第一章 第9話「秘密の地下室」
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「――ジャガンの生体反応、消失しました」
薄暗い室内。
天井の照明の光量が絞られた代わりに、前方の壁一面を占める巨大スクリーンと、等間隔に配置されたPCモニターが部屋の光源となっていた。
見る者が見れば、そこは指令所のような感想を抱くだろう。それは正しい。巨大スクリーンに表示された情報はリアルタイムで更新を続けており、作戦の進捗状況を正確に反映する。
スクリーンから最も離れた反対側の壁際、全体を俯瞰するために高く設けられた席上から声が飛んだ。男の声だ。
「電波障害の可能性は?」
「エリア内の通信状態は良好です」
「監視カメラの映像を出せ。不審な人物を検索しろ」
「シティ管轄外地域のため設置台数が少なく、割り出すのは時間がかかります」
男の問いに、オペレーターの女の声が応じた。
「チッ、これだから掃き溜めは……」
ことごとくのネガティブな回答に舌打ちが響く。
「仕方ない。何者か知らないが、目撃者は全て抹殺しなければ――〝クリーナー〟を出撃させろ」
室内の音が一斉に止んだ。
モニターの前にいたオペレーターの一人が、信じられないという表情を顔に貼り付け、今の指示を発した男に振り向いた。
「ば、場所はシティ管轄外地域ですが、シ民の居住が認められ、」
「シ民とは」侮蔑を含んだ男の声が質問を断ち切る。「完璧に管理され秩序が保証された壁の中に住む人間のことを言う。あんなジャンクにまみれた世界に生きる猿どもは断じて違う。そうだろう? それとも貴様、奴らに感情移入を――」
「い、いいえ! 仰る通りです、保安部長。……〝クリーナー〟、起動します。」
男の指示を受けたオペレーターは震える手でコンソールを操作した。
指令所から飛んだ起動信号が到達した瞬間、暗闇に包まれていた格納庫に照明が灯り、そこに眠っていたソレは約七千時間ぶりの覚醒を迎える。
長期間の待機を感じさせず、二秒後にはタイヤを駆動させ、〝クリーナー〟は勢い良く放たれた。
***
霊剣フェーレが引き抜かれると、宙に吊り上げられていたジャガンの死体は床へと崩れ落ちた。
ビカムの手からフェーレは消失し、ハイテク銃は背中の納まるべき位置に納まる。まるで何事もなかったかのような平静さ。リンは瞠目せずにいられなかった。
だがそれ以上に、ぎりぎりと奥歯を噛みしめずにはいられない悔しさが、彼女の心を責め苛んでいた。
「何も……出来なかった」
サムライになってからも、自惚れていた瞬間は無かった。
自分は弱輩だ、上には上がいると、頭では分かっていたつもりだった。
だから、挫折するような苦境にも耐えられると思っていた。
「何も……」
しかし嘲笑うかのように、たかだか十七歳の少女の覚悟などあってなきものと、現実は残酷な事実を運んでくる。
今日、二度もリンを助けてみせた美しい剣士は、ジャガンの死体に向き直ったまま視線を伏せている。
それはまるで、葬った敵へ死後の冥福を祈っているかのようであり……。
「……(最後、ちょっとクサい返しをしてしまった。恥ずかしい)」
リンの抱いた感想は、おそらく間違っていないだろう。
この超然とした男にとって、己の命を奪いに来た相手でさえも慈悲は分け隔てなく与える対象なのだ。
戦う者の理想を体現したような振る舞いが、リンに一層己の未熟さを突きつける気がした。
――だが、その感傷を吹き飛ばすような驚きが視界に飛び込んでくる。
落下の衝撃でジャガンの被っていたヘルメットが外れて、隠されていた素顔が白日の下にさらされていた。
「じ、獣人⁉」
そう――フルフェイスのヘルメットの下には、漆黒の毛並みに覆われた頭部が存在したのだ。
縦に細長い黄色の瞳孔は、ジャガンが猫系の獣人である事実を如実に表している。
リンダリアル人がチキュウ世界にいるのは珍しいものの、ありえない事ではない。
しかし、一般には出回らないだろうあの蜘蛛のごとき軍用補助碗を何の伝手もなしに手に入れられるとは考えにくい。それに、今際の際に発した〝あの方〟とは? 謎は尽きない。
考えても詮無き事と行動で示さんばかりに、ビカムは店主の遺体に近づくと片膝を着き、つぶさに調べ始めた。
「何をしているの?」
「……なるほど(そういうことか)」
ビカムはおもむろに店主の遺体を裏返した。リンは緊張に身を貫かれた。
もし、万が一……ビカムが亡骸を粗末に扱おうものなら、強靭な意思をもって彼を咎めなければならないと決意したからだ。
しかしその心配は杞憂に終わり、彼は素早くかつ丁寧に遺体の位置をズラすと、それ以上手を加える様子はなかった。代わりに遺体が横臥していた床を触診し始める。
答えは唐突に現れた。
ビカムの指が床材の継ぎ目へと延び、遺体が横たわっていた部分の床材を剥した。
――そこにはなんと、鋼鉄製の扉があった。隠し扉だ!
