第一章 沈まぬ太陽 第二話
「いつもは空の色とかで判断してるから、ずっと昼だとまだいいかと思っていつまでも働き続けそうになるんだよな」
「あぁ……歩真くんらしいね。正直、太陽が沈んでても同じような傾向にある気がするけど、今は特に熱中症とかにならないようにしてね」
「うん。歩真は体力がおかしいから本当にずっと動いてそう……ゴホッゴホッ」
咄嗟に扇子を口元に当て、暗い朱色の瞳を少し苦しそうに歪めた累水が咳き込んだ。
反射的に背中を擦る透路越しに、歩真も心配そうな眼差しを向ける。
「大丈夫?やっぱり累水くんにはこの環境しんどいよね」
「常に誰かの“残念”が流れ込んでくる状態だもんな」
「大丈夫だよ。もう慣れたから」
ふとした瞬間に咳が止まらなくなることは、累水にとっては幼少期からよくあることだった。
昔は風邪を引きやすい体質なのだと周囲の大人も累水自身も思っていたけれど、次第にそうではないことに気付いていった。風邪にしては咳以外の症状がなく健康そのもので、寧ろ本当に風邪を引いた時には咳よりも熱が出ることのほうが多かった。
大人たちはそれでも、風邪には色々な症状があるからと言って累水の咳が風邪由来であることを疑っていなかったが、張本人である累水には何となく傾向が掴めていた。
風邪を引いたわけではないのに咳が出る時、その症状に前後して必ず魔物の出現があった。
魔物を目の前にしている時や魔物由来の異常事態が発生している最中ならば、咳を引き起こしているのは魔物だと断言できる。けれど魔物の出現前にも同じように咳は出る。
それはつまり魔物の出現を予知していると言えるのかもしれない。だが今回の、沈まない太陽の出現前に咳は出なかったので、毎回魔物の出現を予知できているわけではなく規模も関係ないということだ。
ならば他に共通点はないかと考えたときに累水が思い付いたのは、人だった。
咳が出る時、傍には必ず何かしらの“想い”を抱えた人がいた。
人が誰しも何らかの“想い”を持っているのは当たり前のことに思えるが、累水は特に未練や後悔のような想いに強く反応した。
――こうすれば良かった。ああしたかった。こうなれば良かったのに。
そういう“残念”が語られてもいないのに流れ込んできては胸に溜まって、咳が出る。
そして魔物というのは、誰かの“残念” が変化して生まれてくるものだ。だから累水の咳が出始めると必ず魔物が現れる。
つまりそれは、累水にはその魔物がどのような“残念”から生まれているのかが分かるということで、更に言ってしまえば魔物出現前に咳が出たタイミングで傍にいた誰かの“残念”によるものであるということまで分かってしまう。
これは魔物への早期対応ができるようになる可能性がある特異体質と言えるが、このことを知っているのは累水自身を除けば歩真と透路の二人だけ。
説明して信じてもらえるとも思えないし、仮に信じてもらえたならこの特異体質を活かさない手はないと魔物の発生源を事前に探し出すお役目を担うことになったことだろう。
累水としては誰かの“残念”が胸に溜まって咳が出る状態は決して気持ちのいいものではないが、そういうお役目をやれと言われたのなら断りはしない。
けれどそれを、歩真と透路はずっと反対し続けている。
「慣れたって言っても、あれがしんどくないわけないじゃん。本当は色々研究して、累水くんに“残念”が流れ込まないような護符とか作りたいくらいなんだよ」
「心配してくれてありがとう、透路。でも、二人も一緒に知っていてくれるから、今は本当に楽なんだよ。二人のお陰で、今までより早く“残念”を昇華することができているし」
「まぁ、それはいいことだけど……俺たちはやっぱり累水が予知能力者みたいな感じで便利に使われるのは嫌だから、今回も俺たち以外には誰のどんな“残念”でこの魔物が生まれたのかは話すなよ」
「累水くんとしては少しでも早く昇華してあげたいって思うかもしれないし、それは僕たちも同じだけど、今までも“残念”の詳細が分からないまま対処は出来てたんだから。累水くんだけが苦しい思いをしなくても、これからだってちゃんとやれるよ」
透路の言う通り、現時点では誰の心から生まれた魔物かを調査するといった犯人探しのようなことはしない。
そもそも探りようがない上に、核さえ浄化してしまえば“残念”は昇華されると考えられているので、敢えて新たな発生源となる可能性を増やす必要はないからだ。
今後の参考のためにどんな“残念”から生まれた魔物なのかを考察することはあるが、あくまで推測の域を出ない。
そんな現状でも毎回きちんと解決しているのだから、わざわざ累水が今以上の負担を背負う必要はない。というのが透路の意見で、歩真もそれに賛成だった。
「それで、今回の沈まない太陽は前回とはまた少し違う“残念”だったんだっけ」
二人の気持ちとしては、累水に無理をしてほしくない。透路が研究して札を作ることで“残念”が流れ込まなくなり、咳を止めてあげられるのならそうしたい。けれど累水が優しいことも知っているから、その優しさも大切にしたかった。
だからそのどちらもを叶えるために、累水に勝手に流れ込んでくる誰かの“残念”を二人も共有することにしたのだ。
顔も名前も知らない、見ず知らずの他人の“残念”なんて本来ならば透路たちに関係ないが、それは累水だって同じはず。
それでもきっと累水は誰かの“残念”を放っておけずに、いつか一人で動き出すかもしれない。
早くに“残念”を昇華できれば恐らく本人も楽になるのだろうし、無関係の人々が魔物に怯えなくて済む。それは確かにいいことだが、累水一人でやるよりも三人でやったほうが早いし正確だ。
一体誰から提案したことだったのかはもう忘れてしまったけれど、この約束が結ばれた日から一度も破られたことはない。そしてそれは、今回も同じだ。




