第二章 第12話「冒険者ギルド」
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冒険者ギルド受付嬢、レイチェルの朝は忙しい。
ギルドの営業開始と同時、飛び込んできた冒険者から舞い込む依頼票を受付けて処理していく。
冒険者にとって依頼は早い者順であり、特に採取系の依頼は入手対象も早い者順である。
必然、朝は皆が急き立てられ殺気立っており、受付を効率良く捌かないとたちまち長蛇の列ができて不満のシュプレヒコールが始まる。隣で自分以外の受付嬢が上手く列を消化していたならば、なおさら気炎を上げて処理しなければならない。
冒険者ギルド受付嬢、レイチェルの昼は忙しい。
朝に雪崩をうって舞い込んだ依頼票をある程度整理したうえで査定部――冒険者個人の功績評価等を行う部署――に引き継ぐと、新人向けの講習会の準備やギルドで販売している魔効液などの補充、受付対応、その他日常業務に追われる。
昼食時になってようやく一息つけるが、それも緊急のトラブルがあれば味わう間もなく胃に押し込むように済まさざるをえない。
冒険者ギルド受付嬢、レイチェルの夕は忙しい。
依頼を終えて完了の報告が集中するのがこの時間帯。
朝ほど冒険者の気が立っていないとはいえ、それは依頼を達成できた者だけだ。失敗で終わった冒険者は火元に置いた爆弾のようなもので、下手に突いてしまえば導火線に火が点き派手に爆発してトラブルになる。
それ以外にも依頼内容に文句やケチをつけてくる輩もいるので気苦労は絶えない。
冒険者ギルド受付嬢、レイチェルの夜は忙しい。
日中に処理できなかった残務を片付ける以外に、斡旋部――個人の依頼や市場の素材需要から依頼票の作成を行う部署――から翌日に掲示する依頼票が回ってくるまで待機しておらねばならず、これがまあ大抵出てくるのが遅い。
実務としては整理して掲示板に貼り付けるだけだが、翌朝の受付ラッシュを効率よく捌くためには事前にどんな依頼が出ているか、付帯する注意事項は何か、よくよく目を通しておく必要があった。これを怠るとトラブルの火種になることを何度かの苦い経験から知っていた。
ゆえに、さっさと退勤して麦酒を喉に流し込みたい欲求をグッとこらえ、職務に邁進するのである……。
(――一日丸ッと忙しいじゃないですか!)
こんなはずじゃなかったのにーっ! とレイチェルは天を仰ぐが、そこには見慣れた天井材の木目しか瞳には映らなかった。
彼女は商業学校を卒業し、文書作成、原価計算、商業簿記、応対礼節などの技能を優秀な成績で身に着けた。
どこの商会に就職しても恥ずかしくない人材であると自負していたが、レイチェルはあえて商校卒者の不人気就職先である冒険者ギルドを選んだ。
理由はただ一つ――玉の輿である。
普通に商会に就職しても出会える相手の程度はたかが知れている。商会の跡継ぎ御曹司は、提携を目的として既に他商会の娘か、家格を上げるために中級から下級クラスの貴族家の三女四女あたりと縁を結んでいる。
そんなところに後ろ盾のない一般家庭出身のレイチェルが横車を押そうとすれば、良くて王都追放、悪くて川の魚の餌にされること請け合いである。
とはいえ、商会の番頭クラスと結婚したとして並み以上の生活は送れるだろうが、それは並み以上であって上流という意味ではない。
レイチェルは上昇志向の強い女だが、性格が悪いわけではなく、頭も良い。誰にでも分け隔てなく接する優しさもある。目標のためにたゆまぬ努力ができる。――ただ、凡百の男で満足できなかった、それだけなのだ。
ゆえに冒険者ギルド。
ここには武技を練り上げ、魔法を窮めた強者が集まる。恐ろしい魔獣を倒し、目も眩むような黄金の山を報酬とする一騎当千の勇士たちが。
ここにこそ、レイチェルの全身全霊を投資するに相応しい。
眉目秀麗かつトップクラスの稼ぎをほこる冒険者をゲットするのだ――
「……現実は甘くないなー」
「どうかした?」
げんなりと落ちる肩に声をかけたのは、隣で作業をしていたレイチェルの七年先輩であるリーナだ。
「いやあ、なかなか人生思い通り上手くいかないと思いまして」
「そう? 貴方、入組半年で職場にも業務にも大分馴染んでいるわ。今までの新人の中でもかなり要領の良い方だと思うのだけれど」
「まあいろいろとあるんですよー……」
リーナは「?」と首を傾げながら、手にした依頼票を斡旋部へ引き渡すため奥へと引っ込んでいった。
(でも、へこたれませんよ私は!)
これまでだっていくつもの壁にぶち当たってきた。その度に努力と工夫で乗り越えてきた。ゆえに出来ないわけはない。
(私は絶対に、滅茶苦茶カッコ良くて性格も完璧であっという間に一攫千金の凄腕を持つ最強冒険者と結婚して見せるんだから――!)
