第三章 第2話「誰」
***
レベト平野での激闘を制したビカムとリンは待機していた王国第一軍に王獅子の討伐を報告すると、必死に引き留めようとする将軍を無視してチキュウ世界へと帰還した。
休憩と睡眠以外は移動に費やしたが、それでもジャンク・タウンに戻る頃には翌日の日没を迎えていた。
最速は尽くしたと断言できるが、高速飛行の戦闘機とは比べるべくもない……この時間の間に事態が致命的なフェーズにまで進んでいないことを祈るしかない。
〝瓦礫の壁〟には最初来た時と同じように企業社員用の出入口から侵入した。
わずか数日離れていただけだというのに、シティ上空にまで投影された広告映像を目にした途端、帰ってきたのだという安心感に包まれるが、ここからが本番だとリンは気を引き締めるようギュッと拳を握った。
ジロジロと遠慮なく視線を投げかけるジャンク・タウンの住人たちに構わず、一直線に路地をひた走る。
やがて見えた『万修理屋 ツカモト商店』の看板。
「アカネさん!」
アカネ・キクノジョーはまるで散歩から帰った妹を出迎えるような気軽さで微笑んだ。また何やら掘り出したジャンクを修理しているようだ。
「ん。おかえり、リン」
「……アカネさん、そのナットはそのドライバーじゃ締められないよ。あと、シャツが前後ろ逆」
訂正。どうやら相応に心配していたようである。
いそいそと居住まいを正したアカネは何事も無かったようにビカムを視線で射抜いた。
「で、だ。早速リンダリアルに行った成果を教えてもらおうか。あれだけ報酬を釣り上げたんだから何かは持ち帰ってきたんだろう?」
「……話せば長くなる(本当、どこから話したらいいのか……)」
ビカムは起きた事を端的に語った――『こみげむ』の店主の死、〝鬼蜘蛛〟のジャガンの襲撃、シティからの逃亡……王獅子の討伐、〝四鬼天〟との激突、〝黒鬼士〟の正体、マーカスの野望。
アカネは何度も驚愕に目を見開き、妹分が足を突っ込んだ事件の大きさに頭を抱えた。
だが手掛かりすら掴めなかったコーイチローの行方を突き止めたことに関してはビカムの手腕を評価せざるをえなかった。
「……色々言いたいことはあるけれど、ひとまずは礼を言っとくよ。コーイチローさんを見つけてくれたことは。……だけど、企業に目を付けられるなんて! こんな厄介な事になるなら絶対にリンを行かせなかった!」
ダン! とテーブルに右手を叩きつけたアカネ。
リンは彼女をやんわり宥めながら、
「私は大丈夫だよ。結果的に行ってよかったと思ってる。それより……アカネさんは私のお母さんについて、何か知ってる?」
「ユノーさんのこと?」
思いもよらない質問にアカネは訝しんだ。
ユノーとの思い出は、アカネがツカモト商店へ転がり込み、ユノーが病気で昏睡状態になるまでの三年間ぐらいしかない。もちろん、その三年の間でユノーを敬愛するほどに彼女から愛情を与えたもらったと思っている。
「んー、何かってねえ……リンが知らなくてアタシが知ってるような事は無いと思うけど。一緒に暮らしてたんだからさ」
「それは、ほら、私もまだ小さかったし……気づかないようなこともあるんじゃないかなって」
ジッと怪しそうに見つめてくるアカネに、リンは内心冷や汗を流していた。
リンダリアル世界で起きた事を説明する際、リンは自身に起きた摩訶不思議な現象のことは伝えなかった。これ以上心配をかけるような情報は話せなかったからだ。
それに――現象の原因にまだ確証はない。
「……やっぱり大した事は思いつかないねえ。近所の耄碌したスケベジジイどもより機械が苦手だったり、たまに喋り方がぎこちなくなったりするくらいかな」
「そう――」
そう答えたアカネに嘘をついている様子はない。しかし得られた回答も真実に迫るものではなかった。
当時のユノーの年齢が二十代後半から三十代前半だとして、その世代は生まれた時からとっくに科学技術に囲まれて育ってきたサイバーネイティブ世代である。たかだか端末の操作を手こずるのがありえないとは言えないが……。
今の時点でこれ以上は考えても仕方がない……リンは話題を変えようと店内を見渡した。
「私がいない間は何もなかった? 完全に一人でお店の運転を任せるのは心配だったけど……」
「まったく、余計な心配しなさんな。アンタがサムライの仕事で不在の時だって十分回してきたんだから。……とはいえ、実はリンが旅立って少ししてから、面白い奴を拾ってね。買い出しからもうそろそろ帰ってくる頃合いだが――」
――と、店の入口から軽快な足音が近づいてくる。
「アカネ、言われたとおり洗浄剤の補充してき、た……ぞ――」
するり、と掌から零れ落ちた金属缶が甲高い音を立てる。
ツナギを着た三十代ぐらいの男がわなわなと口を震わせ、ビカムとリンを交互に見やる。
どちらかというと冷房の効いたオフィスでデスクワークをしている方が似合いそうな雰囲気のその男はカッと目を見開き、ジャンク・タウン中に響き渡るかと思うほどの声量で叫んだ。
「ああああああああああ⁉ あ、あの時のォオーーッ⁉」
「……(誰……?)」
「……誰ですか?」
ビカムとリン、どちらも心当たりがない様子に男はさらにヒートアップ!
