第一章 第4話「再会」
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荒野での助太刀を終えたビカムは、当初の予定通りアキツ・シティに辿り着き、潜入を果たした。
入都ではない。潜入である。
一般的に、リンダリアル人がチキュウ世界のシティに入るには、不可能ではないが煩わしいハードルが存在する。
厳格な審査、滞在中の武器没収――ほつれを繕う縫い針すら――に、有人無人の常時監視態勢が敷かれ、勿論シティ中心部への侵入は禁止だ。リンダリアル人に対する警戒心の高さは凄まじいものがある。
だからといって、この眉目秀麗なエルフに四六時中も無粋な監視を付けるのは、神々ですら望まないであろう。
古来、建造物がどれだけ巨大になろうと裏口はあるもの。
ビカムが利用したのは、企業上級社員のために作られた秘密の出入口である。
シティの記録に残らないよう外界を行き来する、特権階級のための扉――シティからやや離れた位置、風化した岩肌のように偽装されたそれは存在した。
当然、開閉には専用のコードが必要だが、
「……アイ」
『ハッキング開始――――アンロックおよび記録抹消の完了』
ビカムの左腕に住まう超級ハッカーの手にかかれば、赤子の手を捻るがごとく簡単に隔壁は開いた。
空調と目を楽しませるものが無い単調な通路を通り抜け、あっさりとシティの壁の内部……ジャンク・タウンと呼ばれる場所に到達した。
帽子を目深に被ってコートを胸のあたりで閉じ、さらに人気の少ない道を選んでビカムは行く。
彼を知るリンダリアル人がこの光景を見れば、まるで日陰者かのように振る舞わせるシティの狭量さに憤慨していたであろう。勿論これは目立たないための、ビカムなりの方策である。
――目立たない。
この世に並ぶものなき容貌と評されるビカムにとって、悪魔を討ち取る以上の難題に違いない。
事実、彼を遠目に見た者は自然と視線が吸い込まれる。至近ですれ違った者は思わず振り返らざるをえない。声を掛けないのが最後の理性と言わんばかりに、まるで口惜しそうに誰もがビカムの後ろ姿を見送っていく。
しかし、彼らの反応ですら比較的マシであろう。
生体科学の発達により美容整形が普遍的なチキュウ世界においてもビカムの美しさは並はずれているが、まだ理解の範疇に収まっている。
耐性がある、とでも言うのか。
チキュウ人がビカムに話しかけたいのを思いとどまれているのは、人工的な手段とはいえ極上の美を体現した人間を見慣れているからであろう。
逆に言えば、美に耐性のあるチキュウ人ですら見惚れさせてしまうビカムの美貌たるや……。
さて、ビカムが足を止めたのは一軒の雑貨屋の前である。ジャンク・タウンの例に漏れず、有り合わせの素材を組み合わせた古いビルの一階を占有している。
カウンターの奥でタブレットに視線を落としていた老人は、異世界からの来訪者に一瞬目を瞠ったが、すぐに何事もなかったように居住まいを正した。
「……(この人は目当ての場所を知っているだろうか?)」
それは常人では気づかないような微小な仕草だったが、ビカムの碧眼は余さず動きを捉えていた。
その反応から、ここが手掛かりとなる店であることを予感させた。
「……携帯用合成食糧を十食分。汎用エネルギーパックを二つ」
ビカムの口から奏でられたのは、現地人と比較しても遜色ない流暢さをほこるチキュウ言語の一つだ。
「三万六千レジットだ。高いと思うなら他所の店に行け」
提示された金額は、相場に対して明らかに高額であった。
合成食糧の製造……引いては元となるタンパク質の生産も今や全自動化されており、製造コストは知れている。エネルギーパックも、常温核融合炉から潤沢にエネルギーが供給されるシティでは些末な額だ。こちらがリンダリアル人と見るや値段を吹っかけたと言わざるをえない。
対するビカムは、その暖かい接客にまったく怯むことなく、左の機械腕をレジスターに近づけると瞬く間に支払いを終えてしまった。
十万レジット――雑貨屋に支払われたのは、代金の三倍近い金額であった。
「……額を間違えてるぞ」
「……『こみげむ』という店の場所を教えてほしい」
静かにビカムは言った。透き通る声だった。
商品代金を超えた分は情報料。
目に見える物品以外も商う店として、ビカムは当たりをつけたのだ。
「知らんな、そんな店は」
だが老人は、何の関心も示していない風に答えを返した。
「……本当に、知らないというのか?(なら他を当たるか……)」
