第一章 第12話「〝四鬼天〟」
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「ば、かな……〝クリーナー〟だぞ! なぜただの人間が逃げおおせる……ッ⁉」
偵察ドローンから送られてきた監視映像に、シティ保安部長イチタカ・アベは驚愕の呟きを漏らすしかなかった。
標的二人はまんまとリンダリアル世界へ逃げおおせ、投入した〝クリーナー〟は旧時代のガラクタと血みどろの戦いを繰り広げている……。
いったい、どうしてこうなった――イチタカの脳内を占めるのは、この疑問ばかりだ。
念のため見張り役を買っていたジャガンが死んだことも、〝クリーナー〟が仕留め損なったことも、全て想定外の出来事。
取扱説明書に一万の注意事項が書いてあったとして、一万一例目のイレギュラーに遭遇したようなものだ。
どうするべきか、と部下たちの視線が束となり無言の重圧を生み出す。
イチタカとてシティを統べる企業、その保安部長の椅子に座るまでに至った傑物である。たった一度の失態に、いつまでも無様をさらす彼ではなかった。ここから挽回するための策が瞬時に脳内へ展開される。
だが……失態がかすり傷ではなく、致命傷であったとしたら?
ここ一番で失敗してはならない時に、彼は達成できなかったとしたら?
「すぐに追撃部隊の編成を――」
「――その必要はない」
峻厳な山脈を思わせるような重低音が指令所に轟いた。
まさにそれは重さを持つ声。
耳朶を打たれた者たちは、巨大な物体の下敷きにされたかのように、寸毫も体を動かすことができなかった。
「本件はお前の手に余る」
「あ、貴方様は……」
心中でイチタカは呟いていた――自らの視線の先に立つアキツ・シティ支配者の名を。
短く刈り込んだ白髪に、整えられた顎髭。老境と言って差し支えない見た目。杖を持ってはいるが必要なのかと疑うほどエネルギーに満ち溢れた巨躯。
この老人こそ、保安部長まで上り詰めたアベですら目通りが叶うかどうかの遥か高みに君臨する存在。
腕利きのボディカードを侍らせた姿は王のごとく。
彼の決定一つでシティのルールと常識は塗り替わる。シティの住人の命はこの老人の指先に乗っているも同然であった。
人間が身動ぎ一つで矮小な虫を潰してしまうというなら、彼はまさに巨人だった。たった一言の呟きすら、多くの人間の命運を左右する。
本来なら執務室にアベを呼びつければ済む話であるというのに、直々に足を運ぶという行為が案件の重大さをこれ以上なく示していた。
「捜索の甘さで最重要目標を見逃し、あまつさえ強奪者を蛮族の世界へ取り逃がすとは」
既に老人直轄の部下が破壊された『こみげむ』の跡地を再調査し、隠された地下室の存在と、持ち去られただろう最重要目標の痕跡を確認していた。
「直接指揮を執るまでもないと踏んでいたが……」
彼の興味は既に、指令所前方の大画面にリピート再生されたビカムの映像へと移っていた。馬上からミサイルを銃撃で撃ち落とす、異世界の美剣士へと。
アベへの関心など毛ほども残っていなかった。
「お、お待ち願います!」顔面を蒼白にしたアベが絞り出すかのように述べる。「もう一度っ! もう一度私めに挽回のチャンスを頂きたく願います! 必ずや奴から最重要目標を奪取してみせます! 直接リンダリアルに乗り込んで――」
「この私にチャンスをねだるとは、お前は何様のつもりだ」
目に見えぬ重圧が吹き荒れた。
「……ぁ……」
たった一言。
意気込んでいたアベの決心、覚悟など、蝋燭の火のように掻き消える。
「お前は失敗を犯した、それ以外の評価はない。お前は、失敗しても後から働き次第で帳消しに出来るとなぜ思ってしまう? 紙が一度でも折れてしまえば、それはもう紙ではない。折り目のついた紙なのだ」
成功し続けた者。
一度でも失敗した者。
たとえ損失を回復しようが、もはやそこには天と地ほどの差が生じている――一度の失敗も無いがゆえに企業の頂点に到達した男はそう言っている。
どれだけ苛烈な理屈だろうと、それを覆せる熱量、信念、美学、権力を有していなければ抵抗はできない。
老人の目に、もはやアベというシ民の価値は何ら残っていなかった。
