第三章 第3話「作戦会議」
「――貴様らが、貴様らさえ現れなければ……ッ! 私は今も企業上級社員として栄光の道を歩んでいたはずだったのだ! それをッ、私が受精してからの三十四年間をいとも簡単に台無しにしてくれたなッ! このスパナを顔面に叩きつけてもなお怒りが収まりはしないぞーーッ‼」
「ウチの妹分に何してくれてたんだテメエーーッ‼」
「ゴバァーーッ⁉」
スパナを顔面に叩きつけられたアベは錐揉みしながら片付けられていないジャンクの山に突っ込んだ。
それを為した店長代理の女性は凶器のスパナを引っ提げ、借金取立人も斯くやの物々しさを放出している……!
「まさかとんだ獅子身中の虫だったとはなァ。有機分解槽に叩き込まれる準備はできたか?」
「まっ、待ってくれアカネ! 確かに怒りを覚えて取り乱したのは事実だが……私はもう復讐する気はない!」
「マンガだと犯人は追い詰められたら皆そう言うんだ」
「本当だ! ジャンク・タウンに来て数日だが……私は今の生活にとても満足している――」
企業、いやシティから追放されたイチタカは幽鬼のようにジャンクの捨て場をさまよっていた……のは実際十分間ぐらいのもので、
「お前、暇人か。無職か。どっちでもいい、手伝え」
と、使えそうなジャンクを探していたアカネに発見され引きずられていき、半ば強制的にツカモト商店の下働きをするようになった。
「なぜ私がこんな……まあ出来ますが……」
「ほう、筋がいいな」
エリート教育の一環でメカトロニクスも修めていたイチタカは簡単な機械修理ぐらいならこなしてみせた。
ぶつくさ文句を垂れながらも、次々と持ち込まれる故障品を診断、修理していく。
すると不思議なことに、意外とその作業が嫌ではない――己の知識を総動員して壊れた箇所を特定し、どう直せば機械が蘇るのか。それがドンピシャで当たったときの感覚は今まで感じたことのない快感だった。
もう一つ、イチタカの固定観念を揺さぶる出来事があった。
「……ほら、これで元に戻ったぞ。まったく、こんな非常識な使い方をすれば壊れるに決まっているとなぜ分からん? いっそ貴様に使われる機械が哀れだ。少しはマシンリテラシーの向上に努めるがいい。残り少ない寿命で時間が足りるかは知らないがな」
壊れた電子レンジを持ち込んだ老婆に対し、彼にとって当たり前の嫌味を添えて修理品を突き返した。
そうして老婆から返ってきたのは、
「ありがとう」
レンジが直ったことの安堵と、直してくれたイチタカへの純粋な感謝だった。
予想とは違う反応に毒気を抜かれた彼は、ご機嫌で帰っていく老婆をまるで地球外生命体に出会ったかのように見送った。
その後も、
「ありがと!」
「ありがとう」
「あんがとよ」
イチタカに大事な品を修理してもらったジャンク・タウンの住人は皆、一様に礼を述べて帰っていく。それが彼には理解のできない不思議な感覚であった。
(私は修理するという仕事を契約通りに遂行した。そして客は修理された品を受領した。それ以上の何かなど無いはずだ……)
修理の対価として規定の料金は貰っている。礼を言われたから安くするということはないが、言われなくても仕事はきっちりやる。
出来て当たり前の事を、当たり前にやり遂げる。
当たり前の結果が出るわけだから、それを確認して終わるだけ。
それはイチタカの人生そのものだった。
エリートになることが当たり前だった。企業に入ることも、出世することも。当たり前なのだから一々褒められることなどない。
他人に対してもそうだった。
命令するときも、その部下に出来て当然の業務を命じるわけだから、掛ける言葉は「業務の完了を確認した」か「なぜ出来なかったのだ!」のどちらかしかない。
だから、感謝の言葉など……
(……思えば私は、人に感謝したことがあっただろうか? 人に感謝されたことがあっただろうか?)
