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2-3

こんにちは。今週もコレ。

 シャルロッテ様の様子をしばらく見ていたが、やがて自分にあまり時間がないことを思い出した。

「シャルロッテ様」

「はっ!」

 身もだえしていたシャルロッテ様も、ようやく我に返りサッと立ち上がる。

「……お見苦しいところをお見せして申し訳ございません」

 何事もなかったかのように礼をされるシャルロッテ様、さすがです。

 あー、でもどうしましょう。

 せっかく食糧調達に来ても、シャルロッテ様がいらっしゃるなんて予想外です。てっきり、ご乱心のディートリッヒ様を追いかけているのだとばかり思っていたのに。

 ああ、そういえばシャルロッテ様を前に地味なワンピース姿でした。早いとこここから逃げ出して台所に行かなきゃ、とため息をつきたくなるのを押さえる。

「では」

 わたくしも何事もなかったかのように、そっと出て行こうとすると、

「お、お待ちください!」

 焦ったシャルロッテ様がわたくしを引きとめました。

 どうやら新旧妻対決は火種がくすぶっていたようです。

「なにか?」

 女の鎧と言われるドレスもなく、髪も結わずクシでといただけ。化粧もなし! 無防備全開のわたくしの唯一の防御は、もはや『真顔』のみ。

 冷たかろうが、怖かろうが、このお屋敷で自分が泣くのは嫌なのです。

 ここはディートリッヒ様の本拠地。泣くのは実家に帰ってから、と決めております!!

 ツンとしたままでいると、シャルロッテ様が微笑んだ。

「アリーシャ様。わたくしの理想をお聞きください」

 え? ディートリッヒ様のすべてを語って、涙流して自分の愛の誠実さを訴える気ですか?

 ついつい意地悪な考えをしながら、抑揚のない声で「どうぞ」と言う。

 そこでシャルロッテ様は背筋を伸ばし、胸を張った。


「わたし美貌の男女に冷たく視線を投げられるのが――たまりません!!」

「……」


 ど、どうしましょう。

 目の前で「きゃっ、言ってしまったわ!」とかわいらしげに頬を染めているシャルロッテ様がいるのですが、なんともいえずにただただ真顔で見るしかない。

 そんなとりあえず、な対応がツボだったらしく、シャルロッテ様はさらに身悶え始める。

「つまり、ディートリッヒ様が怒った姿に惚れた、と?」

「いえ、全然」

 ピタリと身悶えを止め、むしろ「なんでそうなるの?」と言わんばかりで首を傾げる。

「女性に関しての好みは美貌と視線の鋭さなのですが、わたしも男性としては譲れない第一条件があるのです」

「条件? ディートリッヒ様をお好きなのではないの?」

 シャルロッテ様はにっこりと微笑んだ。

「殿方の理想としてはわたしに腕相撲で百勝できる猛者、が大前提なのです」

「ひ、百?」

「はい」

 そうです、と大きくうなずくと「ハッ」と短く蔑むように息を吐き、目線を誰も座っていない長テーブルへと移す。

「わたしに六十七敗、八引き分け中の方など論外です。わたしはとある方の命により潜入捜査中なのです」

「せ、潜入捜査、ですか?」

「はい」

 サッと目線を驚くわたくしへ戻すと、シャルロッテ様は優雅に頭を下げた。

「アリーシャ様の繊細なお心を傷つける要因となっていることを知りながら、それでも任務を優先し続けた罪は重いと自覚しております。ですが、今しばらくご容赦いただけないでしょうか。

 ディートリッヒ様の肩を持つ気はありませんが、あの方はアリーシャ様が絡むとそれはすばらしい能力を発揮なさいます。王太子殿下もそれはそれは期待しておいでです(夜勤とか別な意味で)。国の平和と人々の平穏な生活を守るため、ぜひともアリーシャ様にもお力添えを賜りたく存じます。

 ああ、それから今のお話はディートリッヒ様には内密にお願いいたします。アリーシャ様を危険から守ろうと(我々のことですけど)、ディートリッヒ様はあえてお話されていないようでしたので(嘘です、アリーシャ様。ごめんなさい、許してネ)」

 最後に人差し指を自分の唇に当てて片目をつむる。

 一瞬呆気にとられたものの、じわじわと心の中に生まれてきたのは、この年になってもうずうずしている『イタズラ心』だ。

「……その話、信じる証拠はありますの?」

「いえ、ありません。ですが、わたしの身の潔白を示せとおっしゃるなら、この場に戻ったディートリッヒ殿の顔をグーで殴ることはできます」

 顔に惚れていません、ということでしょうか? 

