第二章 第40話「楽園の守護者」
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「才羽流絶技――〝手羅〟」
欺く牙。
そして神速の斬撃。
これら〝黒鬼士〟の技が、ついにリンの肉体へダメージを刻み込んだ。
「……」
センサーアイが地に倒れ伏す少女を観測する。
体を斜めに走る傷から赤い染みが大地に広がっている。それは今も進行しており、染みは既に致命的な面積に達している。
『敵性体の脅威度が7%まで低下。制圧を確認』
「……」
『そのまま敵性体の武装を回収し、完全な制圧を完了してください』
頭の中に響く音声に命じられるまま、〝黒鬼士〟はゆっくりと、少女の手元から数十センチ離れた場所に落ちている高周波ブレードのもとへ向かう。
まだ体温を帯びた鮮血を、黒い装甲が躊躇いなく踏みにじる。
「……」
〝黒鬼士〟はなぜかブレードをすぐ拾うことはせず、しばしの間、瀕死のリンを見下ろした。
勿論、少女は死んだようにピクリとも動かない。
今度こそ〝黒鬼士〟はしゃがみ込み、リンの相棒たるブレードに手を、
――先に掴んだのは、血塗れの手だった。
「――‼」
寸前で身を躱したことにより内部まで刃は届かなかったが、兜型ヘルメット装甲に大きな一文字が刻まれた。
奇しくもそれは、リンが護衛依頼の際に暴走アンドロイドから付けられた傷と酷く似通っていた。
『敵性体の再起動を確認。速やかに対象を無力化してください』
冷静に告げる音声とは裏腹に、〝黒鬼士〟はすぐに応戦の態勢を整えることができなかった。
死に瀕しているはずの人間が急に反撃する……さしもの〝黒鬼士〟も動揺の気配を漏らさずにはいられなかった。マシンのごとき生き様から、ようやく生物らしい反応がこぼれ出た。
『敵性体の脅威度を19%に修正。速やかに対象を無力化してください』
光学観測により得た情報を元にリンの脅威度が再計算される。
武器を手にしているとはいえ既に死に体……平時を百とするならその五分の一にも満たない。
「……違ウ」
しかし〝黒鬼士〟の生物的本能は、科学では測れない力の奔流を感じ取っていた。
彼本人はそれを知覚できないというのに――少女の体から迸る魔力の存在を!
『敵性体の脅威度を51%に修正。速やかに対象を無力化してください』
〝黒鬼士〟が与えたはずの傷が見る見るうちに再生していく。チキュウのナノマシン治療でも不可能な速度。
幽鬼のように佇んでいたリンが顔を上げる。
「――ッ!」
ブレードとブレードが奏でる衝突音。
先ほどとは別人と見紛う速度の打ち込みを辛うじて防ぐ。
「貴様ハ――何ダ」
リンは答えることなく、熾烈な攻撃を加え始める。
彼女こそ機械に成り果てたかと思うほど、あまりにも迷いと慈悲の無い連撃。
最初に〝黒鬼士〟と対峙した時の技の冴えなど見るべくもない。シン・シャドー・スタイルを修めたことが嘘のような、最適解から大きく外れた滅茶苦茶な剣の軌道。
――だが、魔力という圧倒的な出力がパワーとスピードを強引に底上げし、テクニックの低下が問題にならないほどの戦闘力をリンに与えている。
〝黒鬼士〟がどれだけ技を尽くして攻撃を捌き反撃のわずかな隙を捻出しようが、リンは素早い動きで既に二撃目の態勢に入っており隙を潰してくる。
常軌を逸した戦い。力と技、どちらが先に倒れるかのデッドヒート。
先に脱落したのは――
バギィッ‼ と音を立てて〝黒鬼士〟の黒刃がへし折れた。
元より〝欺牙〟のための光学迷彩を搭載したせいで耐久力の低いブレード。叩きつけられるような斬撃を浴びれば無理もなかった。例えるなら、木の枝で鉄パイプ相手にチャンバラを続けていたようなもの。むしろここまで打ち合えた〝黒鬼士〟の技量の凄まじさを際立たせる。
だが、剣を失ってしまってはどうしようもなく……
リンの二の太刀が〝黒鬼士〟の頭部へと迫る。
身を投げ出すように躱すものの完全には避けきれず、漆黒のヘルメット装甲は先の損傷もあって完全に破壊された。
よろめく〝黒鬼士〟にとどめを刺さんとリンは一息に距離を――
「――かッ、ハ……‼」
追撃の機会はしかし、体の芯から込み上げてきたダメージによる吐血のせいで叶わなかった。
抗えない虚脱感がリンに膝をつかせる。
見た目上はいかに傷が塞がり立ち直ったとはいえ、やはり肉体の回復が追い付いていなかったのか。あるいは唐突に湧き出た魔力で無理を押し通した超駆動のツケが回ってきたのか。
(立て! 立て! 立ちなさいリン・ツカモト……! 今がアイツを倒すチャンスなの!)
