第13話 静寂の中の解剖
――ドガガガガガガガガガッ!
ガトリング砲は、確かに吠えているはずだった。
だが、創にはその音が聞こえなかった。
世界そのものが、止まっているように見える。
空中には無数の銃弾が浮かび、回転しながら進む弾頭の形も、空気を押しのけている先端も、表面に刻まれた微細な傷さえも、一発一発はっきりと見えていた。
まるで、時間の流れから銃弾だけを切り出して、静止画として並べたようだった。
創はその間を歩いた。
一歩。
さらに、もう一歩。
足元には蒸気が漂い、その中に含まれた細かな水滴まで、宙に止まっているように見える。石板から漏れる青白い光がその表面で反射し、異様なほど美しい光景を作り出していた。
だが、創はその美しさを見てはいなかった。
視線の先にいるのは、三体の極地サイボーグ。
白い装甲に覆われた身体には、厚い胸部プレートと関節を保護する複合装甲が組み込まれ、人間なら致命傷になるはずの場所はほとんど鋼鉄で覆われている。
正面から破壊しようとすれば、時間も力もかかる。
しかし、医学を学んできた創には、一つだけ分かることがあった。
どれだけ身体を機械化しても、膨大な情報をどこかで統合しなければならない。
視覚。
聴覚センサー。
平衡感覚。
運動制御。
そして、それらすべてをまとめ上げ、全身へ指令を送る中枢。
「……脳幹」
創が呟いた。
人間なら脳幹、とりわけ延髄には、呼吸や循環、嚥下といった生命維持に直結する機能が集まり、同時に脳と身体をつなぐ重要な情報経路が通っている。
もちろん、この兵士たちの身体は人間とは違う。
だが、完全に独立した機械でもない。
彼らは人間の動きを模倣している。
頭部から脊柱へ、そこから四肢へと、無数のセンサー情報と運動命令が流れている以上、どこかに情報を束ねる経路が必要なはずだった。
「だったら……」
創は一体の背後へ回り込んだ。
目を向けたのは首の後ろ。
装甲の継ぎ目の一部だけが、ほんのわずかに膨らんでいる。
通常なら見過ごす程度の違いだったが、今の創には異常なほど鮮明に見えた。
「ここだ」
指先を伸ばす。
装甲の隙間は、ほんの数センチしかない。
だが、その奥には黒いケーブルが何本も束ねられていた。太いものと細いものが混在し、まるで脊髄の周囲を走る神経束のように集まっている。
創はそっと触れた。
冷たい金属の感触が指先に伝わる。
さらに意識を集中すると、その内部を微弱な電気信号が走っていることまで分かる気がした。信号は一つの経路を通り、分岐し、別のケーブルへと移っていく。
「人間と同じだ」
完全に同じではない。
しかし、発想そのものは変わらない。
大量の情報を一つの中枢へ集約し、そこから全身へ命令を送り返す。
ならば、装甲そのものを破壊する必要はなかった。
創は指先へ意識を集中した。
右腕全体を白熱させる必要もない。
必要なのは、ごくわずかな熱。
ほんの一瞬だけ、必要な場所へ加えればいい。
「……ミエリン」
人間の神経では、軸索の周囲をミエリン鞘が覆い、電気信号を効率よく伝えるための絶縁構造として働いている。
もしこの機械兵にも同じ発想で作られた構造があるのなら、使われているのは合成ポリマーや人工絶縁膜、高分子系の複合素材だろう。
それなら、焼き尽くす必要はない。
絶縁機能だけを壊せばいい。
創の指先から、ごく微かな熱が伝わった。
ジュッ。
今の創には、その音すら聞こえない。
黒い被覆がほんのわずかに変形し、内部の導線が露出する。
そこへ信号が走った。
次の瞬間、創は指を離した。
「終わり」
それだけだった。
続いて二体目の兵士へ移る。
同じ場所を見つけ、同じように指を触れ、必要なだけ熱を加えて離す。
さらに三体目。
装甲を砕くことも、骨格を壊すこともない。血を流させる必要さえない。
ただ、情報の流れだけを断つ。
その様子は、まるで外科医が重要な神経を一本ずつ確かめながら処置していくようだった。
一体。
二体。
三体。
最後の兵士の首元から指を離すと、創は静かに息を吐いた。
「……これでいい」
そして、加速を解いた。
* * *
世界が、一気に帰ってきた。
ドガガガガガガガガガガッ!
