第55章 孤独を埋めた女
仕事帰り、夜の街の喧騒に紛れて駅へ向かっていると、「本原?」と呼び止める声がした。
振り返ると、そこには高校時代仲の良かった女性が立っていた。以前は派手な格好をしていた彼女が落ち着いた服装になっていた。懐かしそうに目を細めて立っていた。かつて一時期、互いの孤独を埋め合うように過ごしていた女性だ。
「やっぱり。相変わらず、遠くからでも目立つわね」
近くのバーのカウンターで、お互いに近況を話した。
「他の人から聞いたんだけど先生になったんだってね」
「ああ、まさかだよな」
「まあ意外だよね、でもさみんなに頼られてたしすごい想像はつく」
「お前はどうなの?」
「いやー実はさ、最近結婚したんだ」
そう言って彼女は左手の薬指を俺に見せた。それは幸せそうに。
「まじか!おめでとう、お前結構遊んでたイメージなのにな」
「はは、それみんなに言われるよ、でも流石にもういい大人ですから」
「…そか、ん?そのストラップは?」
「あーこれ?子供からもらったんだ、かわいいでしょ?」
彼女のカバンについていたのは大人が持っているようなものではなく、赤色と黄色のビーズでできたおもちゃのようなものだった。
「ああ、子供か、俺もほしいなあ」
直哉はあまり興味ないようだが、俺はずっと子供が欲しいと良くあいつに言っている。子供が好きだから教師になったのもある。
「本原ってめっちゃ子煩悩になりそうだよね」
「そうかもな」
「てかそっちは最近彼女とかどうなの?」
「……まあ相変わらずかな、学校と家を往復する毎日だ」
俺はウイスキーのグラスを揺らしながら、短く答える。まさか、香苗のことを口に出したりなんてできない。
「ふーん。までも相変わらずモテるでしょ?うちの友達で昔あんたのこと好きだった人かなりいたし、」
「まあ好きになってくれる人はそれなりにいるかな」
これは嘘ではない。実際今までかなりの人数交際を申し込んでくれた。でも、俺はどうしても美代を引きずってしまってダメだった。
「…そっか、あ、そろそろ帰らないと、またね」
「ああ、」
店をでて、夜風が身に染みる中、ふと目を閉じれば、あの日、陽だまりのような部屋で交わした何気ない会話が、鮮明な色彩を持って蘇る。
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「——ねえ、ひろくん」
美代が、俺の腕の中で幸せそうに未来を語っていた。
「もし、いつか私たちが親になったら……ひろくんに似た、かっこいい男の子が欲しいな。頭が良くて、ちょっと意地悪で、でも本当は誰よりも優しい子」
彼女は俺の胸に指先で円を描きながら、夢を見るような瞳で俺を見上げた。俺は彼女の柔らかな髪を撫で、わざと意地悪く微笑む。
「……いや、俺はお前に似た可愛い女の子がいい。お前みたいに泣き虫で、放っておけなくて、一生俺が守ってやらなきゃいけないような、そんな子だ」
「もう、私そんなに泣き虫じゃないよ!」
膨れる彼女を抱き寄せ、二人で笑い合った。あの時の俺たちは、未来というものが、当然のように自分たちの手の中にあると信じて疑わなかった。
「ひろくんに似た子」「美代に似た子」
そんな、愛の結晶を育む日常が、永遠に続くのだと。
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……だが、現実は残酷だった。美代は逝き、その未来は永遠に閉ざされた。
「美代、お前に会いたい」
幾度となく願った、でもそれは叶いようがない。もうどうしようもないんだ。




