表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異界渡り、ビカム -伝説のエルフは今日も勝手に深読みされる-  作者: 鹿紅 順


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/66

第一章 第5話「少女の願い」

「あっ!」


 サムライたるリンが、少女のように声を上げたのも無理からぬ。


 ビカムは寸毫(すんごう)も背後を振り返ることなく、左の掌で警棒を握り止めていた。


 暴力を振るった男は驚愕した。起こるべきことが起こらなかったのだ。

 警棒から流れる電流――クローン虎ですら失神させる――を受けて、このリンダリアル人はなぜぴんぴんしているのか。


 その気の緩みを突き、ビカムは手を捻り、鮮やかに警棒を奪った。

 蛮行には相応の報いを受けなければならない――流れるようにビカムは警棒で男の肩を突いた。


「ぐえあああああーーッ⁉」


 なんと! ビカムが扱うや否や、警棒は凶悪な電流を迸らせ、男の全身を正しく駆け巡り意識を奪うに至った。


 リンが見た一連の動作は、流麗の一言に尽きる。

 そう営まれることに何の違和感も抱けないほど、意識にしっくりと染み渡ってくる。無様に寝転がる相手の姿を見て、ようやく洗練された武の凄味を理解した。


「……来ないのか?(来ないなら帰ってくれ)」


 しかし、この場でビカムの真の強さの片鱗を感じ取れたのはリンぐらいのもの。

 強さを推し量る技量が追いついていない以上、ビカムのあからさまな挑発に乗らざるをえないのが、残されたライゾーたちだ。


「舐めんじゃねえ!」


 事ここに至り、遂にライゾーたちは腰の高周波ブレードを抜き放った。

 リィィン――と刃から伝わる振動が空気を震わせる。


 腐ってもライゾーたちはローニンだ。少なくともそう自負している。

 ゆえに、腰のブレードは軽々に抜いてはならない。

 抜き放ったが最後、立っているのは自分か相手のどちらかのみ。ローニンが、サムライが、抜刀することは計り知れない重みを持つのだ。

 ライゾーたちに、もはや退く選択肢は無くなった。


 その意気を感じ取り、ビカムの目が鋭く細められる。


「(そんな壊れそうなガタガタのブレードを使うなんて)……本気か?(逆にそちらがケガするぞ)」


「本気も本気よォ! 今さらビビったなんて言わせねえぜ! チェストーッ‼」


 乾坤一擲、ライゾーは大上段に構えたブレードを一切の躊躇なく振り下ろした。


 ――ビカムは横薙ぎに腕を振るった。ブレードと警棒が運命に導かれるように空中でぶつかり合う。


 勝負にもならなかった。

 いや、勝負など成立していなかった。

 警棒の先端が打ち据えたのは、ブレード中ほどの腹だった。渾身の力を込めて振り下ろされたブレードの中腹に、ビカムは正確に一撃を加えたのである。

 それだけでライゾーの得物は手の中でバラバラに壊れた。絶妙なバランスで形を保っていた積み木が、たった一つ部品を抜いただけで崩壊するように容易く。


「う、あ……!」


 言葉にならない呟きを吐くしかないライゾー。

 その鳩尾(みぞおち)に警棒が突き込まれ、電流があっという間に彼の意識を刈り取った。


 ドサリ、巨漢が崩れ落ちる音だけが響き渡る。


「……脆いものだ。すぐに壊れる(ヤバい、ブレード弁償しろって言われるかも……)」


 ビカムが思わずといった風に呟く。

 彼自身の強さに比して、チキュウ人の脆弱さといったら……そんな本音がありありと透けて見える。

 残された男たちが持つブレードの切っ先は一斉に垂れ下がった。


「……(弁償とか言い出す前に)仲間を連れて()く去るがいい!」


「ひ、ひいぃぃぃぃぃ!」「ばっ、バケモンだあああああ!」


 倒れ伏すライゾーともう一人を引きずるように、ローニンの集団は路地へ一目散に走り去ったのだった。


「……(あ、警棒を返し損ねた)」


 ビカムの瞳が物憂げに沈んだ。結果の分かりきった勝負をなぜ挑んでくるのかと。強者が故に理解に苦しむ。スタンバトン一本で高周波ブレードを返り討ちにできる戦士だけに許された、孤高の悩みであった。