轟音、爆音、火花、蒸気、金属音。
それまで引き延ばされていたすべての刺激が、まとめて創の耳と身体へ押し寄せた。
「――え?」
エマが目を見開く。
ほんの一瞬前まで、創は自分の目の前にいた。
次の瞬間には消えていた。
いや、消えたのではない。
何かが目の前を横切った。
ただ、あまりにも速くて見えなかったのだ。
「な……に……?」
ガトリング砲が火を吹く。
だが、その瞬間。
正面にいた三体のサイボーグが、ほとんど同時に動きを止めた。
バチッ!
一体の頭部付近から火花が散り、そのまま膝をつく。
ガシャン!
二体目は身体の制御を失ったように壁へ倒れ込んだ。
ドォン!
三体目も、その場で糸の切れた人形のように崩れ落ちる。
エマには何が起きたのか分からなかった。
「創……?」
創は、すでに敵の背後へ立っていた。
右手を下ろしたまま、静かに三体を見つめている。
レオも呆然としていた。
「……今、何したんスか?」
創は答えなかった。
自分でも、まだ完全には理解できていない。
ただ、世界があまりにも遅かった。
いや。
自分のほうが、速すぎた。
外の世界から見れば、ほんの一瞬だったはずだ。
だが創には、そのわずかな時間の中に、何十分もの余裕があったように感じられていた。
しかし、その静寂は長く続かなかった。
ギギギギギ……。
瓦礫の向こうで、重い金属音が響く。
一体の巨体が立ち上がっていた。
ボロディン。
赤い人工眼が、創を真っすぐに捉えている。
部下がすべて倒れたというのに、表情には何の変化もない。機械化された右半分の顔も、鋼鉄の顎も、人工声帯も、ただ淡々と作動を続けていた。
「解析」
低い声が響く。
「対象の戦闘能力……再評価」
ガシャッ、とボロディンの肩部装甲が開いた。
内部から、小型ミサイルの発射管がせり出してくる。
「危険度――上方修正」
カシュッ。
安全装置が解除された。
エマの表情が引きつる。
「……まだ、武器を隠してたの?」
「伏せろ!」
白石が叫んだ。
次の瞬間、ボロディンの肩からミサイルが発射された。
ドォン!
一発。
さらに二発。
計三発のミサイルが白い煙を引きながら、創たちへ向かってくる。
創の瞳が動いた。
遅い。
そう感じた。
ミサイルの軌道も、回転も、後方から噴き出す推進炎も、その周囲で乱れる空気さえ見える。
どの方向へ進み、いつこちらへ到達するのかも分かる。
だが、そのとき。
ボロディンの右腕が動いた。
ギィィィン――。
腕部装甲が左右へ開き、その内部から一本の刃がせり出す。
青白い光を帯びた超高周波ブレード。
刃の周囲では、空気そのものが微細に震えていた。
「……!」
創の直感が警告を発した。
さっきまでの兵士たちとは違う。
ボロディンは、単なる機械兵ではない。
歩く兵器だ。
人間の形をした重機。
その巨体が沈み込んだ。
脚部装甲が開き、圧縮エアブースターが露出する。
バシュウウウウッ!
「なっ――」
レオが叫んだ。
次の瞬間、ボロディンの身体が視界から消えた。
巨大な鉄塊が、砲弾のような速度で突進してくる。
床が爆ぜ、石片が吹き飛び、氷が砕け、巨大な広間そのものが震えた。
先ほどまでの静寂も、冷徹な神経戦も、そのすべてを圧倒的な質量で叩き壊すように、ボロディンが迫ってくる。
超高周波ブレードが横薙ぎに振り抜かれた。
ギィィィィン!
