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死んだはずの俺は言われた。『あなたもその事故の原因です』  作者: 神北 緑


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第7話 女と引き金


天使の言葉の余韻が、まだ空間に残っている。


俺は無意識に、チャラ男へ視線を向けた。


――その顔からは、何も消えていた。

怒りも、焦りも、恐怖も。


さっきまで確かにあった“人間らしさ”が、跡形もなく抜け落ちている。


「魂と執着の分離は、完了したようですね」



天使の声が、静かに告げる。

その言い方は、どこか満足そうにも聞こえた。


そして――

その視線が、ゆっくりと移る。


「あなた」


呼びかけられた女性が、大きく肩を震わせた。


「あの日、あなたは母親と口論になりましたね」


ビクリ、と全身が反応する。


言葉を発することもできず、

ただ震えだけが止まらない。


「あなたにとって、自室とは」


淡々と続けられる声。


「外界から完全に遮断された、唯一の安全圏だった」


「それを失うことは――耐え難い“侵害”だったのでしょう」


……何の話をしている?


理解が追いつかないまま、ただ聞くしかない俺。


だが次の言葉で。


世界の温度が、一気に下がった。


「それでも」


ほんのわずかな間。


「母親に手をかける、という選択はどうでしょう」



――は?



音が消えたような錯覚。



「あなたはあの日」


「家を奪われるという現実を知り」


「母親と衝突し」


「――命を奪った」



理解が、遅れてやってくる。



遅れて。


確実に。



重く。




チャラ男は、無表情のまま動かない。


俺は――


体温だけを奪われていくような感覚に襲われていた。



「その後、あなたは外へと出た」


「自暴自棄の状態で」



天使の声は変わらない。


だが、その“冷たさ”が異常だった。



「思考は曖昧で――」


「しかし明確な“終わり”を望んでいた」



女性の呼吸が乱れる。


声にならない音が漏れる。



「視界の端に、走るバスが映った」



――やめろ。


そう思った。


だが、止まらない。



「あなたは、ガードレールを越えた」



ゆっくりと。


丁寧に。



見せつけるように。




その瞬間。



ほんの一瞬だけ。



天使の声に、わずかな色が混じった気がした。



「……そのとき、あなたは考えていた」



「このまま飛び込めば」


「バスの中の人間も巻き込むかもしれない、と」



長い沈黙。



だが。



「あなたは、止まらなかった」




女性の肩が、崩れ落ちる。



「その一歩を進めた瞬間」



「バスを追い越し、割り込んできた車が――」



「衝突した」




すべてが、繋がる。



「その車はあなたを跳ね、ガードレールへ」



「車体は横を向き」



「そこに--」



「避けきれないバスが突っ込んだ」




沈黙。



もう、説明はいらなかった。



理解してしまったからだ。



彼女は。


あの時、あの場所にいた。



そして。


すべての“起点”の一つだった。




女性はその場に崩れ落ち、


声を上げて泣いた。



ただの嗚咽ではない。



壊れた音だった。




「……違う……」


か細い声。



「違うの……あの時、私は……」



言葉が続かない。



ただ。



「……一瞬だけ」



掠れた声が、ようやく繋がる。



「……全部、終わるって思って……」




静寂。




その一言で、すべてが十分だった。




天使は、何も言わない。



ただ、観ている。




そして。



ゆっくりと。



視線が動いた。




――俺に向いている。




「……」




理解はしている。



この事故の構造も。



この二人の関係も。




だが。




俺には。




まだ。




当事者である感覚が、ない。




ただの巻き込まれた側。



そういう整理が、頭の中で自然にできていた。




――その時。




「本当に、そう思っているのですか?」




天使の声が、落ちる。




変わらないはずの声音。



だが。




圧が違う。




「……愚かしい」




その言葉は、やけに重かった。




視線が、逸らせない。



逃げ場がない。



――何かが、来る。




直感が、警鐘を鳴らしていた。




そして俺は、この後。




とんでもない“事実”を知ることになる。


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