第一章 沈まぬ太陽 第十話
山道を下りながら、歩真は懐から護符を取り出す。透路から渡されているもののうちの一枚だ。
歩真は自分では護符を作らない。作れないわけではないのだが、護符に術の効果を付与するための特殊な文字を何度練習しても上手く書くことが出来なくて、あったほうがいいにはいいけれどなくてもそんなに困らない、くらいのものにしかならないのだ。
これは歩真一人だけの事例ではない。同じように特殊な文字を書くのが苦手だったり、それを書くときに魔力を込めるのが苦手だったりと、様々な事情で護符作りに積極的でない人は昔から一定数存在する。護符なしでも術は使えるのだから問題はないだろう、というのが歩真のような人たちの考えだった。
それでもやっぱり魔力の消耗を抑えられるのなら抑えた方がいいというのが上の人たちの考えで、だから透路のように護符作りが得意な人がそれを担当する今の形が出来上がったという。
誰が誰の護符を担当するというのは特に決められていない。常に透路がたくさん作って持たせてくれているので回数は少ないが、歩真も透路以外の人が作った護符を使用したこともある。
魔力を込めて文字を書くという同じ手順でみんな作っているのだから、作成者が誰であっても効果は変わらない。そう思っていたけれど、歩真は何となく透路の作った護符が一番効果がある気がしていた。今回もそんな透路の護符を何種類も渡されている。
歩真がその中から取り出した護符には速さを意味する『ᛖ』が書いてある。護符に魔力を注ぐ間も山を下りる足は止めない。その足元には陰木立朝鮮朝顔の花紋が青く輝いている。
「この特殊文字いつ使うんだよって正直思ってたけど、何でも使い道ってあるもんだな」
小さく笑いながら呟いた歩真の山を下るスピードが速くなる。歩真が意図して上げたわけではない。護符の力によって自然とそうなっているのだ。
歩真が核の元に辿り着くまでの間、累水には“天使の梯子”を維持するために術を展開し続けてもらわなければならない。“天使の梯子”は真っ直ぐに、恐らく核の場所を照らしている。核の在り処を知られたことに魔物側も気付くだろう。そうなれば、術者を止めるために使い魔を送るはずだ。
累水の傍には透路が残って、結界を張ってくれている。強化の掛かった結界はかなり固く、簡単には破れない。だが歩真が核の浄化に時間を掛ければ掛けるほど、持ち堪える二人の負担は増える。けれど移動速度の補助をしてくれる護符を使えば、その時間を少しでも短縮することができる。
特殊文字には移動を意味する『ᛉ』もあるが、移動場所の指定まではできない。つまり魔物と対峙していて即時撤退を選ぼうとなった時、その護符を使えばすぐに移動はできるが安全な場所に行けるとは限らないとうことだ。けれどそれではあまりにも使い勝手が悪すぎる。そんな思いから研究を急いだ結果、補助文字『ᛈ』を組み合わせることで少なくとも今よりいい場所に移動できることが分かっている。
更に最近になって、移動したい場所に予めもう一枚『ᛉ』に『ᛈ』を組み合わせた護符を仕込んでおくことでその場所に移動可能であることが分かった。だが今回は事前に核の場所は分かっていなかったので、仕込んでおく余地はない。結局どうしたって歩真自身の足で、少しでも早く現場に辿り着くしかないのだ。
「ここからは……あっちか」
行きより何倍も早い時間で山を下り切った歩真は一度立ち止まり、“天使の梯子”が指し示す方向を再度確認する。その場所に何があったのか、今はパッと思い出すことができないけれど行く以外の選択肢はない。
核へ近付く間に、妨害のための魔物が現れるかもしれない。
改めて周囲を警戒しながら、歩真は“天使の梯子”が照らす場所へと走り出した。




