第二章 第14話「占星術師」
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「――アンタも人が悪いな」
ギルド長執務室。
中央に置かれたソファに腰かけるや否や、ガイゼンは口火を切った。
もっとも、気分を害した様子はない。悪ふざけを見つけた親のように苦笑している。
「……何がだ?(また俺は何かやってしまった……?)」
「二百年前の、それもたった一年間しか使われていなかった冒険者証を見せて、今の奴らが分かるわけもねえだろうよ。いやアンタのことだ、どうせ職員の知識や応対力を測るためにわざとやったんだろうが……」
「……(これしか持っていないだけなんだけど……)」
沈黙を是と捉えたガイゼンは「やっぱりな!」と手を打ち鳴らし呵々大笑する。
「こちらとしても新しい証に更新してほしいのはやまやまだが、今の魔法技術でアンタの美貌を写し取れない以上、昔の正規品を使い続けると言われても反論できねえ」
冒険者証は偽造や悪用を防ぐため、表面に本人の精緻な顔絵図を魔法で彫金する工程を経るが……いやはや美しすぎるがゆえの不便というのもあるらしい。
ビカムの冒険者証は、冒険者ギルドが創設された時、一番最初に定められた様式に基づき作成されている。
ヒヒイロカネ、アダマンティン、オレイカルコス、ミスリル――冒険者の強さに併せて魔法金属の名をそのまま等級の名称に当て嵌めていたが……、
あろうことか、稀少なそれらを冒険者証の素材に使っていたのだ。
武具や魔道具の素材として超一流であり、誰もが喉から手が出るほど欲しいそれを、ただの証明品に加工して使うとは……当時の人類の愚かさときたら。
さすがに一年経ってようやくもったいなさに気づき、耐久性の高い合金素材に切り替えられたが、ビカムに関しては前述のとおりそのまま使い続けている。
ヒヒイロカネとしての価値、そしてこの世にたった一つしか現存しない旧式冒険者証という骨董品としての価値。
仮に競売にかけられれば、恐ろしい値段が付くであろう。
「すまん、すまん、話が逸れたな。アンタがお出ましになった用向きを聞こうか――と言いたいところだが、まずは茶でも飲んでくれ」
ガイゼンが卓上の鈴を鳴らすと、湯気を立てた杯を盆に乗せた女性職員が図ったように室内に入ってくる。
卓に茶器を静々と並べると、彼女は扉脇の壁際に楚々と佇んだ。
ガイゼンが眉根を寄せる。
「……用があったら呼ぶ」
「はい。ここで待機しております」
「いや、遠慮して退室してくれって意味なんだが……」
「ギルド長だけズルいです! 独り占めして!」
「何が独り占めだよ……ほら、さっさと行け」
ぷりぷりと怒りながら彼女は結局部屋を後にした。
……扉の隙間から、目に怪しい光を湛えた女どもの頭が何人も覗いているのを認め、ガイゼンはビカムが去った後の突き上げを想像してげんなりした。
「やれやれ……。でだ、ビカム、そっちの嬢ちゃんは? 紹介してくれるんだろう」
ここでようやくリンにスポットライトが当たる。ビカムにばかり視線が集まる一方、彼女もつかず離れず美剣士の後を付いてきていた。
「……彼女はリン」暖かい茶で喉を湿らせてからビカムは言った。「……チキュウ世界の住人だ」
短い沈黙が流れた。
「……なるほど、クソ厄介事の類だな」
ガイゼンの不敵な笑みがリンを貫いた。
「……(多分)迷惑はかけない」
「ああ、俺も心配しちゃいない。だが、そのお嬢ちゃんに関する頼み事は期待しないでくれ」
心配しちゃいないと言った傍からこれである。
「……占星術師ヨランパ=メグゥの力を借りたい」
「……!」
ビカムの切り出した内容に最も驚いたのはリンだった。
自分たちが王都に来たのは、そのヨランパなる人物を頼るためなのだろうが……占星術師?
