第二章 第9話「敵、異世界より来たれり」
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チキュウ世界とリンダリアル世界。
二つの異世界を結ぶ道を〝ゲート〟と名付けた存在は今日に至っても明らかではないが、名称の起源がチキュウ世界であることは確実視されている。
しかし、定着はしなかったもののリンダリアル世界側での名称はかつて存在していた――〝虚空〟である。
名称の違い。
それは、それぞれの世界の人類の常識に大きく差異があったからだと言われている。
リンダリアル世界において、世界とは神が創りたもうた絶対唯一のもの。
世界には果てがあり、定命の身では超えることが出来ない境界があると信じられていた。
それが壁なのか、あるいは断崖なのかは諸説別れるが、とにかく、世界には内と外に隔てられているというのが常識であった。
世界の外側には天も地も空も海もない、神々が世界を創造する前の何もない虚無の空が存在するのだと、人々は疑いもなく信じていた。
翻ってチキュウ世界。
人類は己が住まう場所とは異なる世界が存在すると、神話の時代から空想してきた。
死者の国、黄泉の国、神々の天上、戦士の園……あるいは剣と魔法のファンタジー。
時代を経ようとも異世界への憧憬は尽きることなく、旧時代滅亡近辺では、死後に神から能力を授かって異世界を自由にまったり冒険する物語が形式問わず流行していた。
ゆえにこそチキュウ人類は異世界へと続く穴を、門を意味する〝ゲート〟と名付けたのだと――
「……つまるところ、そう、私が言いたいのは、リンダリアル人の狭量さ加減なのですよ。〝大衝突〟の時、チキュウ人は積極的にこちらの世界に訪れようとしました。そこにどのような思惑があったとしても、未知への興味を失うことはなかった。しかしどうです? 貴方たちは己の固定観念に囚われ、異物に理解を示さず排除しようとする。器の小ささ……真に嘆かわしい事です。穴の向こうに何もないなどと、確かめもせずどうしてそう思えるのです?」
「――おい、〝鬼術師〟。いつまで遊んでいる」
乾いた風が吹きすさぶ荒野……しかし今は、鉄の臭いを含んだ風が、この場を剣呑な雰囲気へと変貌させていた。
太陽の熱で蒸発する血が、風に乗って運ばれていく。
〝ゲート〟から幾分離れた場所を塒にしていた盗賊団……人間性の下卑た彼らから流れ出た血は罪の重さを示すようにどす黒い。それがペンキをぶちまけたように大地へ塗りたくられている。
搾りかすのごとく打ち捨てられているのが盗賊たちの死体だ。どれ一つとして尊厳を保たれたものは無い――脳天から股間へ真っ二つに斬断されたもの、原型を残さず潰されたもの、自ら喉を掻きむしった傷で失血死したもの……たとえ文字であろうとも残すに憚られる死体が散乱していた。
残った生者は三名のみ。
「遊んでいるとは心外ですなぁ。私はリンダリアル人と価値観に関する議論を交わしていたのですぞ?」
「そいつはもう死んでいる。死体に話しかけるのを対話とは言わん」
「んん? ……おやおや。興が乗るあまり気づきませんでした。私の話が終わるのも待てないとは。まったく、堪え性の無いことで」
〝鬼術師〟と呼ばれた人物は目深に被ったローブの奥でくつくつと嗤い、愉快そうに裾を揺らした。
その眼前には、この場で唯一人間の形を保ったままの死体があった……両手足を戒められ、のたうち回り、くの字に折れ曲がったまま硬直している。眼球は半分飛び出し、顎の骨が外れるほど口が開いていた。不思議と全身に目立った傷は無いが、苦悶の果てに死んだことだけは間違いない。
それもそのはず……この男だった死体は狂死したのだ。
知る限りの情報を喋らされた後は四肢の自由を奪われた状態で、体の内と外を夥しい虫が這い回る感覚を味わわされ、発狂の果てに精神が肉体に死を命じたのだ! なんと残酷な死に方か。
しかし、こんなものはこの場にいる三人にとって児戯でしかなかった。
つい先ほど、たまたま遭遇しただけの、彼らにとっては何の罪もない盗賊数十名を気晴らしに惨殺した者たちこそ、アキツ・シティから送り込まれた〝四鬼天〟……〝鬼蜘蛛〟のジャガンを除いた、精鋭たる三名の懐刀であった。
「久方ぶりのリンダリアルだ。砕き甲斐のある強者に見えられれば重畳だが」
全てを破壊する怒り――〝鬼怒女〟
「そうですねえ……あの方も、仕事さえ果たせばうるさくは言わないでしょう。村の二つや三つ、潰してもよいのでは?」
地獄へと沈めし狂気――〝鬼術師〟。
「…………」
万象を斬断せし黒刃――〝黒鬼士〟
恐るべきチキュウの刺客が〝ゲート〟を越え、リンダリアル世界へ乗り込んできたのだ!
