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異界渡り、ビカム -伝説のエルフは今日も勝手に深読みされる-  作者: 鹿紅 順


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第一章 第10話「〝クリーナー〟」

 さて、地上に戻ったものの、このままリンダリアルに直行……というわけにもいかなくなった。


「まずは事件があったことを自警団に通報しないと」


 リンは端末を取り出す。


「店主の殺人と、私たちへの殺人未遂。誰が犯人か皆目見当つかないけど、このまま立ち去ることはサムライとして看過できない。ビカムさん、申し訳ないけど事情聴取に協力してほしいの。安心して、貴方は犯人と無関係であることは私がしっかり証言するから」


 通報しようとして――横合いから伸びた腕が制止する。


「……こちらから出向く必要はない(事情聴取……知らない人から根掘り葉掘り詰められる……嫌だ……)」


 ビカムの口からまろび出たのは、まさかの拒絶の言葉であった。

 リンは動揺し……すぐに冷静さを取り戻した。

 ビカムの瞳には、深謀遠慮を湛えた光が宿っていた。


 ――この美貌のエルフは明らかに、この事件について何かを掴んでいる。


 面倒を嫌って事情聴取を避けようとしたのではないか、と一瞬でも想像したことをリンは恥じた。

 ビカムは唐突に背を向けた。残酷な真実を告げる衝撃を少しでも和らげようとするかのように。


「(マズい、怪しまれている)……遠からず、向こうから接触してくるだろう(多分。知らないけど)」


向こうから(・・・・・)……」


 その抽象的な表現にリンは正直戸惑った。

 だがしかし、真相を手繰り寄せている雰囲気を同時に感じ取った。たとえるなら、麓から見上げた時、山中は霧がかっているが山頂は晴れ渡っている。至るべき場所は見えている。そんな不思議な感覚。

 ビカムを知る者ならば、さもあらん、と唸らざるをえないだろう。彼が紡ぐ言葉は常に深みを帯びるからだ。


 天啓にも等しく、リンの脳裏に可能性が閃いた。


「まさか――ビカムさん、犯人の目星がついてるっていうの?」


「……(なぜそうなる……?)」


 ビカムの無言は、同意の証か。


「(上手く切り抜けられる言葉はないか……ことわざとか、それっぽい)……〝灯台下暗し〟……」


 灯台下暗し――身近な事情は逆に分かりにくいことを意味することわざ。祖父から昔教えられたような気がする。奇跡的に記憶に引っ掛かっていたおかげでリンは意味を解することができた。