己を叱咤し、震える肉体に鞭を打ち、ブレードを杖にしてでもリンは立ち上がった。
右手の掌で顔面を抑える〝黒鬼士〟に一歩、一歩と歩み寄る。
「ク、う――」
手の覆いを取り払い、俯いていた顔を上げる。
厳めしい兜の中に押し込まれていたのは短く切り揃えられた黒髪であった。
凛々しい眉、苦労が刻み込まれた顔のシワ、固く引き結ばれた唇、険しさを帯びた表情。
「あ――」
彼を正面から目の当たりにして……リンは衝撃のあまり、息をするのも忘れた。
それは記憶の中の姿と酷く似通っていて。
きっと、あの時から七年も経っていれば、ちょうどこんな風に年を重ねているはずだ。
「う、嘘……うそ、嘘よ……!」
見たものが信じられないと目の前の光景を否定する。
だが、いくら目を瞬かせようと彼が消えることはない。紛れもない現実なのだと事実を突きつけてくる。
生きていてほしいと願っていたはずなのに、
間違いであってほしいと願望を込めながら、リンは震える唇でその名を呼んだ。
「……お父、さん……?」
――コーイチロー・ツカモト。
八年前、妻を救う手段を求めて異世界に姿を消した父が今、リンの前に姿を現した。
己の命を狙うシティの刺客として。
***
「……リン殿!(なんだかよく分からないけど無事だ……! 良かった、よく分からないけど良かった……!)」
動揺を隠しきれないリンを守るようにビカムが駆け寄る。
〝黒鬼士〟は今、武器も失い、無防備をさらしている。絶好のチャンス。
霊剣フェーレが唸りを上げ――
「待って!」
リンの叫びが、〝黒鬼士〟を斬り捨てんと剣を振りかぶったビカムを止める。
「あの人は……あの人が、私のお父さん、なの……!」
「……(そうなの⁉)」
美剣士はスッと霊剣を納めると、油断なくリンの傍らに佇む。彼女を守るように。
その美貌に驚愕が貼りついた痕跡はない――少女と〝黒鬼士〟の因縁を既に感じ取っていたとしか思えないほどの落ち着きぶりである。
俄に事態は膠着をみた。
〝四鬼天〟を名乗る三人の刺客のうち、二人はビカムが打ち破った。
だが、最後の一人……〝黒鬼士〟こそがリンダリアル世界で失踪したリンの父であった。さしものビカムといえど、リンの父を斬ることはせず、様子を伺うようだ。
「お父さん……私だよ、リンだよ!」
〝黒鬼士〟……いや、コーイチロー・ツカモトはどこか茫洋とした表情で虚空を見つめている。
「私も来たよ! お父さんに会うためにリンダリアルに来たの! ねえ、何とか言ってよ――お父さんッ!」
娘から父への、慟哭に近い呼びかけ。
その切なる思いが届いたのか――
黒き剣士は、わずかに瞳に光を取り戻し、目の前の少女の名を思い出すように……
「リ――」
だが、
『――貴方は〝黒鬼士〟。それ以外の余計な情報は不要です』
突如、〝黒鬼士〟は電流が走り抜けたように背をのけぞらせた。
苦悶の声に混じって、性別の読み取れない合成された機械音声が不協和音を奏でる。
「グ、ガ、ア……!」
『任務遂行にあたり、自我情報は成功率を著しく低下させる要素です。速やかにシティにて教化プログラムを受講してください』
上半身が力なくだらりと垂れ下がった後――起き上がった〝黒鬼士〟の目は一切の感情を除去された虚無に染まっていた。
彼は再び機械の戦士に戻ってしまったのだ。
その絡繰りをビカムの左腕のアイは見抜いていた。
『ビカム! アイツの肉体……悪名高い〝セカンド・スピン〟が装着されてるわ!』
指摘のとおり〝黒鬼士〟の首の後ろにはとある装置が埋め込まれていた。
〝セカンド・スピン〟――別名〝悪魔の背骨〟。
元は脊髄の損傷により四肢が麻痺した患者のために開発された医療機器である。
中枢神経の障害により脳からの信号が末端まで届かない患者に対し、首から腰部に沿う形状をした第二の背骨とも呼ぶべきこの装置を外科手術により取り付けることで、約めて言えば電気信号の迂回路を形成するのである。これで患者は傷病前の運動機能を取り戻せるというわけだ。
さて……これが軍事転用されるまで、そう時間はかからなかった。
最初は戦闘で後遺症を負った兵士を治療するために導入された。
しかし〝セカンド・スピン〟に電気信号の伝達役ではなく、脳の命令そのものを代替させたならば……?
――そう、本人の意思に関わらずプログラム通りに戦闘を行う殺戮機械の出来上がりである。
兵士としての訓練も要らず、戦闘への忌避感も〝セカンド・スピン〟から抑制信号を叩き込めば封じ込められる。どんな一般人も一端の兵士に仕立て上げられる――
これらの背景から〝悪魔の背骨〟とまで呼ばれた代物……
そんなものがコーイチロー・ツカモトに装着されていると知り、リンの表情が一層の悲壮感を帯びる。
『――なるほど。貴方は外界門の開閉コントロール権を私と奪い合ったAIですね』
響いてくる機械音声はよく耳をすませば〝黒鬼士〟のアーマーから聞こえてくるのが分かる。
この者こそ、コーイチロー・ツカモトを無慈悲なる機械の剣士〝黒鬼士〟へと仕立て上げた張本人であることは間違いなかった。
『凍結されたチャイルドメーカー計画、その落とし子。いや、失敗作という表現が正しいでしょうか。自我という夾雑物を孕んだ前時代の遺物』
『なんですってぇッ!』
キーキーと喚きたてるアイを宥めるように左腕をさすりながらビカムは「……何者だ」と問うた。
彼あるいは彼女は、まるで退屈な音声ガイダンスのような気安さで、自らの巨大過ぎる名を告げた。
『――私は、アキツ・シティ運営管理統括AI、エデン。全人類の生命を保証するもの』