「不思議でならねえって顔だな、お嬢ちゃん」ガイゼンが言う。「その反応から察するに、お宅の世界じゃ占いは気休め程度の呪いかもしれないが、こっちの世界じゃまた違う意味がある」
「と言うと?」
「占星術師は――過去、現在、未来を見通す力を持つ」
占星術――という魔法がある。
天体の運動から運命を読み取っているように見えた事から名が付いたが、由縁はさて置き、占星術師は運命を俯瞰して見る魔法を行使する。
過ぎ去った運命は克明に、今を伴走する運命は漠然と、未来で対峙する運命は微かに知ることができた。
特に未来を知る力は強力であり、見えるビジョンは判然としないものであっても、読み取る者次第で情報の価値は大いに変わる。
まったく手掛かりの無い状態からたった一つのヒントを与えられるだけで、事態に飛躍的な進歩をもたらすかもしれない。未来の情報というのは、それだけで莫大な価値を持つ。
ただし、この占星術……扱う本人の才能以上に、魔法と種族の相性が大いに物を言う。
そして占星術と人族の相性は最悪。
リンダリアル世界で最も個体数の多い人族ですら、様々な時代においても片手の指で数えられる以上の占星術師が揃ったことはない。
一国単位ではない。全世界含めてである。
「なる、ほど……」
未来を見通す――改めて聞く魔法の無茶苦茶ぶりに、リンは返事を返すのがやっとであった。
チキュウ世界でも未来を予測シミュレートする試みは盛んだ。
ただし、それは純然たる科学技術に基づいてである。極大母数の統計値から導かれる確率や、素粒子の動きの予測など、アプローチ方法は様々検討されている。
コンピューターを用いた計算は、しかし変数の追加により指数関数的に増加するせいで、どこかで必ず頭打ち――シミュレート範囲に限界が来ることが示唆されていた。
現時点の科学力では数秒~十秒先の未来を予測するのが精一杯。
なのに魔法ときたら……といった具合である。
「……ヨランパ殿に話を通してもらえるだろうか?」
ヨランパ=メグゥは冒険者ギルド所属の職員で特別顧問だ。何を占うかは公益性を鑑みたうえで、常にギルド長が判断することになっている。
「内容次第だな。話も聞かずに『はい、いいですよ』とは言えん」とガイゼンは言った。至当である。
「……(私は口下手だからな……ここはリン殿にお願いしたい……)」
チラとこちらを見たビカム。リンは求められたところを理解した。
――確かに、ビカムから話をするのが手っ取り早いだろう。
しかし、それではリンに対するガイゼンの猜疑を払拭することは叶わない。
たどたどしかろうと、チキュウ人のリンが偽りなく誠意を込めて説明することに意味があるのだ。
まったく、そこまで読んだうえで役回りを預けるとは。このエルフこそ余程未来を見通しているのではないか。
リンは余すことなく、ここまでの経緯を丁寧に説明した。
文化や技術の違いからなかなか説明しづらい箇所もあったが、それでもギルドを束ねる男は大筋を理解したようで、顎に手を添えながら頷く。
「……ははあ、読めてきたぞ。つまり、ジャガンとかいう獣人の過去を占星術で遡っていけば、アンタらを襲撃した黒幕の正体や目的、そこから付け入る隙が分かるかもしれねえわけだ。口ぶりからして、ジャガン一人が思い立った犯行じゃないことは明らかで、必ずどこかで依頼主と接触している、と……」
不死鳥の尾羽が鍔広帽子ごと縦に揺れた。ガイゼンの推理は正解を引いたようだ。
「……如何か?(頼む! これ以外に手立てがまったく思いつかない。ダメだと断られたら、リン殿に失望される……!)」
再度、ビカムの問い。
断られる恐怖など微塵も含んでいない美表情。
このエルフの事だ、たとえガイゼンが首を横に振ろうとも、十重二十重と次善の策は用意してあるのだろうが、だからといって一手目を仕損じるなど露とも考えていない様子である。
「ふむ……」
ガイゼンはしばらく長考の構えを見せたが、
「ま、気になる点は色々あるが、日頃のアンタの活躍に免じて箱の隅を突くのは止めとくぜ。ヨランパ卿に話は通しておこう――と言いたかったんだがなあ……」
「……ん?(言いたかった? それに、ヨランパ卿?)」
ガイゼンの面持ちは痛々しさすら感じさせる沈痛を帯びた。
……何かを察したリンは恐る恐る切り出す。
「あの、もしかしてヨランパさんは、もう……」
「……(まさか……! 嘘……だろう……)」
リンとビカム、二人の視線を受けたガイゼンは「ご明察だ」と力なく呟いた。




