼風が吹き抜けたような声音。


 だがショウにとっては地獄の寒風もかくやの冷たさで心胆を寒からしめた。

 この落ち着きよう、ただならぬオーラ……しらばっくれようものなら悲惨な末路が待ち受けていることは想像に難くない。


 やはり彼はイチタカ・アベの使い。約束の履行を求めに来たのだ。




 シティには当然ながら企業以外にも経済活動を行う会社組織がそれなりに存在する。


 ほとんどの人間が労働から解放された日々を送っているが、様々な事情から会社に属し労働を選ぶ人間はいた。とはいえ勤労を尊んでいるわけではなく、ほとんどはシティ運営者たる企業とお近づきになり、特権や甘い汁のおこぼれを狙ったものではあるが。


 シティ社員もそれを心得ているので、便宜を図ってやる――たとえば備品の御用業者にするなど――ことで子飼いの会社を作り、資金供与を受けたり情報収集や汚れ仕事の駒として利用したりする。




 ショウが社長を務める会社もイチタカの子飼い社(・・・・)の一つ。バルキロアが業務に用いるアンドロイド、その一部の整備を業務委託する相手としてイチタカが取り計らったことがあるのだ。


 通常ならショウは、企業内でイチタカが立ち回るための金や情報を見返りに差し出すはずだったのだが、既に地盤を盤石なものにしつつ子飼い社も複数あったイチタカからは「将来必要になった時に借りを返してもらう」と、ある意味で最も高額なものを要求されたまま今日に至る。

 ショウ自身も忘れることはないが頭の片隅には置き続け、しかし特に連絡のないことを理由に安心しきっていたのだが……


 もっと早くに気づくべきであった――負債には利子が付き、返すのが遅れるほど膨れ上がることを。


 もはや何を要求されるか知れたものではなかった。


「は、はは……い、いやいやまさか。我が社はこれが定番ジョークでして。忘れちゃあいませんよ、アベさんから受けたご恩は……。少し前の話なもんで思い出すのに時間がかかっただけです。困った時に何なりとお力添えするお約束ですものね、ええ……」


「……思い出せたようで(・・・・・・・・)何よりだ(・・・・)(良かった~! 授けてもらった計画が破綻するかとひやひやした)」


「っ……」


 瀬戸際で命を拾ったことを自覚したショウは、口の中に溜まっていた唾を音が鳴るほど飲み下した。喉元で叫び出そうな恐怖ごと、胃に押し返すように無理やり。


「それで、その……ご用向きは何と……?」


 厳重に鍵の掛かった中身不明の扉を開けるような心地で切り出す。


「……バルキロア保養病院に潜入する」


 最初、ショウはその言葉の意味が分からず、


「……貴殿の会社の……社員の身分を借りたい」


 最後まで聞き終えてようやく事態の深刻さを理解した。


「そ――」


 反射的に断ろうとした口に慌てて手で蓋をする。


 ショウにとってバルキロアは超が三つは付く上得意様であり、保養病院で稼働するアンドロイドの整備を確かに受託している。

 些細な情報でも漏洩を防ごうとするバルキロアはアンドロイドを整備会社に預けることを嫌う。必然、ほぼ毎日のようにショウの会社の社員が出入りをするので、その中に紛れ込めばという作戦なのだろう。


 なるほど、なるほど……


(どう考えてもヤバい橋を渡ることになる――!)


 企業を騙すも同然の行い。

 加担がバレた時の報復など……想像したくもない。

 しかし断ることはすなわち、イチタカから受けた恩を仇で返すことを意味する。


 受けるも地獄、断るも地獄。


『こちらでも、それなりの手当てはする』


 突如、ショウ愛用のPCのスピーカーから女性の声が響く。

 何だと目を向ければ、モニターには配信動画の上に新たなウィンドウが開き、脈絡もなくとある映像が流れている。


 ――アフロヘアの男に(・・・・・・・・)銃口を向けられた(・・・・・・・・)ショウの映像が(・・・・・・・)


『ここに来るまでにあった防犯カメラの記録を改竄して、貴方が無理やり脅されて従ったように見える映像を差し込んでおくわ。少なからずペナルティはあるかもしれないけど、殺すと脅されてやったなら致命的な風評にはならないんじゃない?』


 それならじゃあ……、とは軽々しく決断できないのだ、対企業とは。

 会社の存続、シティ居住権、イチタカへの借り、企業への背信――

 天秤に乗せられないはずのものを幾度も乗せ換えながら、1度にも満たない傾きを確かめる。


 やがてショウが下した結論は……


「――すまん。それでも、俺は……シティで生きていく以上、企業に逆らうことはできねえんだ――!」


 イチタカとの約定ではなく、企業への臣従を選ぶものであった。


 これによりイチタカとの縁は切れ、大口の仕事を失うことになる。

 だとしても、だとしても――企業に敵対することは絶対にできないのだ。


 ショウ……壮絶な決意を(したた)めた男の顔であった!




『――【★めるとぁ】のプライベートアドレスに「コイツがはむはむプレジデントの正体です」ってアンタのリアル画像を送り付けるわよ』


「ごめん☆やっぱ逆らうわ」




 ――そんな企業すらも上回るのが推しへの愛と羞恥心である。


 ロマンスグレー紳士キャラ(自認)でネット上は通しているはむはむプレジデントにとって、生え際の後退が気になる脂ぎった小太り四十代中年のリアルアバターを知られることは死に等しいのだ!


「……(はむはむプレジデント……フフ……)」


 やはりこの結末を確信していた美の化身は、運命が己の掌の上で踊る様子に微笑みをわずかに覗かせたのであった。

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