第一章 第11話「リンダリアルへ」
手袋と手甲に覆われたビカムの指が、本当の意味で手綱を手に取った。
途端、白馬の疾走は、別人ならぬ別馬のように変化した。
力強く、だが滑らかに、そして風のように、背後からの射撃を軽やかに躱しながら、ぐんぐんと速度を上げていく。乗り手の意志が蹄の先まで行き渡った、人馬一体の状態である。
二つの壁を繋ぐ大通りにビカムたちは躍り出た。AI制御されたトレーラーは、道路上に出現した闖入馬を回避するため次々と左右に避けていく。
そこに容赦なく電磁砲の射撃が通り抜けた。電磁砲に抉られた電面舗装路が一斉に『ERROR』の表示を吐き出す。
『――そこの車両……じゃなくて馬? 止まれ! こちらはシティ保安部交通警備隊だ! 警告を無視した場合、こちらは攻撃も辞さない!』
前方に車両を並べたバリケードが出現している。
車両上部の拡声器から警告が飛ぶ。
後門の〝クリーナー〟、前門の警備隊。
前後を挟まれたが……!
「……!(正気か?)」
しかし、事態は想定を上回った。
ビカムを追う〝クリーナー〟は躊躇うことなく電磁砲を発射した。
当然、ただで命中するビカムではない。発射の予兆を読み回避する――その場合起こりうる未来を、果たして殲滅兵器は計算していたであろうか。
標的を通り越した弾体は警備隊車両のバリケードの直撃し、激しい爆発と風を巻き起こした。警備隊員たちが悲鳴を上げながら木の葉のように吹き飛んでいく。
「……(ごめん……!)」
シティの警備隊と理解した上で攻撃を厭わないのか――ビカムの目は咎めるように戦局を睨む。
保安部の、いや、シティの損害を無視してでも、ビカムとリンを追う存在……。
それはもはや、保安部より上位の……
『ビカム――!』叫ぶようなアイの声。『外壁管理システムに侵入したわ! 今、隔壁を開ける!』
視線の先――シティと外界を隔てる〝瓦礫の壁〟の門が左右に開いていく。
あとはこの遮蔽物の無い道路を、後方からの電磁砲を避けながら突っ切るだけ。
しかし、〝瓦礫の壁〟まであと少しのところで、
『――妨害⁉ くっ、マズい……! 私のマシンパワーじゃ押し負けて、』
広がりつつあった門が今度は逆に動作し、見る見るうちに隙間を狭めていく。開く速度と比較して、わずかに閉じる方が遅いのは、アイが音声入力に割く計算リソースすら電子戦に費やして抵抗している証だった。
ビカムたちが辿り着くが先か、門が閉じるが先か。
勝負は、五分五分。
「……(頼むっ、行けッ!)」
果たして。
回避すらかなぐり捨てた最後の疾走が功を奏したか、半馬身後方で門は重苦しい音と共に閉じ――
電磁砲がそこへ着弾する轟音が外界にまで響き渡ったのだった。
「た……助かった、の……?」
リンが呆然と呟く。
先程までの喧騒が嘘のように、外界の荒涼とした風の音だけが耳朶を撫でる。
この年若い少女が胸を撫でおろしたのも仕方ない。それを誰が責められようか。
「……(ふう、もう大丈夫だろう。流石にシティの外まで――)」
ビカムだけが、それを予見していたのかもしれない。
彼は一言も発さず、黙して備えていたのだ。
――閉じた門に縦方向の光が走り、都市の明かりが漏れ輝く。
少しずつ開いていく扉を焦れったいとばかりに、奥から差し込まれた二本の巨腕が無理矢理押し広げる――〝クリーナー〟の再登場だ!
