第二章 第28話「力と力の衝突」
(ここからは大振りの広範囲攻撃が来る。より注意して回避を……)
そう心中で呟いた直後――リンの視界が目まぐるしく変動した。
いや違う、これは……自分がブッ飛ばされたのだ!
ガラスが砕けるような音を置き去りにして吹き飛んだリンの体は水きりの石のように地面を何度も跳ねた後、土埃を派手に巻き上げながらようやく停止した。
安全ベルトのない高速アトラクションに、脳味噌を激しくシェイクされながらも即座に跳ね起きたのはサムライの超人的三半規管の賜物か。しかし、あれだけ地面を転がされながらも少女の体には汚れこそあれ、直接的なダメージの痕跡は見られなかった。
これこそビカムが施した魔法――【生きとし生ける被造の殻よ】の効果、一度きりの致命傷回避魔法である。
一撃で即死するような攻撃を受けた際、この魔法が身代わりとなってダメージを完全にゼロにする。
高性能なのは、致命的攻撃によって引き起こされた連続する事象も含めて身代わりとなってくれる点で、リンが殺人的速度で地面を転がされても無傷だったこともこれで説明がつく。
つまり……この魔法が発動したということは、リンは既に一回死んでいるという事実なのである。
「なんッ、何が……!」
遅ればせながら先の光景が甦る――これまでの比にならない速さで接近した王獅子が、その咥えた大剣で自分を撫で斬りにする光景が。
浮遊感。
いつの間にか接近していたビカムがリンを抱え上げて飛び退く。直後の空間を颶風を纏った巨人用の大剣が通り過ぎた。
「……奴は身体強化の魔法を多重行使した(ちょっと聞いてないなこの強さは……)」
人間の利器が魔獣をも利する方向に作用してしまった!
一般的に魔法使いは、剣士などの前衛職と比較して肉体の鍛錬度合いが低い傾向――といっても体力勝負の業界なのである程度鍛えてはいるのだが――にあるため、身体強化の魔法を素早く行使できるよう杖に刻んでおくことが多い。
王獅子は剥いだ武具を操る能力で、杖に刻まれた魔法を一斉励起したのだ。
身体強化魔法も法則の例に漏れず重ねがけするほど膨大な魔力を要し、また肉体への負荷も莫大なものになる。
それを自身の魔力量で強引に賄い、最上位魔獣という生物の強度で耐えしのぐ。
ビカムは王獅子から離れた位置にリンをそっと降ろした。
「……そこで見ていてほしい、奴と私の戦いを(さすがに危険だから、私一人で戦わないと)」
返答すら聞かずビカムは駆け出した。
追いかけたくなる衝動を堪え、リンは抑えつけるように太腿に手を重ねる。私の戦いは終わっていない、今はビカムからの作戦指示を守る時――自身にそう言い聞かせながら……。
「……【見よ、慄け、我が風の衣に】」
一方のビカム――翔ける、翔ける、速い!
追い風の魔法の衣を纏った体は黄金の残像を生む疾風と化し、瞬く間に王獅子と伍する速度へ到達した。
王獅子が攻撃に前脚を振るうならば、ビカムはその間に十の斬撃を見舞い、剥がれ落ちた武具が空中に散逸する。魔獣がわずかながら怯む気配を見せた。
だが、さしもの敵も勇心の象徴とされる獅子の名を冠するに恥じぬ意気。尻尾を巻くぐらいなら自ら首を切り落としてトロフィーにくれてやらんとばかり、突如として戦闘のギアを上げたビカムに苛烈な反撃で返報する。
攻撃魔法の刻まれた魔法杖、攻撃を反射する盾、自動追尾する弓矢、炎や氷を迸らせる魔剣……最早今のビカムは無数の名だたる戦士たちと矛を交えているに等しかった。
しかし美剣士も負けてはいない。左手はいつの間にか抜き放っていたハイテク銃のグリップを握り込み、精密な早撃ちで迫り来る剣矢を撃ち落としながら、右手の剣は王獅子の鎧を剥がんと黄金の軌跡を絶えず宙に刻む。
眼前の光景をリンは目に焼き付ける。
幾多の攻防が剣戟の火花を散らし、魔力の発散光が乱舞する――それは幼い頃、両親に連れられて訪れたOILANDの開園記念バーチャルリアリティ・ナイトパレードで見た幻想的光景めいていた。
唐突に、磁石が反発するよう両者遠のき、
「……【貴き五つの星は巡る。」
風を食み、ビカムが絶対的口調で言葉を紡がんとする。
それは誰も知らない未知の魔法。魔法詠唱でありながら文学作品の一節の切り取りと言われても信じてしまうような美辞の連なり。
「……星下にありし超越の輝き。」
火、水、風、雷、地。世界の根幹を成す五大要素がビカムの掌中に収束し、創世期、天空と大地と海原に切り別たれる前の混沌が疑似現出する。
王獅子はこれから吹き荒れる破壊の気配を感じ取ったのか、大技を繰り出さんとする。咆哮に合わせて体を覆う武具の大部分が分離。巨剣を芯に空中で合体し、より巨大な剣を形成した。そこへさらに魔法杖の効果付与が加わる。
「……人界に芽吹きし新たなる則を照らせ。」
混沌の輝きは内包された力の膨大さを示すように眩さを増していく。
巨大剣の切っ先はビカムへと向き、七色の螺旋の渦を巻く。
「――天地融け合う開闢の光よ】!」
「――――――――――‼」
世界創成の熱量を帯びた光条と、質量と魔法による暴威の刃が衝突した。
衝突地点を中心に、大地は捲り上がり、大気は悲鳴を轟かせた。
間違いなく互いの大技をぶつけ合った――その結果は。
「……(ええ……これでも倒せないの……?)」
グルル……、と獣の唸り声、そして何事も無かったように立ち尽くすビカム。
相打ち……勝敗を決するには至らなかった。
ビカムの魔法は巨大剣を崩壊させるに留まり、王獅子の攻撃もビカムまで到達しなかった。
辺りに散らばった武具が王獅子の体に再び纏われていく。
その時、おそらくこれも巨人族の武具だったのだろう巨大な大盾が王獅子の胸に貼り付くのをリンは見て取った。
「……もしかしたら」
見ていてほしい――ビカムからの指示により観察に徹していたリンの脳裏にアイデアがよぎる。
針のようにか細い隙を突く作戦。
だが……もし……上手くいったならば……。
功名に走ったのではない。純粋に、この戦いを終わらせる好機を活かさんと、サムライの少女は声高に言った。
「ビカム! 私に考えがあるわ!」
ビカムが顔だけでわずかに振り返る。その仕草だけでリンは心の安堵を感じた。無視されていたら、この場においてリンは戦力として役立たずだと見なされている証左になっていたから。
「上手くいけばアイツを倒せる」
「……失敗すれば?」
間を置かず問われる。
「……死ぬかもしれない」
「……では」
「でも!」
逆説の接続詞を口にしたリンは、一度口を閉じ唾を呑み込んだ。
今語るべきは戦いに身を投じる心意気ではなく、王獅子を倒すための具体策だ。
「奴の胸の一際大きい盾、アレを剥がすの。そうしたら……」
その先を告げれば……今度こそビカムは危険すぎると自分を戦場から遠ざけるだろう。
だが、それを言わないということは『何も訊かずに私を信じろ』と言うも同義だ。
お互いに信頼を培った相棒が相手ならまだしも……、ここで強気に出られる厚かましさはリンに存在しなかった。さりとてビカムを説き伏せられるような理屈も。
果たしてビカムは――




