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死んだはずの俺は言われた。『あなたもその事故の原因です』  作者: 神北 緑


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第5話 残された感情


ここには、生きていた頃の常識は存在しない。


与えられる情報を、ただ理解するだけの場所。


感情すら、ほとんど無い。



「この場に到達した時点で、“生なる器”は消滅しています」


天使の声が、静かに響く。


「それに付随する名称、記憶の一部、そして感情も――本来は消え去るものです」



……本来は?



その言い回しに、違和感が引っかかった。


そう思考が浮かんだ瞬間、天使がこちらに視線を向けた――気がした。



「しかし」



声のトーンが、わずかに変わる。



「複雑に絡み合った因果を持つ魂は、例外的に“感情の残滓”を保持することがあります」



残滓。



「未練、執着、後悔――」



「完全に一致する言葉はありませんが、そういった概念に近いものです」



言葉の一つひとつに、わずかな重みが乗っている気がした。



そして。



「それでは」



その抑揚は、再び消える。



「あの事故の全容を説明いたしましょう」




「ちょっと待て」



割り込んだのは、チャラ男だった。


さっきまでの威勢はない。

だが、その声には焦りが滲んでいる。



「そんなもん説明されたって……」



言葉が少し詰まる。



「どうせ、俺たちもう死んでんだろ?」


「だったら関係ねえだろ。知ったところで意味ねえじゃねえか」



……一理ある。



たしかに。


知ったところで、何が変わるというのか。


そもそも、感情すらまともに残っていない俺たちに――



だが。



「……なんで、そんなに焦ってるんだ?」



自分でも驚くほど自然に、疑問が浮かんだ。



その瞬間。



天使から、何かを向けられた気がした。



――笑っている。



ありえないはずなのに、確信した。




ゾクリ、と。



生きていないはずの身体に、寒気が走る。




ふと、気配を感じて振り向く。




女性が。



頭を抱えて、座り込んでいた。




さっきまで、微動だにしなかった彼女が。




「……っ」



震えている。




そして。




「本当に……どうでもいいじゃない!」




初めて、その声を聞いた。




「どうせ無くなるんでしょ!?」


「だったら……さっさと終わればいいでしょ!!」




張り裂けるような声。



感情。



ここに来て、初めて“人間らしさ”が表に出た。




……そうか。




この二人は。



まだ、感情を持っている。




未練か。


執着か。


それとも――後悔か。




だが。



俺には、それが無い。




どこまでいっても。



これは、自分のことなのに。




まるで他人の出来事のようにしか認識できない。





――その時。



一つの疑問が、浮かび上がった。




チャラ男の車が原因で事故が起きた。



バスが巻き込まれ、


俺は死んだ。



ここまでは分かる。



なら。




……この女性は、なぜここにいる?




あのバスには、乗っていなかったはずだ。




事故現場にも――





「だからこそ」



天使の声が、思考を断ち切る。




今度は、はっきりと。




俺に向かって。




「説明すると、申しているのです」




間違いない。




今、こいつは――




微笑んだ。





「すべては、繋がっています」





その一言で。





すべてが、嫌な方向へと繋がる予感がした。





天使の語る真実は。




静かに。




だが確実に――




俺たちを、“底”へと引きずり込もうとしていた。


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