白日の下に現れた彼らの姿は異相と言ってよい。
「貴様と一緒にするな〝鬼術師〟! 我は弱者を嬲りたいのではない。骨のある戦士と闘いたいのだ」
怒気を露わにしている〝鬼怒女〟は二メートルを超す長身を、帯だけで着物を締めた着流しの格好という軽装で包んでいた。
虎柄のチューブトップを身に着けているとはいえ、胸元が煽情的におはだけしていることからも分かるとおり、防御力という面において決して十全な装備とは言い難い。
まるでその代わりと言わんばかりに存在感を主張しているのが、肩に担いだ巨大な棍棒だ。明らかにチキュウ科学の産物のソレは、片面の縦一列に噴射口のようなものを備えており、対して反対側の面は真新しい血肉に塗れていた。
極めつけは面貌。
幼さの残る整った顔の上で、額から生えた一対の角が天を突いていた。
それは彼女が人間に近しく……同時に決して人間ではない種であることを象徴していたのであった。
「ハア……もう少しご自分を高く見積もるべきですねえ。貴女に匹敵する強者など、都合よくそうゴロゴロ転がっているとお思いかな? その骨のある相手とやらを探して徒に時を浪費するのが目に見えますよ。いかに高尚な武者修行を気取ろうと、油を売っていると見なされれば、雇い主の勘気を被ることは避けられませんねえ。ここは無辜な村人を殺戮して無聊を慰めるのをお勧めしますよ?」
「フン、下衆め。それが気晴らしになるのは貴様ぐらいだ!」
対して、ククク、と哄笑を漏らす〝鬼術師〟もまた、奇妙な風体と言って差し支えなかった。
その全身はローブにより隠されているものの、頭部にあたる箇所が人間の頭ではありえない盛り上がり方をしている。その上背も〝鬼怒女〟と負けず劣らずであり、隠れている巨躯を予想させるのだった。
「…………」
そんな二人に我関せずと幽鬼のごとく佇む影があった。
武者鎧に酷似した全身の装甲は艶のある黒色を帯び、まるで卸したての新品のよう。
だが、この者に限っては新兵ではない――闘いの心得があるものが対面すれば、鎧を汚すほどの武人と仕合う機会に恵まれない、隔絶した実力の高さの証であると途端に悟り、玉のような冷や汗を噴き出すことだろう。
面頬をモチーフとした仮面に隠され、表情の一切は不明だ。
しかし少なくとも、闘争の世界に身を置く者に特有の、刃のような面立ちが仕舞われていることは想像に難くない。
その腰には一本のブレード。
今は納刀状態であるが、一度鞘走れば、血風を巻き起こす未来が約束されている。骨肉を断たれている盗賊たちは全てこのブレードによって撫で斬りにされたのであった。
「〝黒鬼士〟殿、〝黒鬼士〟殿はいかが? 貴方もリンダリアルで羽休めと洒落込みますかな?」
おどけた調子で問いかける〝鬼術師〟に、黒き武者からの応えは無い。
「…………」
「〝黒鬼士〟殿は〝鬼怒女〟殿と同じく強者をお求めと推察します。よければ、反抗してくる気骨のある者はお譲りしますよ。私は、そうですねえ……十つ前後の子供を残してくれれば。その年頃はよい声で哭くのですよ。お父さん、お母さんと――」
斬ッ――‼
いつ抜いたのか。いつ振り終わったのか。それすらも定かではない。
間違いなく言える事は、〝黒鬼士〟の手にはブレードがいつの間にか握られており……〝鬼術師〟は袈裟斬り真っ二つに斬断されていたことだけだ。
〝鬼術師〟の肉体はしかし、断面から血を噴き出すことなく、それどころか空気に溶けるように消えていくではないか。
「――フフフ、言葉もなく斬りつけるとは。それなりに付き合いも長くなったというのに」
「挑発したのは貴様だろうが」
何事も無かったように響いてくる〝鬼術師〟の声。
彼は〝黒鬼士〟の背後に佇んでいた、最初からそこに立っていたかのように。
一連の出来事に驚いた様子もなく〝鬼怒女〟は呆れた眼差しでローブの巨躯を眺めていた。
「……標的ヲ、ドウ探ス……」
ここで初めて〝黒鬼士〟が言葉を発した。仮面の奥からのくぐもった声。機械により変質させられた声音からは性別を窺い知ることはできない。感情は込められておらず、命を斬るだけのマシーンのごとき無機質さ。
「ご心配なさらずに。ちゃんと考えてありますとも」
そう述べた〝鬼術師〟がローブから引き抜いた片手には、あるものが乗せられていた――明らかに人間とは異なる五指は、節くれだち、獣のような体毛で覆われている。
異質な掌の上にあるのは切断された首――〝鬼蜘蛛〟のジャガンの生首であった!
その顔面には、死の直後の凄絶なる形相が未だ刻み込まれたままである。
〝四鬼天〟の誰一人として、死者の瞼を閉じさせてやる慈悲など欠片も持ち合わせていないどころか、こうしてわざわざ首を切り離して異世界に持ってきたということは、何らかの形で使うのだろう。
いかに生前大悪人といえど、死者への冒涜ここに極まれり。
「フフフ、失せ物探しの術法……多少心得があるのですよ。さて、ジャガン殿、汚名返上の機会ですぞ? 生きていた時の恥辱、精々その屍で雪いでくださいよ――」
そう遠くない未来、この三名は旅路の大いなる障害として立ちはだかるだろう……。
世界を超えてまで執拗に付け狙うシティの思惑とは。
最重要目標の正体とは。
恐るべき敵との激突は必至――果たしてどう戦う? ビカムよ。