「――がははは! でよう、あそこの娼館の姉ちゃんがえれえ色っぺくてな」
「――テメエおかしいだろうが、目ん玉ついてんのかぁ? どんな頭してたらこんな報酬の按分になるんだよ!」
「――あ? ツケの支払い? こちとらいつ命を落とすか分からねえ冒険者様だぜ。貯金なんてあるわけねえだろ!」
(……とはいえ道は険しそう……)
理想の相手は見つかるのか。
目の前の玉石混交たる冒険者たちを眺めていると、果たして本当に玉は存在しているのか不安に駆られるレイチェルであった。
……と、俄かにギルド内部が騒がしくなる。
「『白き翼』だ! 『白き翼』が帰ってきたぞ!」
瑞々しい興奮を帯びた若者の声が広間内に木霊する。
途端、それまで野卑な会話を交わしていた荒くれ者どもですら、熱にあてられた少年のように色めき立つ。気の早い者は麦酒をなみなみと湛えた樽杯を乾杯している。
開け放たれた広間の玄関口から彼らの姿が露わになると、熱狂は最高潮を迎えた。
「カイラス――! また竜をぶった切ったらしいな!」
「アイン様ぁ! 私の恋心も射抜いてぇ~!」
「おーい、バックロゴン! 竜の素材、ウチの店にも回してくれよ!」
「ミニーニャ! 俺だーッ! 結婚してくれーッ!」
「きゃあああああっ! ミィスフェルナ様、こっち向いてー!」
声援を浴びながら堂々と広間を突っ切っていく人影五人。
人族の剣士カイラス、同じく人族の弓手アイン、鉱窟人の重戦士バックロゴン、猫獣人の斥候ミニーニャ、エルフの魔法使いミィスフェルナ。
彼らこそエスタード王国が誇る一等級冒険団『白き翼』。
最上位魔獣――竜を討伐できる傑物たちの集いだ。
英雄の凱旋に心躍らない者がいようものか。童から老人まで手を打ち鳴らし『白き翼』の帰還を惜しみなく祝福する。彼らこそ我らの誇り、王国に羽ばたく強く巨大な純白の翼よ。万雷の歓声こそ相応しきと知れ、と。
「依頼完了の手続きを頼む」
「はいっ! 霧の竜の討伐完了報告、確かに受領いたしました!」
レイチェルは高らかに歌い上げるがごとく言い述べる。その笑顔に先程の険しさは欠片もない。
なぜなら『白き翼』のカイラスこそ玉の輿候補の筆頭であるからだ。応対にも熱が入ろうというもの。
「此度の依頼も、全員欠けることなく無事に帰還することができてなによりだ」
「でも寒い場所の依頼は嫌にゃ。アチシはしばらく勘弁かにゃ~」
「しかし、その分火酒も美味くなろうというものじゃ、ガッハッハ!」
アイン、バックロゴン、ミニーニャが和やかに歓談するのを横目に、レイチェルはてきぱきと処理を進める。
その間、手持無沙汰になるカイラスと会話を交わすのも忘れない。
「さすが〝竜牙〟のカイラスさんです! 霧の竜も難なく討ち取ったとか。早くも吟遊詩人たちが謳っていましたよ」
「仲間たちのお陰さ。俺一人ではとてもじゃないが叶わない相手だった――」
適切に相槌を打ち、愛想を振りまきながら……レイチェルは名状できない物足りなさを感じていた。
カイラスと顔を合わせる度に、その疼きは、どんどん肥大化していった。
玉の輿を狙うレイチェルにとってカイラスはまさに理想的な相手。富と名声を手中にし、清涼感のある顔立ちは自分にとっての合格点を優に超えている。たとえレイチェルでなかろうとお近づきになりたい女子はごまんといる。
彼と見知った中になり、受付嬢という今後も中を深めるチャンスはいくらでも生まれる立ち位置……考えるうる限り恵まれたポジション。全力を出すに何の躊躇はない。
だというのに、その最後の一歩がどうにも踏み出せない……。
本当に、この人でいいのだろうか――迷いがよぎる。
「……カイラス、何をもたもたしている?」
唐突にレイチェルとカイラスの会話に割り込む冷たい声音。
魔法使い、エルフのミィスフェルナ。
今まで一言も喋らず、呼びかける歓声にも応えない彼女が口を開いたのだ。
「我々は激しい戦闘をこなしたのだ。これ以上疲弊しないよう休息を取らねばならん」
「ああ。でもギルドへの報告も大事だろう?」
「報告というには多分に主観が含まれて要領を得ない様子だが? 傍から聞き耳を立てていて、私にはただの世間話にしか聞こえていなかったぞ」
刺々しさを隠そうともしない小姑のような指摘に二人は苦笑せざるをえない。
「申し訳ありませんミィスフェルナ様。私も滅多に聞けない竜退治の話とあって、職務を忘れて興奮してしまったようです」
「レイチェル殿、其方が本当に色めき立った理由は他にあるのではないか?」わざとらしくカイラスを横目で見るミィスフェルナ。「……まったく、色恋だ何だと……正直私には理解できないな」
「君は長寿だが、エルフ基準では年頃の乙女じゃないのか?」
「カイラス……私なんぞたかが百五歳の童子だぞ? 惚れた腫れたを介するには早すぎる」
「いやいや、初恋に年齢なんて関係ないさ」
「フン、ならば一度でいいから、心より湧きたつような敬愛の情を感じてみたいものだ」
フンスとそっぽを向き腕組みするミィスフェルナ。
恋が分からないと困惑する彼女だが……そんな彼女を熱烈に見つめる多くの眼差しに気づいているのだろうか?
エルフの例に漏れず面差しは非常に整っており、現に数多の異性を惹き付けてやまない。実際に数えるのも億劫になるほど求婚の申し出を受け、それを切って捨ててきた。
しかし、それはガワだけの話に過ぎない。本人の言うとおり彼女はまだ百五歳。肉体は既に人族二十代相応まで成長を遂げているが、精神の成長が比例しているわけではなかった。
エルフでは百歳を超えてから思春期が始まるのだ。二百歳でようやく成人扱いされるとなれば、精神はまだまだ発達の途上とご理解いただけよう。況や男女の心の機微を……である。
果たしてミィスフェルナの初恋はいつになるやら……。
と。
――突如、冒険者ギルドの広間に、侵略するように沈黙が染み渡っていった。




