第一章 沈まぬ太陽 第一話
数日前から、この国には夜が来なくなった。
明らかな異常事態ではあるものの、原因は誰かの心が変化した魔物であることはこの国では常識だ。原因の究明が政府によって進められ、一般の人に被害が及ばぬよう街の見回りが強化されていることも周知の事実。ということもあって人々は比較的落ち着いている。
だが、まだ年若い者は不安げな表情を見せている者も多い。なにせこの国から夜が消えるのは二十数年振りの出来事だ。その上、未だ解決に至る道筋も見えない。
魔物による異常事態を解決するには、発生源となっている核を浄化する必要がある。だが核は多種多様な姿形をしているため、同じ現象でも同じ場所、同じ形とは限らない。
よって今回の沈まぬ太陽もかつて同じ現象が確認されたからといって、同じ対応で解決できるわけではないのだ。
分かっていても、朝の次には夜が来て、その次にはまた朝が来るという当たり前の日常が突然に変わってしまえば動揺もするだろう。
そんな中で、本来ならば夜の闇に包まれているはずの時間帯でも燦々と太陽の光が降り注ぐ道を普段と変わりない様子で歩く三人組がいた。
「でも、意外と生活リズムは崩れないものだよね。朝昼晩とお腹は空くし、夜にはちゃんと眠くなるし」
三澄透路。雪のように白い髪は肩を少し越えるくらいまで伸ばされてサラサラと揺れ、やや灰色がかった青緑色の瞳は横見朮の柄が描かれた日傘越しに沈まない太陽を見つめている。
資料でしか読んだことのない現象に遭遇している真っ只中だが、両隣を歩く二人が一緒なら何とかできるだろうと思っているのでそこまで不安を感じてはおらず、周囲の同年代に比べるとだいぶ落ち着いている。
「それはそうだけど、時間が進んでる感覚はやっぱり無くなるよな。カレンダー機能も止まってるし」
磨墨歩真。黒檀の髪は太陽の光を吸収して熱を孕んでいるが、ひんやりとした瑠璃色の瞳は暑さを感じさせないほどに涼し気だ。
とはいえ本当に暑さを感じていないわけではないようで、陰木立朝鮮朝顔の柄が描かれた扇子でパタパタと顔に風を送っている。この扇子は二人から誕生日プレゼントに貰ったもので、小型扇風機だと充電を忘れて使えないだろうと思っての選択だった。
思った通りに扇子は愛用されているが、一日中照り付ける太陽による暑さには敵わない。このままでは黒髪がどんどん熱を吸収するだろうと、半ば強制的に透路は自分の日傘の下に歩真も引き入れた。
「アラーム掛けてなかったら危なかったね」
透路を真ん中に、歩真とは反対の隣を歩く雲晴累水もまた、深い光沢を持つ美しい黒髪が太陽の光を吸収して暑そうだ。累水も月輪金木犀の柄が描かれた扇子を使っているが、歩真と同じくあまり涼しくはなさそうな様子を見兼ねた透路は累水のことも日傘の下へ引き入れた。
因みにこの扇子は透路と累水の二人で歩真の誕生日プレゼントを選びに行ったときに歩真のものと一緒に作ったもので、透路も日傘と同じ柄の扇子を作って今日も鞄に入っている。
「僕はずっと本部にいるから終業のチャイム鳴るけど、二人は外にいることが多いから大変だよね」
三人は同じ職場で働いているが、担当している仕事内容は異なっている。
透路は本人の言う通り、本部に拠点を置いて今回のような異常事態の過去資料から直近の対策や解決するための作戦を考える研究部門に所属している。
太陽が沈まないといった大規模な異常は珍しい方だが、上空に巨大な鯨が浮いているだとか街中を普通はいないはずの生き物がうろついているだとか、そんな事態はよくあることだ。いや、巨大鯨は結構な異常事態だったが、どちらにしてもそれらは存在の核となるものを浄化しない限り消滅することはない。
そこで透路が所属する研究部門は前線にいる人たちが持ち帰ってきた情報と過去の資料を照らし合わせながら、核となっているものが何か、どこにあるのかを考えつつ、浄化に必要な札などを作っている。
勿論ずっと室内に閉じこもっているわけではなく、必要に応じて聞き取り調査など自ら情報収集に向かうこともある。
そうして立てられた作戦を実行するのが歩真のような返魔剣士だ。異常事態が起きた時に真っ先に現場へ駆け付け、まずは情報収集をしつつ一般人に害がありそうならばそちらの対処をする。
また、異常事態は同時多発的に発生することもある上にいつ発生するか分からない。故に毎日の見回りを欠かすことはできない。
なので歩真のような返魔剣士たちは基本的には一日中外で活動しており、本部で終業のチャイムが鳴ったところで聞こえるわけがない。というより、この部署は交代制の勤務なのでチャイムが聞こえていたとしてもあまり関係はない。
最前線で戦う返魔剣士と違って剣を持たない累水のような返魔師が担当しているのは主に治療や、現場で想定外の事態が起きた時に作戦を軌道修正するといった後方支援だ。
もしも作戦実行中に相手の新たな情報を得た場合は、累水のような返魔師が透路たち研究者に伝達の札を使って情報を共有する。その情報を加味して作戦を立て直すまでの間、必要に応じて返魔剣士に加勢しながら現状維持か撤退かの判断を任されることもある。
浄化の札は返魔剣士、返魔師共に渡されており、前線だろうが後方支援だろうが関係なくできる人がやることになっている。
だが核を見つけたからといって大人しく浄化されてくれるわけではない。
あの手この手で消されないようにと抵抗をしてくるので、結局後方支援もいつの間にか前線になっていることはよくあることだった。
つまり累水もまた歩真と共に一日を外で活動しており、終業のチャイムなど聞こえない。
太陽が沈まなくなってからは終業時刻に合わせてアラームをセットしているが、これがなかったらうっかり一日でも二日でも、体力が限界になるまで動き続けてしまうだろう。
端末のカレンダー機能が正常に動いていれば日付けが進んだタイミングで時間感覚のズレに気付くことができそうだが、今回は太陽が沈まなくなった日から動かなくなってしまっている。
体感としては異常発生から数日は経っているはずだが、デジタル機器は全て時を刻むのを止めてしまった。
恐らくはその辺りが今回の異常事態を解決するための鍵になるのではないかと考え、現在透路たちが力を入れて調べている最中だ。
四季折々に威力を変える太陽が、まさに全盛期とも言える季節で沈まなくなってしまった現状を元通りに戻すべく日々奔走する透路だけでなく、この環境下で外を動き回る歩真と累水も日に日に体力を削られていく。
特に累水に関しては、魔物が引き起こした異常事態が空を覆い尽くしている現状がしんどくないはずがないのだ。本人は何も言わないけれど。
何も変わりのない様子で自宅への道を歩き続ける累水の姿を横目で確認しつつ、二人も変わらない会話を続けることを選んだ。