「そうか、だからこの人は……」
合点がいったとリンは息を吐く。
この店主が苦痛に苛まれながらも這いずり、ここで死んだ――否、ここを死に場所に選んだ理由が分かったからだ。
……己の死体をもって蓋にするとは。店主の壮絶な覚悟を思い、リンは身が震える思いだった。
鋼鉄の扉はダイヤル式の鍵が付いていた。これがもし電子式であればハッキングで開錠する余地もあるのだろうが、超科学の時代に電源を不要とするアナログ型は逆に信頼できる保管手段の一つだろう。
ダイヤルには百番まで数字が割り当てられている。何の手掛かりもなしに開けようと思えば総当たりしかないが、何個の数字が必要か分かっていない状態では途方もない時間を要するだろう。答えを知る店主は既にあの世に召されている。
――しかし、いかに非電子的に守られていようと、魔法的手段に対する備えはどうだろうか。
ビカムが指でダイヤルをとんと軽く叩くと、正解の数字目がけてダイヤルは勝手に動き出したではないか。
右に左に何度も忙しなく回転し――カチリ、という音とともに隠し扉がわずかに浮き上がった。鍵が開いたのだ。
ビカムが扉に手をかける。
「あ、ま、待って!」
止める間もなく、出現した縦穴に飛び降りたビカムの姿が消える。リンも慌てて後を追う……ただし、壁に設けられた梯子を使って、安全に。
足の着いた先、秘密の地下室は照明が灯されており、中の様子が露わになっていた。
地上の倉庫と比して狭く小さい。壁際に棚が設置されているのと、部屋の中央に、寂しく一冊の本が置かれたスチール製のテーブルがあるだけだ。ただ、注目すべき点として、一階の様子とは違い、棚にはしっかりと商品物が収められていた。
この隠し部屋の商品までは犯人も見つけられなかったのだろう。
そう推測しながら――抜き放った高周波ブレードの切っ先をビカムへと突きつけた。
「……(!?!?!?!?!?)」
「貴方に恩義はあるけど、それとこれとは話が別」サムライの目でリンは言う。「店主が亡くなっていようと、ここの商品は貴方のものではないわ。不届きを働くつもりなら、私は貴方を拘束する。抵抗するなら……」
果たして、斬れるだろうか。
思い浮かぶのは、あらゆる剣術で斬りかかる自分――を一太刀にて両断するビカムの影。
だが、リンは挑むしかない。出来る出来ないではなかった。
ここで剣を抜けないなら、サムライたる資格はない。
「(どうしたのだ急に⁉)……何を懸念しているか分からないが」
悔しいほどにビカムの動揺はなかった。
彼はテーブルの上の本を撫でる。
「……注文していた商品を、受け取るだけだ」
包装された本には伝票が貼り付けてあった。『ビカム 様 料金受領済み』と印字してあるのが読める。
慌ててリンはブレードを納めた。
「は……早とちりを……ごめんなさい」
「……(いや、立派な倫理意識を持っていて)素晴らしい仕事ぶりだ」
「……っ」
今度こそリンは顔から火が出る思いだった。
礼を失しておきながら仕事を褒められるなど、皮肉以外の何ものでもない。甘んじて受け止めるべき厳しい鞭撻である。いっそ怒られていた方がどれほど楽になれただろうか。
「……(なぜリン殿は顔を曇らせているのだ?)」
ビカムは無言のまま、腰に下げた鞄に本を収納した。本の大きさよりも底が浅い鞄ながら、あっさりと中に仕舞い込んだではないか。
これこそリンダリアル世界を代表する物品の一つ、魔法の収納袋だ。
掛けられた魔法の効果により、本来以上の収納容積を有するこの袋は、一度チキュウ世界のオークションに出品したならば、最低でも十億レジット以上の値段が付く。
リンは、ビカムがそれ以上何も取ることなく地上への階段に手をかけたことに安堵し、自身もその後を追いかけた。




