第二章 第18話「〝大衝突〟」
〝大衝突〟
突如出現した〝ゲート〟により二つの世界が繋がれた結果、起きた世界的規模の大混乱。
シティの授業ではそう教えられ……それ以外を教わることはない。
歴史的大事件であるにもかかわらず、学校のタブレットにインストールされた教科書に単語検索をかけても、ヒットする情報はわずかだ。
ならばとネットの海を漁っても、出てくるのは本当か嘘か眉唾なものばかり。
シ民の認識も「リンダリアルという世界がある」「ファンタジックな生き物、魔法という現象が存在する」程度のもの。総体としてどちらかといえば関心が無いと言わざるをえない。
対してリンダリアル世界側の反応は劇的だ。チキュウという単語を耳にするだけで警戒心を隠そうともしない。問答無用で戦闘にこそならないが、その一歩手前まで急速に緊張が走るのだ。
「……リン殿は、シティが好きか?」
美しく紡がれた言葉は、しかし悲しみを予感させる音色を帯びていた。
「自分が生まれ育った場所だもの。家族もいる。……どんな故郷であっても、嫌いにはなれないわ」
薄々とビカムが何を言うつもりかリンは気づいた。
だからこそ、気にしないでと努めて明るく答えた。
リンとてもう、子供ではないのだ。
「……〝大衝突〟とは実際のところ――シティによる、リンダリアルへの侵攻だった」
覚悟していようと美剣士の言葉は、この年頃の少女が抱く幻想をひどく傷つける。
人々は助け合い、どこを見ても思いやりに溢れ、世界は美しい……そんな甘い幻想を。
世界はいつだって少年少女を傷つけ、無理矢理大人にしようとした。
「……チキュウは科学の発展で、旧時代を超える繁栄を手にしていたが、内実は袋小路にあった」
自然は汚染され、開発は行き詰まり、自由はシティの中にしかない。
そんな時に〝ゲート〟が二つの世界を繋いだ。
「チキュウ人が何を考えるか、想像するのは難しくないわね……」
当時、チキュウ人類が活路を求める先は、もはや星の彼方しか存在せず、しかしデブリが衛星軌道を塞いでいるため、宇宙に出ることは困難であった。
そこに現れた異世界への門――潜った先にあったのは、豊かな自然、多様な生命体、未知の資源。
リンダリアル世界が第二のフロンティアと見なされるのに、さほど時間はかからなかった。
「リンダリアル人はチキュウをどう思っていたの?」
「……個人では、興味をもって訪れる者もいた」
それを生業とする美しき〝異界渡り〟は言う。
「……野心を露わにした国家はほとんどない。それ以上に、シティの侵攻が遥かに早かった」
その先の事をビカムはかいつまむように話す。
だが、侵略者が現地民に何を行うかは、既に過去の歴史が証明していた。
ビカムは陰惨な言葉を決して用いなかったものの、リンの脳裏にはありありと、当時の血塗られた情景が浮かぶようだった……。
チキュウの激しい侵攻を示すものとして、リンダリアルには無数の遺構が残されている。
開発途中で放棄されたプラント、数多の陸上兵器、揚陸型戦艦群など。その一つ、自動採掘要塞都市パンゲアの廃墟はあまりにも有名であろう。
現在それらが打ち捨てられているとはつまり、シティの侵攻は失敗したということだ。
「……当初は未知の兵器、武装への対処が遅れ侵攻を許したが、態勢を立て直すと、リンダリアルの国々は一丸となってシティに対抗した」
シティの侵攻は同時多発的であったが、各都市が連携していたわけではない。
対してリンダリアル世界は国家の利害関係を超えて一時的協力を実現し、多数の個に対し一個の巨大な群として抗った。
銃火器や自動戦闘ロボットがリンダリアル世界の未知であるならば、魔法もまたチキュウ世界にとっての未知である。理解できない神秘の力はいくつもの兵器を打ち砕き、シティの戦闘職員は大いに震え上がったものだ。
最終的に、チキュウ人は元来た〝ゲート〟を再び潜ることとなり、以来、双方の世界は表向き不干渉を維持している……。
しかし、その爪痕は未だ消えずに色濃く残っていた。