 胸の前でグッと握りしめてくれた右の拳を見てわたくしがクスッと笑うと、シャルロッテ様も「ふふ」と笑う。

「いいですわ。女同士の約束、ですわね。シャルロッテ様」

「すてきな響きですわ、アリーシャ様」

 女性同士でクスクスと笑っていると、そう遠くないところからディートリッヒ様がわたくしを呼ぶ声が聞こえてきた。


『アリーシャァアアア!』


「うわー、めちゃくちゃ叫んでいますねぇ」

「お、お恥ずかしい限りで」

 あんなに叫ばれちゃ、家人全員に誤解されたまま知れ渡ってしまいそう。

「なんなら今からでも黙らせに行きますけど?」

 シュッと右の拳を突き出し本気を見せるシャルロッテ様に、わたくしはディートリッヒ様の身の危険を感じて慌てて止める。

「……誤解を招くようなことをしていると言うのに、あなた様はディートリッヒ殿がよほどお好きなんですね」

「!」

 恥ずかしくてうつむいたわたくしへ、シャルロッテ様が背を向けてテーブルの上で何かを始める。

「できた」

 ナフキンに包まれて渡されたのは、焼き立てパンにハムや野菜などを挟み込んだサンドイッチ。それも具だくさんで三つも。

「まあ、おいしそう」

 ためらうことなく、差し出されたナフキンごと両手で受け取る。

「あ、でも、どうして?」

 すると、シャルロッテ様は逆に首を傾げた。

「え? アリーシャ様は朝食を探しに来られたのではないですか?」

 ここ食堂ですし、と言われてうなずく。

「朝誰も起こしに来てくれなくなり、やはり待つより動くしかない、と」

「その発想が(ぶっ飛び過ぎて)すてきですわ。女は待つだけじゃいけませんものね」

「はい! 籠城にしろ軟禁にしろ、食事は命に関わりますもの!」

 笑顔いっぱいに言えば、シャルロッテ様は何とも言えない顔をされて、そっと目線をはずされた。


 え? 今ものすごくかわいそうな子みたいな憐れみがあったような……。


 だが、その何とも言えない顔もすぐに消し、シャルロッテ様は搾りたてオレンジ果汁の入った瓶もわたくしへ差し出す。

「飲み物も大事ですわ」

「まあ、ありがとうございます」

 わたくしは両手で抱えるように持つ。


『アァリィイイシャアアア!!』


 もはや絶叫にしか聞こえない。

「誤解とはいえ、ディートリッヒ殿に一泡吹かせてやりたいお気持ちはわかりました。原因の一旦として、全力でお助けいたします。まずは……急がれた方がよろしいかと」

「え、ええそうですわね」

「お供いたしましょうか? ディートリッヒ殿の突進くらいならぶん投げますけど」

 丁寧な中にそうでない言葉をさりげなく使うシャルロッテ様を安心させるように、わたくしはにっこり頬笑む。

「ご心配ありがとうございます。ですが、このお屋敷の中はかなり探検しましたの。ちょっと回り道して部屋に戻りますわ」

「かしこまりました。では、わたしはここでディートリッヒ殿を足止めいたします」

 キリッとした騎士の顔をされたシャルロッテ様に、わたくしは一瞬ドキッとしてしまう。

「頼もしい限りです」

「おまかせください」

 

 ディートリッヒ様、すっかり害獣扱いです。


 こうしてわたくしはシャルロッテ様を味方に、またこっそりと部屋へ戻った。


◆◆◆


「アァリィイイシャアアアア!」

「とぉっ!」

「がっ!?」


 食堂近くで姿を見た、という証言を得て飛び込んだら――シャルロッテが両手をバツ字にしてぶつかってきた。

 俺は防御するまでもなく、首に一撃を受け呼吸ができないまま仰向けに倒れる。

 腰に手をあて、ふんぞり返るシャルロッテから冷たい一瞥を向けられる。

「お帰りなさいませ、ディートリッヒ殿。そろそろお時間です」

 俺は「ガホッ」と何度かむせつつ、痛む首に手を添えながら睨みあげる。

 すぐに声が出ない俺に、シャルロッテは静かに言う。

「先ほどアリーシャ様のご無事を確認いたしました。今朝に限って誰も起こしに来てくれなかったので、とっっても(・・・・・)ご不安のようでした」

「なっ!」

「親切が裏目に出たようですねぇ」

 ニタ~リと悪魔のように笑うシャルロッテを前に、俺はアリーシャ様を不安にさせたことでサッと血の気が引く。

「アリ……!」

 ガバッと立ち上がって、今すぐアリーシャ様の下へかけつけ不安を取り除こうとした俺の肩を、この馬鹿力のシャルロッテが押さえつける。

「離せぇええええ!!」

「アリーシャ様はすでにお部屋にお戻りです。で、あなたの行く『部屋』は別にございます。さあ、お時間です」

「ぬぉおおお! アリィイシャアアア!」

「あ、今日夜勤ですから」

「!」

「かしこまりました」

 俺の襟首を引きずりつつ、食堂を出る寸前で俺も今初めて聞いた勤務内容を執事のトールにさりげなく言う。

 と、いうか。トール! お前もうちの執事なら俺のこの状態をおかしいと思え!――その憐れんだ顔はいらん!!

 

 こうして俺は、手ぐすねひいてお待ちされている王妃様の下へと連行されたのだった。



読んでいただきありがとうございます。


ディートリッヒ様の不運は始まったばかりですwww

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