創は咄嗟に身を捻った。
刃が頬のすぐ横を通過し、髪が数本宙に舞う。
そのまま背後の石柱へ到達した刃は――。
ズバンッ!
巨大な石柱を、まるで紙のように切断した。
創の顔から血の気が引いた。
あれにまともに触れれば、自分の肉体が耐えられるとは思えない。
だが、ボロディンは止まらない。
次の突進。
拳。
ブレード。
ミサイル。
圧縮エア。
巨体そのものを武器にしながら、次々と攻撃を叩き込んでくる。
「創!」
エマの叫び声が聞こえた。
創は一歩後ろへ下がる。
そして、そのとき初めて理解した。
速くなっただけでは、勝てない。
目の前にいるのは、人間ではない。
首元の情報経路を焼けば止まった兵士たちとは違う。
その構造そのものが、戦うために作り替えられた存在だった。
ボロディンの赤い人工眼が光る。
「対象」
低い機械音声が響く。
「次は――」
超高周波ブレードが、再び唸りを上げた。
「完全に破壊する」
轟音とともに、重機のような巨体が再び創へ突進した。
――来る。
創がそう思った瞬間、ボロディンの巨体が床を蹴った。
次の瞬間には、視界から姿が消えていた。
「……!」
いや、消えたわけではない。
速すぎるのだ。
創の脳は必死にボロディンの動きを追った。
右腕。
超高周波ブレード。
振り抜かれる軌道。
肩から肘へ、肘から手首へ。
人間であれば、そこには明確な可動域の限界がある。
創はその前提で、ほんの一歩だけ左へ移動した。
刃が頬の数センチ横を通過する。
――避けた。
完全にそう思った。
だが直後、背後から聞いたことのない金属音が響いた。
ギギギギギ――。
「……え?」
創が振り返る。
ボロディンの右肩。
そこにあるはずの関節が、異様な動きをしていた。
外れている。
いや、正確には、肩関節を固定していた機械式ロックが解除されていた。
右腕が、人間なら絶対に存在しない角度へと回転していく。
百八十度。
二百七十度。
そして、さらに。
三百六十度。
「な……」
死角だった。
完全な死角。
人間の肩なら絶対に届かない位置から、超高周波ブレードが横薙ぎに走った。
創は反応した。
だが、間に合わなかった。
ドゴォォォンッ!!
「ぐあああああッ!」
腹部へ凄まじい衝撃が叩き込まれた。
まるで巨大なトラックに正面から衝突されたような一撃だった。
身体が宙へ浮き、肺の中の空気が一瞬ですべて押し出される。
視界が白く弾けた。
そのまま背中から石壁へ叩きつけられる。
ゴキッ。
鈍い音がした。
肋骨なのか、肩なのか、自分でも分からない。
「創!」
遠くでエマの声がした。
だが、その声すら、今の創にはひどく遠かった。
*
痛みは、遅れてやってきた。
胸郭。
右肩。
腹部。
首。
そして、頭。
ズキン、と頭蓋骨の内側を熱した鉄串でかき回されるような激痛が走る。
「……ッ!」
創は頭を押さえた。
右手が震えている。
指先が、うまく動かない。
視界の中心には黒い点がいくつも浮かび、その間を縫うように赤いものが滲んでいた。
鼻の奥が、生温かい。
指で触れる。
赤かった。
「……血?」
鼻血。
それだけではない。
白石が息を呑んだ。
「創……お前、目から出血しているぞ」
「……え?」
創は瞬きをした。
涙ではなかった。
血だった。
脳の奥が、焼けるように痛む。
いや、実際に熱で焼けているわけではない。
処理能力そのものが限界を超えようとしている。
神経加速。
脳内の神経伝達。
シナプスでの情報処理。
視覚や聴覚をはじめとする感覚情報の統合。
筋肉への運動指令。
それらすべてを、通常の人間とは比較にならない速度で回し続けている。
