第二章 第25話「邂逅」
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冒険団『白き翼』。
所属するのは皆、一等級冒険者たち。
種族特有の俊敏さと柔軟さで斥候と遊撃を得意とする猫獣人のミニーニャ。
最前線で敵を引きつけ、重い一撃で敵を薙ぎ払う鉱窟人のバックロゴン。
戦場を駆けながら、針の穴を通すような隙を見事に射抜く人族の弓手アイン。
恐るべき魔法技能で反撃を許さず殲滅するエルフの魔法使いミィスフェルナ。
そして彼らを束ねるリーダー、卓越した剣技をほこる人族の剣士カイラス。
一等級となってまだ日が浅い新進気鋭の彼ら。しかし今、最も冒険者の巷間に取りざたされるのは間違いなく『白き翼』であった。先日には最強の魔獣の一つとされる竜すら討ち取ってみせた。間違いなく強者を名乗ってよい。
同業者で彼らを侮る者は、辺境から出てきた新人か、追い抜かれたことを認められない古参ぐらいだろう。
――そんな『白き翼』の冒険者たちは、得体のしれない恐ろしさに立ち竦んでいた。命の交換を行う死闘に慣れ親しんだ彼らがである。
事の発端は、彼ら一行が今朝に王都を発ち、街道を抜けて西側に鬱蒼と茂る森林地帯に入る手前に着た頃。
奇しくもビカムたちが〝ゲート〟を通って王都に至る道のりを逆になぞる形であった。
「……すんすん」
最初に気づいたのはミニーニャだ。猫獣人である彼女は種族特有の優れた嗅覚を活かし斥候役を主に務めていた。
「……ニャ! カイラス」
「ああ、俺も気づいた」
仲間の呼びかけだけでカイラスは意図を察した。彼もまた、冒険者として研ぎ澄まされた気配察知によって、前方から迫り来る脅威の存在を感知したのだった。
アインは既に弓へ矢をつがえていた。バックロゴンとミィスフェルナも各々の得物……大盾と杖を構えている。
彼らの前方――
生命を滾らせ青々と生い茂っていた森林の一角が、たちまち毒々しい赤紫色に侵食されていった。
葉が、枝が、幹が、そこに住まう大小無数の生き物たちが腐りゆき、降雨のごとく大地へ落ちていく。受け皿となった地面にすら色が滲み、死んでいくのが分かった。
ドロドロに腐った森の残骸を掻き分けて出現したのは巨大な蠍である。蝕毒蠍と呼ばれる二等級魔獣だ。二又の尾から分泌する猛毒はたちまち肉体を腐らせ、獲物を仕留めると同時に消化吸収を容易にする効果を持つ。
この現象の元凶はコイツか――カイラスはそう判断し、瞬時にそれが誤りであることを悟った。
大蠍の上には三人の人影が上座していた。
一人は異形の棍棒を肩に担ぎ、尾の一本を支えに直立しており、もう一人は刀を甲殻に突き刺し、柄頭に右手を置きながら胡坐をかいた異装の鎧。
最後のローブを被った一人は蠍の頭部に陣取り、突き出した両手からグロテスクな色の赤い霧を噴射していた。
見よ! その霧に触れた有機物はことごとく腐り、形を崩壊させていくではないか。蠍の背後には、傷痕のごとく森に穿たれた死の道が延々と続いている。
蝕毒蠍はよたよたと脚を前進させ、甲高い断末魔の叫び声の後、大地へと崩れ落ちた。
「ふむ……毒に耐性のある魔獣のくせに、だらしないですねえ」
ローブの人物が事も無げに呟く。その一言で、カイラスは目の前の三人が何をしたのか凡そを悟った。
つまり、この三人は森を抜けるにあたり、街道や獣道を使うのではなく、目につく邪魔な木々を破壊し、一直線最短距離で突っ切ってきたのだ。万物を腐らせる猛毒の霧を用いて……それが森の生態系にどれだけ致命的なダメージを与えるかなど一切斟酌せずに。
蝕毒蠍はただの乗り物として使われたのだ。森に生息する毒に耐性がある生き物の中で最も頑丈な乗騎として。