 ビカムが暗に告げる真実に手を掛け――リンは衝撃に打たれた。

 身近な存在だが、自分でも知らないうちに犯人候補から外している存在――


「そんな、犯人はまさか、シティ……企業なの……?」


「……(そうなの……?)」


 ビカムの無言には、言葉にならない肯定が含まれていた。


 無意識のうちにリンは企業関係者の関与を可能性から排除していた。

 ジャンク・タウンに対してシティ運営者たる企業はあからさまに差別的であるが、わざわざ治安を乱すようなマネをしてくることはないと無意識に信じていた。


 まだそうと決まったわけでは――リンの表情には苦悩と逡巡がありありと浮かんでいた。


 無理もない。リンはジャンク・タウンの生まれであれど、間違いなくシティの恩恵を受けて育ってきた。

 皆がそうだ。文明再興後の世界は確かに飛躍的発展を遂げ、人類の生活はより便利になったが、それはシティの手の届く範囲だけである。

 天然の動物はほとんど死に絶え、戦後遺棄されたアンドロイドとミュータントとに置き換わり、わずかな生き残りがクローニングされてシティの動物園で飼育されるのみ。

 人々は初等教育の段階から外界への恐怖を叩き込まれると同時に、シティがいかに人類の楽園であるか、企業がその守り手であるかを、丁寧に教育される。


 たとえ自分の親は疑っても、シティを疑うことはできない――

 それほど強力な固定観念と戦う運命に、リンは予期せず飛び込もうとしていた。


「……!」


 しかし、少女の決断を待ってくれるほど、状況は甘くなかった。

 突如として倉庫の壁の一角が轟音と共に破壊された。


 飛び込んできたのは、大型トレーラーほどもある車両。運転席にあたる窓もドアもなく、全面が凹凸の無い鋼鉄に覆われていた。

 長方形の箱にタイヤを付けただけ……そんな異常な無機質さ。ただ一つ明らかなのは、人間が乗る造りをしていないことぐらいであろう。


 この状況を咀嚼する暇も与えず、事態はさらに変遷する。

 倉庫だったものの破片を撒き散らしながら大型トレーラーは白煙を上げながらドリフトし、進行方向の先端を身構える二人へと向けて停止した。


『――対象ヲ補足。殲滅形態へ移行』


 聞き捨てならない機械音声が発せられ、トレーラーの壁面に複雑な切れ目が生じる。

 残虐なプログラムに従い、トレーラーは第二の姿へ変形を遂げようとしていた。内蔵した武力を振るうため、最適な形へと。


「これって――!」


 リンが呻くように呟く。

 ビカムとリンの眼前に、全高八メートルにも達する巨大人型兵器が出現した。

 頭部にあたる部位のカメラアイに凶悪な赤光(しゃっこう)が灯る。


『――執行ヲ開始シマス』


 ロボットの背部からせり上がった筒状の部位が、右肩を台座にして照準する。

 バチバチと(いなづま)が弾け、

〝クリーナー〟の背面武装――短距離式汎用電磁砲(レールガン)が火を噴いた。




   ***




「……う」


 耳鳴りの感覚と共にリンは目を覚ました。


(一瞬、気を失った)


 サムライの勘が命ずるまま、強化外骨格の出力をフルに解放して電磁砲の射線から退いたはずだが、衝撃の余波が脳を揺らしたのか。


「ビカムさんは……!」


 慌ててさまよわせた視線の先。

 彼が直前まで立っていた位置には、ドーム状の電磁障壁(バリヤー)が生じていた。


『エネルギー残量17%。もうこの規模の電磁障壁は使えないわ』


「……分かっている(吃っっっ驚(ビッッックリ)した……!)」


 障壁が消失すると、無傷のビカムの姿が現れた。

 突然の奇襲にも動揺した気配はない。その冷静沈着ぶりにはもはや呆れざるをえない。


『ビカム、あれは〝クリーナー〟! 対市街地戦を想定した、シティの殲滅兵器よ!』


 ビカムの左腕、高性能AIのアイが告げる。


「……(本当に企業が黒幕かもしれない……)」


 全てはビカムの見通したとおりとなった。

 この狙い澄ましたタイミングで現れたシティの殲滅兵器……ジャガンが与する勢力からの刺客と判断して間違いないだろう。


 即ち――企業。


 シティを支配する巨大組織がビカムの前に立ちはだかろうとしていた。


「そんな……何がどうなって……」


 混乱の極致に、リンはいた。

 犯人の推測を裏付けるように出現した、シティが保有する兵器。

 それが、いかにジャンク・タウンの住人といえど、壁の中の人間にその銃口を向けたのだ。


「あ、あ……」


 再度レールガンを照準する〝クリーナー〟を目の前にして、それでもリンは動くことができなかった。

 収束する雷光――

 解き放たれた第二射は倉庫の床を大きく吹き飛ばし、林立するアングル棚ばかりか構造上重要な柱まで破壊した。

 もうもうと立ち込める煙、怪しい軋み音を鳴らし始めた倉庫。


 ――粉塵を切り裂いて、一頭の白馬が飛び出した。


 鞍上にビカムはいた。

 その後ろ、彼の背にしがみつくようにしてリンが。


「……逃げるぞ、リン殿」


「逃げるってどこ⁉」


「……(とりあえず)シティの外へ」


 言い終える間もなく、白馬が跳躍する。

 ビカムの通り過ぎ去った残り香を掻き消すように、電磁加速された弾体が空間を貫き、射線上の構造物を幾つも破壊する。


「(住人の有無に関わらず攻撃してくる)……お構いなしか」


〝クリーナー〟の動きに、周囲への配慮は一切見られない。砂場の城を無邪気に蹴り飛ばす気軽さで電磁砲を撒き散らしている。

 射線上に何が立ち塞がろうと、プログラムが停止を命じることはないだろう――ビカムとリンの生命活動が停止するまでは。


 瞬く間に白馬の疾走は最高速度まで到達し〝クリーナー〟を置き去りにする。

 だが、そうは問屋が卸さないのが世の常だ。

 変形時、脚部に移動していた大型タイヤが回転し、〝クリーナー〟も走行を開始。左右の外壁を破壊しながら追いすがってくる。


 馬体が急に傾き、ビカムの腰にしがみ付いていたリンは小さく悲鳴を漏らした。電磁砲がすぐ脇を通り抜けて焦げ臭いを撒き散らしたのと、幾棟もの建物が破壊されるのは同時だった。


「……(振り切れない……!)」


 ビカムだけならいざ知らず、強化外骨格を着込んだリンの今の重量は、同年代の少女の平均体重とは比較にならない。その分だけ白馬の脚が遅れるのは避けえなかった。


「……(ならば!)」

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