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第65章   最後までいい男の花沢くん

 約束の午前11時。駅前の時計台の下で、香苗はそわそわと足を動かしていた。

 今日は、自分なりに背伸びをした春らしいワンピースを選んだ。

「……待たせたな」

 人混みを割って現れた花沢は、制服を脱ぎ捨て、見違えるほど大人びた私服に身を包んでいた。いつもは不敵な彼が、香苗の姿を見た瞬間に一瞬だけ息を呑み、耳を赤くしたのを香苗は見逃さなかった。

「……似合ってるじゃねえか」

「ありがとう、花沢くんも……すごくかっこいいよ」

 花沢は照れ隠しに「ふん」と鼻を鳴らすと、自然な動作で香苗の手を取った。

「行こうか」

 花沢が連れて行ってくれたのは、意外にも高台にある静かな展望レストランだった。彼は慣れない手つきでエスコートし、普段の強気な態度とは裏腹に、香苗の好きな食べ物や、行きたがっていた場所をすべて完璧にリサーチしていた。

「……ねえ、花沢くん。本当に先生に許可もらったの?」

 デザートを食べている時、香苗がいたずらっぽく尋ねると、花沢は一瞬フォークを止め、視線を泳がせた。

「……ああ、まあな。……半分くらいは、本当だ」

「半分?」

「宣言して、先生が言い返す前に逃げてきた。……だから、あいつが黙ってたのは、認めたってことだろ?」

「ふふ、花沢くんらしいね」

 笑い合う二人。けれど、日が傾き始め、空がオレンジ色に染まっていくにつれ、楽しい時間の中に切なさが混じり始める。花沢は、並んで歩く公園の道で、ふと立ち止まった。

「佐倉」

「……」

「……花沢くん、今日は本当にありがとう」

「ああ、ありがとうな」

 香苗が足を止め、真っ直ぐに感謝を伝えて帰ろうしたその時ー

「……っ、そんな顔して笑うなよ」

 背後から伸びてきた力強い腕が、香苗の体を奪うように抱きしめた。

「花沢くん……っ!?」

「いいから。……これでもう、二度とできなくなるんだから」

 耳元で響く、低くて熱い吐息。花沢は香苗を自分の方へ振り向かせると、有無を言わせぬ強さでその唇を塞いだ。

 それは、先生との微睡むような甘いキスとは違う、痛いほどに切実で、剥き出しの独占欲を孕んだ感触。

「……っは、……っ」

 唇が離れた瞬間、香苗はあまりの衝撃に、視界が白く霞むのを感じた。潤んだ瞳で呆然と見上げる香苗を見て、花沢はこれまでで一番、意地悪で満足げな笑みを浮かべた。

「……そんな顔させられて、俺、今めちゃくちゃ嬉しいわ」

 花沢は香苗の頬を愛おしそうに撫で、もう一度だけ、今度は羽が触れるような優しいキスを落とした。

「……お前を忘れられるようになるまでは、もう会わない。そう決めたから」

「……花沢くん……」

「なんてな」

 沈黙を破るように、花沢がわざとらしく明るい声を上げた。彼はパッと手を離し、いつもの不敵な表情に戻る。

「……落ち着いたらさ、また、さやかと山下と4人でどっか行こうな。……あ、そういえばさ。俺、学部は違うけど、航平と同じ大学らしいわ。あいつ、経済学部らしくてさー腐れ縁だよな」

 そう言って、花沢は鞄を肩に担ぎ直した。

「じゃあな、佐倉……幸せになれよ」

 今度こそ、花沢は一度も振り返らずに、力強い足取りで夜の帳の中へ消えていった。

花沢くんの呼び方、最初は佐倉だったのに好きになっていって香苗って呼んでたのに、最後はケジメとして佐倉って呼んでるんです、、、好き

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