たとえるなら、冷却能力の限界を超えてCPUを無理やりオーバークロックしているようなものだった。
処理速度は上がる。
だが、負荷も増える。
熱も代謝も、神経活動も、すべてが追いつかなくなる。
そして限界を超えれば、壊れる。
「……これが……限界……」
創の呼吸が乱れた。
そのとき、頭の奥で何かが弾けたような感覚があった。
パチッ。
続いて、もう一度。
パチッ。
細い血管が破れるような、嫌な感覚だった。
本当に脳内で出血しているのか、それとも眼の奥の血管が傷ついているだけなのかは分からない。
ただ、視界は赤く染まり、鼻からは血が流れ続け、口の中には鉄の味まで広がっていた。
「もう一度、加速したら……」
「やめろ!」
白石が叫ぶ。
創はボロディンを見た。
巨体は、ゆっくりと立ち上がっていた。
装甲には傷がある。
だが、倒れてはいない。
赤い光学眼が、創を正確に捉えている。
「……対象、再評価」
低い機械音声が響く。
「脅威度――上昇」
ボロディンの肩部装甲が開いた。
内部から、小型ミサイルの発射管がせり出してくる。
カチン。
カチン。
カチン。
複数の照準レーザーが、創の身体を赤くなぞった。
「創!」
エマが叫ぶ。
創は立ち上がろうとした。
だが、足が震える。
身体が言うことを聞かない。
――無理だ。
今ここでもう一度、加速の力を使えば、次は本当に脳が壊れる。
それが分かる。
医学的な知識から考えた結論ではない。
もっと原始的な、生物としての直感だった。
これ以上は危険だ。
次に踏み込めば、戻れない。
それでも、ボロディンの指が動いた。
発射準備。
もう数秒も残されていない。
創は歯を食いしばった。
「……だったら」
口の中に溜まった血の混じる唾を吐き捨てる。
「一回だけだ」
ミサイルが飛んだ。
それと同時に、創の瞳孔が大きく開く。
「ヴェロ――」
脳が再び加速しようとした、その瞬間。
激痛が走った。
「ぐ……ッ!」
頭蓋骨の内側で、何百本もの電線を一斉にショートさせたような衝撃が弾け、視界が大きく歪んだ。耳鳴りが響き、吐き気が込み上げ、鼻から血が噴き出す。
それでも、創は止めなかった。
「キネ……!」
神経が燃えるようだった。
脳幹から脊髄へ、脊髄から筋肉へと、無数の信号が一斉に駆け抜けていく。
世界が、再び遅くなった。
こちらへ迫るミサイル。
空気を裂いて飛ぶ破片。
ボロディンの右腕。
そのすべてが、創の目にははっきりと見えている。
だが同時に、創自身の身体も限界を超え始めていた。
心臓が激しく打つ。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
体温が跳ね上がり、細胞の中ではミトコンドリアが猛烈な勢いでエネルギーを生み出し始める。
ATPを作る。
使う。
また作る。
そして、また使う。
エネルギー代謝の循環が、一気に加速していった。
しかし、脳だけを速くしても駄目だった。
身体そのものが、その速度についてこられない。
どれだけ未来の軌道が見えていても、筋肉が動かなければ避けられない。
なら――。
身体も速くする。
創は右手を握った。
熱い。
いや、もう熱いという言葉では足りなかった。
右腕の奥で、何かが燃えている。
「……イグニ」
白石が目を見開いた。
「まさか……!」
創の右腕を走る血管が青白く光り始める。
皮膚の下。
筋肉のさらに奥。
細胞一つ一つが、異常な速度で代謝を始めていた。
「ヴェロ……」
創の声が震える。
「イグニ……」
相反する二つの力。
一つは、細胞を暴走させる。
もう一つは、神経を暴走させる。