 真相として、ビカムの左腕を覆う機械鎧は警棒を受け止めた瞬間、電流の一撃を防ぎつつ逆に電気エネルギーを一瞬で吸収して無力化した。

 今度、ビカムが警棒を振るう時は、逆に吸収した電気エネルギーを戻すことで本来の機能を復活させていたのだ。


 ……とはいえ、寄せ集めパーツで作られたブレードの脆い部分を見抜き、狙い通り打ち据えた技量は、言うまでもなくビカムの極まった武技の現れだろう。


「なんとも見事な手並みだねえ……。一目見た瞬間に強いとは思ってたけど、ここまでとは……」


 観劇を終えた後のような明るい声がかけられる。


「久々に留飲が下がってスカッとした! リンダリアル人だろうと関係ない。ウチの店に用があるなら特別出精値引きで承るよ」


「ア、アカネさん。実はね、その……」


 リンの顔は赤面せざるをえなかった。

 貴方がライゾーたちを(けしか)けた相手は、貴方の妹分の恩人ですよ……その事実を告げなければならない恥ずかしさによって。


 穴があったら入りたい気分だった。




   ***




「――申し訳ない! 義妹(いもうと)の恩人に大変な迷惑をかけちまった!」

「本当にごめんなさい!」


 畳柄フローリングの上で、二つの綺麗なドゲザがきまった。


「……頭を上げられよ(こっちが悪い事した気分になる……)」


 用意された椅子に腰かけたビカムは淡々と言葉を返す。

 リンとアカネは救われたような気持ちになった。この美しき麗人に迷惑をかけることが、まるで財宝に傷をつけてしまったかのように罪深く思えてしまう。


 ライゾーを退けたビカムは『万修理屋 ツカモト商店』の客人として招かれ、二階の客間で丁重なもてなしを受けていた。


 完全屋内プラントで栽培された茶葉で淹れられたお茶で喉を潤す。


「……(この茶葉、どこに行けば買えるのだろうか……)」


 言葉を発しないビカムの存在感に耐えかねたのか、アカネはギッと視線をリンに向ける。


「しっかしリンもリンだよ! なんでそんな大事な事を話さなかったんだ!」


「そもそもアカネさんがライゾーたちを嗾けなかったら起きなかった問題でしょ!」


 しばらく口論していた二人だが、目の前の美しい客人を思い出し、再び恥ずかしそうに背を丸めた。

 ビカムはまるで気にしていないように黙然と茶を味わう。室内でも鍔広帽子は被ったままだった。何かこだわりがあるのか、それ以上の深淵な理由があるのか。

 いずれにせよ言えることは、目深に被ったそれがリンたちの醜態を視界から遮っていたことを切に願うのみだ。


「……『こみげむ』」


 沈黙をもたらしたのがビカムなら、沈黙を破るのもまた彼であった。


「……この店の場所を知っているか?」


 リンダリアルの〝異界渡り〟の問いかけは、アカネの心中に新鮮な驚きを生んだ。


「ああ、そりゃあ知ってるけど、なんだってリンダリアル人があの店に……」


「……」


「いや、詮索は無粋だったね。野暮な好奇心を許してほしい」


 ははは、と後頭部を掻くアカネ。

 ビカムは彫像のごとく微動だにせず、静謐な雰囲気を周囲に放散するのみ。

 リンは何と声をかけてよいか分からず、居心地悪そうに肩を揺らした。


「(気まずい。何か言わねば)……この店は、長いのか?」


 それがビカムから発せられた二度目の問いだと気づくのに、アカネは数瞬を要した。王侯から直接下問され硬直した使用人かのようだ。この店の主は彼女だというのに。


「あ、ああ、そうさ! 先代……リンのお祖父さんがお祖母さんと結婚した際に開業したのが始まりでね。以来五十一年、この場所で修理業を営んでるのさ」


「歴史のある店でしょ?」とアカネは誇らしげに言った。


「旧時代の機械とかメーカー保守も切れたような型落ち品ばかり修理しててね。このジャンク・タウンで最新機なんて買える奴いないから、それなりに重宝してもらってるよ。……手間ばかりかかる割に収入は少ないけどね」


 そう語る声音に卑屈さは微塵もなかった。

 決して生活に苦労が無かったわけではないだろうが、それすらも人生の楽しみであったと、きっとこの女性は言ってのけてしまうに違いない。


「……ご祖父殿はどちらに?」


 リンとアカネは顔を見合わせた。


「……おられるならば、挨拶したい」


「あー……祖父は三年前に寿命で亡くなっていまして」


 リンは部屋の奥にある機械を再び作動。空間に祖父のホログラムが投射される。


「一応こんな人です」


「――(やってしまった……! 私ってやつはいっつも無神経で……!)」


 ビカムはやおら立ち上がると、ゲンジューローのホログラムの前に立つ。

 そして右の掌を胸に当て、左足を一歩後ろに引き、優雅に一礼。


 言葉は何もなかったが、それがビカムの世界において敬意を示す礼であることは二人にも理解できた。

 ――リンはハッと思い出す。彼がリンダリアル世界の住人であることを。


「あの!」思わず出た声の大きさを誤魔化すようにリンは咳払いする。「……貴方はリンダリアルの〝異界渡り〟ですか?」


 ビカムは背を向けたまま答えた。


「……そうだ」


「〝異界渡り〟の方は、違う世界の住人から依頼を請けることもある……んですよね? 貴方も?」


「……条件が合えば(依頼人の性格が気難しくないとか無茶を言ってこないとか頻繁に口出ししてこないとか嫌味を言ってこないとか圧力をかけてこないとか依頼内容が大勢の人前に立つようなものじゃないとか初対面の人との懇親会がないとか)」


 条件が合えば(・・・・・・)


 そのたった一言に、彼が依頼を受諾するハードルの高さが滲み出ていた。

 報酬が高額で済めばいい。

 問題なのは、金銭で(あがな)えないものを要求される場合。リンには用意できないものを指定されればおしまいだ。


 そしてビカムに金銭に困っている様子はまったく見受けられない。綺麗な身形が、整った装備が、纏う余裕が経済的困窮を否定している。

 きっと、数時間前に七十万レジットで救援してくれたのも金以外の理由があるに違いなかった。


 それでも願わずにはいられない。


「父を……」


 未だ祖父の遺影に向き合う美剣士の背中へぶつけるように叫ぶ。


「リンダリアルで失踪した父を探してもらうことはできますか⁉」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