第一章 沈まぬ太陽 第九話
作戦を実行するための人気のない場所として、そんなに大きくもない山を進んだ先にある見晴らしのいい場所を選んだ。普段は地元の子どもたちが部活動などで走っているが、今は太陽が沈まないという異常事態が発生しているということもあり、校外での活動は中止するようにとお達しが出ている。よって現状でこの山に近付く人はいないだろうとの判断からだ。
その予想の通り、三人がここに来るまでにすれ違う人は一人もいなかった。念の為にとしばらくこの場で周囲の様子を窺ってみたが、一般の人たちは注意喚起をきちんと守っているらしい。魔物に関する注意喚起に従わずに魔物の被害に遭った場合は自己責任にしかならないので、それは当然とも言える。
「じゃあ、結界張るね」
確かに人の気配がないことを確認し、作戦を実行に移す。まずは透路が自分と累水を包み込むように結界を張ることからだ。歩真まで結界の範囲に入れてしまうと核の場所が分かった時にすぐに向かえなくなってしまうので、少し離れた結界の外に待機してもらうことになっている。
懐から結界用の護符を取り出す。その護符には結界用であることを示す『ᚦ』の文字が書いてある。勿論これだけでもしっかりとした結界を張ることができるが、透路はそこに更に補助文字の『ᚨ』を加えることで護符の効果を強化していた。
この補助文字にもいくつかの種類があり、組み合わせや書く順番によって効果の程が変わってくる。透路は何度もそれを試行錯誤し、より強力な護符を作ろうと日夜研究している。時間がある時は累水も協力しているが、歩真は護符にそれぞれの効果を付与する特殊な文字を書くのが苦手だと言ってそもそも自分で護符を作らない。
護符がなくとも術自体は使えるので問題ないと言ってしまえばそうだが、事前に魔力を込めて作っておいた護符を使用することで術を展開するときの魔力消耗を抑えることができる。現場では常に何が起こるか分からないので、可能ならば消耗は最小限に抑えた方がいい。
透路が取り出した護符に必要最低限の魔力を込めると、その足元に白く光る横見朮の花紋が現れる。透路の手から魔力を注がれた護符からは柔らかい光が溢れ、花紋と同じ色の光の粒子となって消えた。それが内側にいる二人を包み込んだドーム状の形を成し、彼らを守る壁になる。見た目は薄く脆く見えるが、補助文字による強化もあるので普通の結界よりも固いはずだ。
「始めるよ」
真っ白な光から作られた薄い膜に包まれ、準備が整ったことを確認した累水もまた護符を取り出した。その護符には自然の力を意味する『ᚺ』の文字が書いてある。自然の力、要するに天候操作のようなものだ。
太陽が沈まなくなってから、この国には夜も来なければ雨も降らない。今はまだ何とかなっているにしても、このまま雨が降らない晴天の日が続けばいずれ水不足に陥るだろう。そうならないように時期を見て天候を操作して雨を降らせたり、逆に洪水を引き起こすくらい降り続く雨を止ませたりする時にこの護符が活躍している。
今回はそれを太陽を隠すくらいの雲を呼ぶために使おうと、累水が護符に魔力を注ぐ。足元には月輪金木犀の花紋が現れ、花紋と護符からは累水の瞳の色と同じような赤い光が溢れ出した。確かに護符が効果を発揮していることを示す光を認めてから、三人は揃って空を見上げる。
「来た」
累水がポツリと呟く。その視線の先に広がる空にはさっきまでなかったはずの雲がもくもくとどこからともなく湧いてきていた。
雲一つない快晴。太陽が沈まなくなった日から変わらなかった天気が、一瞬で変化する。累水の術によって生み出された雲は見る見るうちに太陽の光を遮る分厚い雲へと変化した。
ここまでは予定通り。問題は、こうして作り出した“天使の梯子”が本当に核の在り処を照らすかどうかだ。
沈まぬ太陽には、その位置からどこかを照らそうという意思がある。
それは状況から考えた予想でしかなく、そう言い切れるだけの根拠はどこにもない。上手くいくかどうかはやってみなければ分からなかった。
だから三人が三人とも固唾をのんで、雲の隙間から光が漏れてくるのを見守った。
「歩真くん、あれ!」
「あぁ」
珍しく興奮したような大きな声を出した透路が指を指した先。“天使の梯子”が一筋、とある場所に向かって真っすぐに降り注いでいる。同じようにそれを確認した累水は歩真を見て静かに頷き、歩真は短く相槌を打ってすぐさま二人に背を向けて走り出した。
作戦は成功。あとは歩真が現場へ行き、核を浄化するだけだ。