「……〝大衝突〟とはチキュウ側の呼称だ。異世界の開拓――つまり莫大な投資が失敗したことを隠蔽するためのプロパガンダに過ぎない」
情報統制を布き、真相を悟らせないよう闇に隠し、ただ、二つの世界が偶発的にぶつかり合ったという虚実を記す。
「…………リンダリアルの人が敵意を剥き出しにするのも納得ね」
リンは重い重い息を吐いた。
自分たちを育み守ってきたシティは決して正義の存在ではない。
利益という至上命題に基づき、必要なものを必要以上に貪る巨大機構――。
「(目に見えて落ち込んでいる……フォローしておかないと)……だが、二つの世界の邂逅がもたらしたものが、全て悪だったわけではない」
ビカムは言う、チキュウ世界から流入した事物は、リンダリアル世界にプラスの影響も与えたのだと。
高等数学や物理学理論は、学術のみならず魔法開発にも大きく寄与した。
高度な工作機械を模倣することで、より精密に動作する魔道具が生まれた。
斬新な哲学思想は、長年の定説で凝り固まった学会に新風を吹き込んだ。
チキュウの言語体系の研究の成果が、不可能と言われたマーレン系祖語再建のきっかけになったこともあった。
特に目覚ましいのは医薬品である。
「……〝大衝突〟から間もない頃、リンダリアルで病が流行した」
それは今から十年前に起きた世界的な伝染病。
〝エレミアの夜風〟と言われた恐ろしき災いが吹き荒れた。
極北のエレミア地方の夜風に打たれたように体は寒さを訴えて震え、激しい発熱の後に死に至る。
「……回復魔法で治癒は可能だったが、圧倒的に僧侶の数が足りていなかった。……そんな折、わた――とある〝異界渡り〟がチキュウに病の検体を持ち込み、シティは伝染病の特効薬を製造した」
結果、特効薬を配布できたことで、多くの人命が救われた。今ではその薬を作ったのがシティの製薬会社であることはリンダリアルでも広く知られている。
……その話がリンの罪悪感を取り除いたわけではない。侵略の贖いに人助けを行ったとしても、侵略した過去が消えるわけではないからだ。
しかし、人助けをしたという事が無価値になるわけでもない。
悪事を働くチキュウ人がいる一方、リンダリアル人を救うために尽力したチキュウ人がいるという事実も、同じように認めなければならない――リンは迷いながらもそう結論付けた。
「……概ね理解できただろうか?」
「ええ……。ありがとう、ビカム。よく分かったわ」
「……そうか(これ以上の話となると学者を呼ばねばならないからね)」
幾分か気を楽にした少女の様子に、人知れずビカムは微笑をこぼした。
――その気の緩みを突いたかのごとく投げ掛けられた質問は、ビカムに再び冷静沈着の仮面を被らせることになった。
「――貴方はどうして〝異界渡り〟になったの?」
……問うてから、リンは後悔した。
自覚はあった。これは、相手の触れられたくない柔らかい部分へ、刃の鋭い切っ先を入れるような質問であるかもしれないと。
だからこそさり気なく、なんでもない風を装って口にした。
「っ……、これまでの会話の端々を聞いていると、貴方ってとても有名なんでしょう? それも良い意味で。色んな人に尊敬されて、たくさんの好意を向けられていて。でも、なんでそんな人がわざわざ自分の事を誰も知らない異世界に渡るのか気になって……」
けれども止まらなかった。
怖気づいて質問をやめてしまう方が違和感を与えると感じ、余計に口が回る。自分は悪い事をしているのだと思ってしまいそうだから。
知りたかったのだ、どうしても。
なぜなら、この美剣士の行動原理に彼の強さの源泉があると思ったから。
それを知ることができれば、自分も彼の領域に手を掛け――
「――――」
――見えるだろうか、あの硬く引き結ばれた、ビカムの唇が。
出会ってから今まで、寡黙ながら大らかに接してくれたビカムの予想外の反応に、後悔の波が押し寄せる。
あの美しい顔を自分が歪めたのだ。自分の浅はかで身勝手な欲望が……。
痛いほどの沈黙とは、まさにこのこと。
永遠のような時間が流れた後、ビカムが口を開く。
「……私は――」