どちらも単独ですら身体へ莫大な負荷をかける力だ。
それを同時に。
しかも、コンマ数秒という短い時間の中で引き起こそうとしている。
「やめろ、創!」
白石の声が響いた。
「それは……身体が耐えられん!」
創は答えなかった。
ただ、エマを見た。
彼女の瞳が震えている。
「創……」
その声だけが、異常な速度で動き続ける創の世界の中でも、不思議なほど鮮明に聞こえた。
「戻ってきて」
創は、わずかに笑った。
「……分かってる」
そして、詠唱を完成させる。
「――イグニ・ヴェロ!」
*
世界が弾けた。
創の身体が消える。
いや、消えたように見えただけだった。
実際には、人間の視覚では追跡できない速度で一歩を踏み込んだのだ。
足元の床が爆発するように砕け、石片が宙へ舞った。
だが、そのすべてを創には見ることができた。
ボロディンの右肩。
回転式関節。
左腕の装甲。
脚部の油圧機構。
そして、胸部。
装甲のわずかな隙間。
その奥から、規則正しい駆動音が聞こえていた。
ドクン。
ドクン。
機械の内部にある人工心臓。
確かな鼓動。
創の目が細くなる。
「そこだ……」
ヴェロが、世界を分解する。
装甲の継ぎ目。
ボルト。
配線。
冷却管。
内部フレーム。
そして、人工心臓。
すべてが見える。
その一点へ向かって、イグニの熱が右腕へ集まり始めた。
青白い光が掌から噴き上がり、その周囲の空気が激しく震える。焦げたような臭いと、オゾンに似た鋭い匂いが広がり、プラズマ化した空気が右腕の周囲で明滅していた。
創はさらに一歩踏み込んだ。
その速度は、もう人間のものではなかった。
「――貫けッ!」
右拳が、ボロディンの胸部へ突き刺さった。
瞬間。
ドォォォォォンッ!!
轟音とともに、プラズマの熱波が装甲の隙間へ流れ込んだ。
チタン合金の表面が赤く染まり、さらに橙色へ変わっていく。
そして、溶けた。
金属が液体のように崩れ落ち、装甲の内側へ熱が侵入する。
冷却管が破裂した。
人工心臓を守っていた内部フレームが歪み、火花が一斉に爆発する。
「――――!」
ボロディンの機械音声が途中で途切れた。
巨体が止まる。
赤い光学眼が、一度だけ明滅した。
そして。
プツン。
完全に光が消えた。
巨大な身体が、ゆっくりと膝から崩れ落ちる。
ズシィィィン……。
地面が震えた。
*
静寂が戻った。
誰もすぐには動かなかった。
白石も、エマも、レオも、倒れたボロディンと、その前に立つ創を見つめている。
創だけが、その場に立っていた。
右腕から、白い煙が細く立ち上っている。
「……終わった……?」
エマが呟いた。
創は答えなかった。
いや、答えられなかった。
身体の内部から、何かが急速に失われていくような感覚があった。
視界が揺れ始める。
音が遠ざかっていく。
そして、足元から力が抜けた。
「創!」
エマが駆け寄る。
創の身体が前へ倒れた。
その身体を、エマが寸前で抱き止める。
「創! しっかりして!」
創は薄く目を開いた。
エマの顔がぼやけている。
さっきまで、あれほど鮮明だった世界が。
今は何もかも遠い。
「……エマ」
「ここにいるわ」
「……俺……」
言葉が続かなかった。
頭の奥が焼けるように痛む。
血管が脈打ち、筋肉が細かく震え、心臓だけが異常な速度で動き続けている。
そして創は理解した。
ヴェロは、世界そのものを速くする力ではない。
自分自身を、壊れるほど速くする力なのだ。
その代償は、もう始まっている。
エマが創の手を強く握った。
「大丈夫」
その声だけが、今の創をかろうじて現実へつなぎ止めていた。