考えれば当然のこと。彼奴がシティの刺客ならば〝瓦礫の壁〟の門を操作するなど造作もない。
命を賭けた鬼ごっこが再開する。
悪路での速度勝負に対応すべく〝クリーナー〟はさらに変形――前腕と四つの脚、尻尾に電磁砲をぶら下げた蠍形態へと変貌する。四本の脚で安定性を高めるばかりか、シティ内では制限していたのだろう榴弾やミサイルの重火器が剥き出しになっていた。
砲弾の驟雨が降り注ぐ。
「……(誰か助けて!)」
ビカムが銃撃でミサイルを撃ち落とし、榴弾は紙一重で回避する。
岩陰を巧みに利用しながら引き離そうとするも、彼我の距離は広がらない。
「び、ビカムさん!」妙案ありとリンが声を張った。「もしかしたら、あの場所に誘い込めば……!」
「……(……! なるほど!)」
同じく思い至っていただろうビカムも首肯する。
手綱を操り、目的の方向へ馬首を向ける。下界の喧騒など我知らず、月が孤独に輝いていた。荒れ風に雲は千々と裂け、渦巻く。
逃げ込んだ谷間に馬蹄と爆音が轟き、この逃走劇のピークを奏でる。
ビカムが撃ち抜き、爆発したミサイルの黒煙を突き破り、跳躍した〝クリーナー〟が一気に迫る!
〝クリーナー〟に意思があれば、心中でほくそ笑んでいたことだろう。追い詰めたり! と。
――我が術中に嵌ったり。そう真に微笑を浮かべるのはどちらか。
崖の上から伸びた影が空中の〝クリーナー〟を覆い尽くす。
上から飛び掛かるように組み付いたのは、かつてリンの護衛する輸送トレーラーを襲いビカムに撃退された巨大暴走アンドロイドだ。
リンの狙いどおり、そしてビカムの読みどおり、両者をぶつける案は成功する。
旧時代の兵器と新時代の兵器――
火力においては後者が勝るに違いないが、武装が意味を成さない至近距離で二体は激しい格闘を繰り広げる。きっと生き物同士であれば翼をもぎ、皮を剥がし合うような生々しい戦いを。
人馬はようやく孤高の疾走を取り戻すことができた。
リンは今までの事態を反芻する。
〝鬼蜘蛛〟のジャガン。
殲滅兵器〝クリーナー〟
状況は十全に把握できずとも、自分が何か巨大な思惑に巻き込まれたことをリンは理解した。
「……ビカムさんは襲ってきた犯人の正体に心当たりはありますか?」
リンは期待を込めてビカムへ問いかける。
「……さあな(むしろ私が教えてほしいくらいだ)」
曖昧に返答を濁したビカム。それは既に核心に迫りつつある者の風格だった。リンに伝えなかったのは彼女の身の安全を慮ったのか、それとも時期尚早と判断したからなのか……。
「……リンダリアルへ行けば、手掛かりくらいは分かるだろう」
「……?」
「リン殿の父君を探す方法と、手掛かりを掴む方法は同じだ」
謎かけめいた答えにリンは眉根を寄せるが、すぐに考えるのを止めた。この美しい剣士が導いてくれるままに行けばよいのだ。
やがて遠目にも光り輝く渦が見えてきた。〝ゲート〟だ。
目にするのは父が失踪した日以来。
そしてあの先に父はいる――きっと。
「このまま進めば、いよいよリンダリアルか……」
「……引き返すか?(そうだ、リン殿は引き返して、チキュウの安全な場所で待っているのがいいんじゃないか? 私は一人で探せる。それが全員にとっての幸福……)」
馬上、首だけで振り返り、肩越しにビカムが語りかけた。
それは侮辱にもとれる言葉だろう。いや、常であればそう捉えざるをえない。リンダリアル世界へ飛び込むのを決意した者に、暗に引き返すよう促しているともとれる台詞を投げかけるなど。
しかし、リンは気づいた――背中越しに伝わる少女の手の震えを感じ、ビカムはあえて挑発し、発破をかけるような言葉を選んだのだと。
「っ……まさか! むしろうずうずするわ。剣と魔法の世界、望むところよ!」
だからこそ、リンは気丈に胸を張り、声に力を漲らせた。恐れるものなど何もないと虚勢を張って見せた。
この旅だけの、一時の相棒となる彼に、自分の情けない姿など見せたくないのだ。
「さあ、行きましょうビカム――リンダリアルへ!」
「……フッ(やっぱりね。そんな気はしてたけど。……やっぱりかぁ……)」
少女の意気を真正面から受け止め、もう何人も旅立ちを止められないのだと、美剣士は諦めたように苦笑を漏らした。
ビカムとリンは荒野を駆ける。
偶然の巡りあわせから邂逅した二人は、数奇な運命に導かれ共に異世界へ赴くことになった。
少女の父親を見つけるため。
そして襲撃してきた何者かの正体を探るため。
彼らの姿は渦巻き光り輝く〝ゲート〟に呑まれていった。