整髪料で綺麗に固めた頭を掻きむしり、分かりやすく地団太を踏んで怒りを表現する。
「私はなあ! 貴様らのせいでこれまで築き上げたものを全部パアに……! 富も名声も家族も友人も恋人も全部全部失ったんだァーー‼」
「……(急にそんな事言われても……)」
「えっと、とにかく貴方は誰なんですか?」
「くっ、だから――!」
全然ピンときていない二人に業を煮やし、遂に男は己の素性を明かした。
「――私はイチタカ・アベだッ!」
「……(誰?)」
「……誰?」
元バルキロア保安部長、イチタカ・アベである!
***
イチタカ・アベの人生は、まさにエリート街道のど真ん中を突っ走ってきた。
父がバルキロアの上級社員という出生時点で勝ち組を約束された彼だが、その地位に甘んじることは許されなかった。
生き馬の目を抜く出世競争をまさに戦う父は、息子の来るべき将来に備えて考えられる限りの英才教育を施した。
幸いだったのはイチタカに勉学の才があったことと、超過密スケジュールを普通のことと受け入れる純真さがあったことだ。
バルキロアの幹部養成スクールに三歳から入学。
メキメキと頭角を現し、二十歳の時に飛び級かつ首席で卒業。
バルキロアに幹部候補生として入社してからも目覚ましい成果を上げ、順調に出世。同期だろうが先輩だろうが上司だろうが、隙あらば蹴落とす。スクールにいた時からそれは変わらない。
やがて三十四歳で父の社内地盤を引き継ぎ保安部長に抜擢され、このまま順調に行けば役員も見えてくる。
無数の部下を束ね、家族から期待され、異性にも困らない圧倒的勝者……!
このままイチタカの人生は順風満帆にアガリを迎えるかと思われた。
――だが、勝者が一転して敗者に堕ちる転落劇は、シティでは見世物にもならない日常風景だ。
思えば、マーカスCEO直轄の下で汚れ仕事を請け負う〝四鬼天〟の一人、ジャガンと共同であるものを捜索する極秘業務に就いたことが終わりの始まりだった。
業務の難度そのものは問題にならなかった。権限によりエデンでネットワークを単語検索監視させ、ヒットした場所に部下を向かわせ捜索させる。自分は指令所の椅子から動くまでもなく。
簡単に完了すると思われた業務は、まさかの異世界人の闖入者により標的を奪取される大失態に終わった。
捜索の総責任者としてアサインされていたイチタカはこのたった一度の失敗で地位を剥奪され、バルキロアから放り出された。マーカスの杖の一突きでダストシュートのような管を滑り落ち……気が付けば〝選別の壁〟近くのゴミ溜めに捨てられていた。
イチタカが目覚めたのは壁の外側……ジャンク・タウンの方だった。
バルキロアがイチタカにまだ価値を見出しているなら、どれだけ下層でもシティ中心部に留め置いたはずだ。
そうでないということは……そういうことだった。
敗者の末路には散々詳しい――数えきれない人間を自分が蹴り落とし、その路へ追いやったのだから。
今度は自分が蹴飛ばされる番だった。
目覚めた場所を知っただけで、優秀なイチタカは己の運命が閉ざされたことを自覚したのだ――