「お前はクビだ」
杖で床を一突き。
アベの足下の床が開き、底の見えない穴が広がった。
「ああああああああああ――――‼」
暗闇に落ちていくアベの悲鳴がこだまする。
穴が継ぎ目なく閉じると、彼が居た痕跡は何も残らなかった。
指令所の職員たちの恐怖の度合いは察して余りある。ここの床そんな風になっていたの、とか、どういう造りになっているの、とか、そんな些末な事よりも、今見た暗黒の洞穴が自分の足下にも開く可能性を想像し、粉骨砕身業務に励まなければならないと身を震わせていたのだった。それは老人が指令所を去った後も続いた。
アキツ・シティ中心部に聳えるシン・セントタワー。
最上階執務室へ繋がるエレベーターからシティの夜景を見下ろし、彼は口を開く。
「この都市は完成しなければならん」
斜め後ろに控えた美人秘書が「仰るとおりです」と相槌を打つ。
「そのためには、何としてもアレを我が手中に収めねば」
老人はガラスに映る自分自身に言い聞かせるように重苦しく呟いた。
そして新たな指示を出す。
「――残りの〝四鬼天〟を全て投入しろ」
それは彼に敵対する存在にとって、死刑宣告に等しい一手であった。
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「――ジャガンが死んだようですねえ」
アキツ・シティのどこか、薄暗い一室にて影が蠢く。
「左様。リンダリアルの剣士に、銃で撃ち殺されたときた! なんと無様な死に方よ」
「フフフ……奴は〝四鬼天〟の中でも最弱にして、鎧の力に胡坐をかいた増上慢。分不相応な輩がいなくなったのは幸いですが、我らの名まで軽く見られるのはいただけません」
憤慨する女の声に、嘲笑する男の声。
彼らを雇用する主の秘書から各々の端末に送られてきた情報に対し、反応はそれぞれ異なった――だが、仲間であるジャガンの死を悲しむ者は一人もいなかった。
彼らこそ秘中の戦闘部隊〝四鬼天〟。
かの老人の命令にのみ基づき、恐るべき武を振るう怪人たち。
権力には常に、表沙汰にできない血塗られた裏側がある。
彼らはある時より老人に仕えるようになり、その懐刀として暗闘を制してきた。
〝クリーナー〟のような兵器を有していながら、最後の暴力装置として重用されてきた〝四鬼天〟は、まさに切札中の切札と言うに相応しかった。
ジャガンなど前座と言わしめる彼らを一斉に動かす――それだけかの老人は今回の事態を重く見ているのだ。
「……とはいえ、曲がりなりにもジャガンを下す実力があるわけだ。久々に我が棍を賜すに相応しい相手と、期待ができような」
「まあ確かに、近頃は歯ごたえのない相手ばかりでしたからねえ……貴方も久々に血沸き肉躍る戦いに臨めるかもしれませんよ?」
ねっとりとした男の問いかけが向いたのは、相手への期待感を露わにした女にではなかった。
二人から少し離れた位置、より暗がりに腰かけた一人の偉丈夫がいた。
彼だけは端末ではなく、わざわざ壁のモニターに投映したビカムの逃走劇の映像を食い入るように見つめていた。
モニターの光を受けて偉丈夫の全身が微かに浮かび上がる――身に纏う装いは独特であった。
かつてこの地域を支配した国の歴史を、旧時代よりもさらに数百年遡り、戦国乱世である頃に活躍した武者鎧に酷似していた。
「〝黒鬼士〟殿は相変わらず寡黙ですねえ」
無視と言ってよい態度に、しかし男は慣れた事だと笑いながら頭を振った。
「強ければよい。強ければ、全てが許される。チキュウも、リンダリアルも」
「フフフ、〝鬼怒女〟殿も、と付け加えておきましょうかねえ」
三者三様の反応なれど、彼らの意識は全てビカムへと向けられている。
彼らの無聊を慰めてくれそうな、哀れな獲物へと……。
疾走した父、ゲンジューローを探すため、
突如襲撃してきた黒幕の正体を突き止めるため、
手掛かりを求めて異世界に旅立ったリンとビカム。
二人を追うシティの恐るべき刺客、〝四鬼天〟。
裏側で陰謀の糸を引く謎の老人の正体とは。
明かされぬ謎を抱えたまま、物語は銃と科学の世界チキュウから、剣と魔法の世界――リンダリアルへと舞台を移すのであった。