いかに魔獣が敵対的存在であるといえど、その無惨な最後は一抹の憐憫を冒険者たちに抱かせた。
「ここからは徒歩か。まあいい、体が鈍っていたところだ」
棍棒を担いだ人物が颯爽と地面に飛び降りる。
「……鬼族」
額から生える二本の角を認め、カイラスは剣の柄を強く握りしめた。
魔法に一切の適性を示さない代わりに超常的な身体能力を有する、同じ人類種でありながら敵とも見方とも判別し難い暴虐の一族。
「いや、そっちよりもあのローブの奴だ。アイツ、平然と〝禁語〟を使っているぞ」
ミィスフェルナの言葉で仲間たちはその事実にようやく思い至った。
――創造神の歌により、この世界は誕生した。
つまり世界とは歌であり、畢竟波紋である。少なくともリンダリアルにおいては。
創造神は波紋により万物万象を生み出した。
波紋は文字や図形などに落とし込まれ、人類が認識できる形に変換して筆記される。
万物万象である以上、人類が善と見なす概念と、それと対を成す悪の概念も存在し、また形を与えられた。
痛み、苦しみ、穢れ、冒涜、邪悪、混沌、死……。
これらに与えられた言葉はあまりにも凶悪かつ危険であるため、知ること、口にすることを禁じられている。
それこそが〝禁語〟。この世の運行になくてはならない、しかし識ってはならない禁断の言葉であった。
ミィスフェルナは、ローブの人物が使用したのは【腐れ】の〝禁語〟だと看破した。特に強力な毒の魔法によく使われる言葉の一つだ。
「おや……〝禁語〟がお分かりで? クク、ようやくリンダリアルに帰ってきたと実感しましたよ」
「お前らは〝異界渡り〟か?」
「そういう貴方たちは冒険者ですかな?」
カイラスの疑問にローブの人物――〝鬼術師〟が疑問で応える。
「だったらどうした」
「このまま私たちを見なかったことにして、さっさとこの場から失せなさい」
「お前らの目的は何だ。どこに向かおうとしている」
毅然とカイラスは言い返した。
「……私の言葉が聞こえなかったので、」
「――王都に行ってビカムというエルフを探す」
微量の苛立ちを含んだ〝鬼術師〟の声に割り込んだのは〝鬼怒女〟だった。
あっさり目的地と目的をさらした同僚に、ローブの奥から溜息がこぼれる。
「……〝鬼怒女〟殿」
「知られても構わん。どうせ王都に着けば衆目の知るところだ――奴を炙りだすために、目についた住人を適当に皆殺しにするのだからな」
さらりと告げられた犯行計画の衝撃に立ち直る間も与えず、〝鬼怒女〟はカイラスたちに重ねて問う。
「そうだ、方角的にお前たち王都から来たのだろう? 奴はどこにいる?」
「さあな。道具の補充だけ済ませてさっさと出てきたもんでね」
「――嘘ダナ」
今度は横合いから異装の鎧――〝黒鬼士〟が呟く。
「声ニ揺ラギガアッタ……オ前ハ、ビカムノ居場所ヲ知ッテイル」
「だから知らねえって言ってんだろ。王都にいるかどうかもはっきりしねえよ」
「――ソウカ、王都ニハモウ居ナイカ。ダカ、行キ先ハ知ッテイル」
「……っ!」
「ほほう? これは運が良い」〝鬼術師〟の笑いに合わせてローブの裾が揺れる。「気が変わりました。我々は少々会話をする必要があるみたいですねえ。我々が知りたい情報を素直に教えれば命まではとりませんよ?」
「……何なんだあの鎧の野郎は⁉ 心でも読めんのかよ!」
「落ち着けカイラス。どっちみちコイツらを見逃す選択肢はない。平然と〝禁語〟を使うような連中をこのまま王都に行かせるわけにはいかない」
弓手アインが冷静に敵の脅威度を測り、弓の弦を引き絞った。
もはや戦闘は避けられないと『白き翼』は本格的に武器を構えた。
「よかったですなあ、お二方。どうやら無聊を慰められそうですぞ」
〝鬼怒女〟が棍棒を素振りし、〝黒鬼士〟が鞘から黒いブレードを引き抜いた。