再度問うビカム。
――両者の視線が交差する。
先に音を上げたのは……額に汗を滲ませた老人の方だった。
カウンターの下。老人の手は密かに取り付けられている通報ボタンを押している。押してから三十秒と経たないうちにヨージンボーが駆け付ける手筈だった。
しかし、通報スイッチはそよ風すら起こさなかった。
――老人の動きは、事前に目論見を察知したアイが通報システムをハッキング、掌握したことにより、全て無為に帰していた。
ビカムに言われたからではない。言われるまでもなく先回りして意を汲み取るのが相棒と言わんばかりの仕事ぶりだ。
本当に、知らないというのか――ビカムの最後通牒。
端の擦り切れたコート、時代錯誤なプレートアーマー、コートを押し上げる背中の膨らみは刀か銃か。
……荒事に身を置く者の装いを認め、遂に老人は膝を屈した。
「待て、俺が知らないのは本当だが、知っていそうな店に心当たりはある。このシティで半世紀以上続いているあの店なら……」
それまでの寡黙が嘘のように、老人は己の知る事を余さず語った。
「……礼を言う(諦めず念を押してみるものだな)」
全てを聞き終えた美剣士は颯爽とコートを翻すと、再びジャンクの影の中に身を溶かし、姿を消した。
「……くそっ! ヨージンボーの連中、何がリンダリアル人から店を守ってやるだ。番犬のホログラムでも点けといたほうがマシじゃねえか」
雑貨屋の店内に、力なく老人の罵倒が木霊した。
「実際にリンダリアル人がやって来たなら、さてどうするのか。お手並み拝見といこうじゃないか」
運命はどうやら、ビカムに平穏を享受させる暇を与えないらしい。
雑貨屋から教えられた地点には、確かに聞いたとおりの店があった。
しかし、客人とは言い難い風体の男たちが店前でたむろしており、彼らは今、ビカムに剣呑な視線を送っている。
「……(何で私はこうも絡まれるのだろうか)」
ビカムは狼狽などしない。ただ泰然と佇むのみ。
大風に揺るがぬ大木のごとき雰囲気は、己の受難に懊悩するどころか、これから相手の身に降りかかる悲劇すら案じているようだった。
「へっ、好き勝手言ってくれるじゃねえか、アカネ」一際体躯の良い男がずいと躍り出る。「だがそのとおりよ。ヨージンボーとしての働きを見せてやろうじゃねえか。――おい、リンダリアル人! 俺はライゾーってもんでな、ここら一帯の治安を守ってるわけよ。お前がどこの異世界から来ようと、こっちではこっちのルールに従ってもらうぜ」
ニタニタと美剣士に向けられる下卑た笑み。
「普通ならリンダリアル人の時点で話にもならねえが……お前がチキュウで無法を働かねえって誓うんなら考えてやらんでもない。それを態度で示してほしいわけよ」
「……(態度?)」
ビカムからの応えは無い。
だが、真っ直ぐ自身を見つめる瞳から話は理解していると認め、ライゾーは要求を突きつける。
隠すことなく暴力の香りを添えて。
「――五十万レジット。保証金みてえなもんだ。俺らに収めな。そうすりゃこの街で好きに買い物させてやるよ。なあに、シティから失せる時はちゃあんと返してやるよ。……おっと、払わなかった場合のことが気になるか? 言うまでもねえよなあ? ちいとばかし俺たちが、チキュウの素敵な思い出を作ってやるだけだ」
その素敵な思い出とやらが何の暗喩であるか、彼らが身に帯びたブレード、警棒、麻痺銃を見れば言うまでもないだろう。
ビカムは臆することなく真っ直ぐな眼でライゾーを射抜いた。
「……金を払えば、貴公らは大人しく引き下がるのか?(ならば、やぶさかではないが)」
「……っ!」
あっさりと目論見を言い当てられたライゾーはたじろぐ。
そう、この連中が金を巻き上げて約束どおり去るつもりがないことなど、ビカムにはお見通しなのだ。
彼の深く澄んだ碧眼に、嘘偽りは通用しない。
「……どうなのか?(払うから立ち去ってほしい)」
――重ねての追及は、窮鼠を反攻へ駆り立てるに充分であった。
「ああそうかい! つまり払う気はねえってこったな⁉」
「……(いやっ、そういう訳では)」
「へっ、だんまりかい。じゃあ俺たちのジャンク・タウンを好き勝手歩かせるわけにはいかねえな!」
瞬く間に全周を取り囲まれるビカム。
五人の男たちが各々の得物を構えた。
「ちょっと待ちなさい! その人は――」
と、これまで驚きのあまり呆然としていたリンが我に返る。
危険を顧みず割って入ろうとするが、一足遅かった。
左斜め後方、男の一人が帯電した警棒をビカムの頭部目がけて振り下ろす――