(だが、今まで何の価値も必要性も感じなかったはずの言葉が無性に……嬉しい)
他者に必要とされ、存在を認められる幸福。
シティでの鎬を削る殺伐とした日々の中では絶対に味わうことのない感覚を、自分は感じている。
修理する手を動かしながらそれを自覚した時――イチタカは自然と笑みをこぼしていたのだった。
「私がバカにして見下したジャンク・タウンにこそ、本当の人の営みがある……ここで過ごす時間が長くなるにつれて心の底からそう思うようになった。自分でも驚くほど、シティに還りたい、企業に戻りたいと思う気持ちは消えたよ。さっき取り乱したのは、企業社員としての私の残滓だったのだろう。だが、今はもう完全に吹っ切れた。君たちを恨む気持ちは本当にもう無くなったんだ。……信じてもらえるだろうか?」
「信じるけどそれはソレこれはコレーーッ‼」
「ゴバァーーッ⁉」
スパナを顔面に叩きつけられたアベは錐揉みしながら片付けられていないジャンクの山に突っ込んだ。
「アカネさん! そ、それ以上は大変な事になっちゃうから」
「まあ改心したようだし、この辺で許してやるか」
「……(こっそり回復魔法飛ばしておこう……)」
さて。
意外な人物との邂逅もありつつ、一同はツカモト商店の二階に場を移し、これからの作戦を話し合うこととした。
その場にはイチタカも同席した。リンが発案し、ビカムが追認したのだ。
元企業の上級社員、それもマーカスの計画に関わっていた立場となれば有用なアドバイスを期待できる。
頼られた当の本人は呆れたように眉間を指で揉んでいるが。
「随分とお人好しなことだ。私が復権を狙って貴様らの作戦を企業にリークする可能性は考えないのか? ……い、いや、そんなことは絶対しないが。だからアカネ、そのスパナをテーブルの上に置くんだ」
「そのセリフを私たちに言う時点で、貴方が裏切るつもりがないことは分かりますよ」
「フン……」
リンに本心を見抜かれた気恥ずかしさなのか、イチタカは鼻息と共にイスに着いた。
「――チキュウに戻ってくるまでの道中、ビカムと話し合ったの。私たちがどう動くべきか」
「その様子だと、腹案があるようね」
「目標は二つ。一つ目は〝黒鬼士〟……お父さんを解放すること。二つ目は、並行してお母さんをシティ中心部から連れ出すこと」
「ユノーさんを? ……いや、当然の話か」
母、ユノー・ツカモトは魔菌に体を侵されて昏睡状態になり、現在はシティの医療機関に入院している。
リンに対してコーイチローが人質として価値があるならば、同様にユノーも……とマーカスが身柄を抑えている可能性は高い。
コーイチローの救出と並行してユノーを連れ戻すことは絶対条件だった。
「お母さんの救出はビカムにお願いするわ……」リンは緊張したように唾を飲む。「……私はシン・セントタワーに乗り込んで、お父さんを解放するよう直接マーカスと交渉する」
「――バカげている!」
イチタカはアカネがスパナを構えるのに怯えながらも反論を止めなかった。
「マーカスCEOが易々と交渉のテーブルに着くなんて考えられない。あの方は、たとえ命を捧げると言われても眉一つ動かさず受け取ることができる絶対的支配者なんだ。捧げられたものに対価を払うという概念すら無いだろう。それに、聞けば〝聖書〟とやらはCEOの手に落ちた後なのだろう? 余計に交渉の余地など……」
「交渉の材料はある――」
リンの視線を受け、ビカムは黒色のアタッシュケースをテーブルの上に置いた。
見た目は何の変哲もないが……。
「〝聖書〟がマーカスの手に渡る直前で、ビカムが気づかれないようにページをごっそり抜き取っていたの。今、マーカスの手元にあるのは完全な〝聖書〟ではないわ」
おお……、と皆が声にならない感嘆を伴ってビカムを見る。
「……(古い本だから綴じがほつれていて、補修するために分離していたページを取り分けていただけなんて言えない……)」
美剣士はどこまでも奥ゆかしく、賞賛にサッと目を伏せた。




