表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/69

第54章   やりたいこと

 図書室の窓際の席。香苗は親友のゆかりと並んで、進路案内の分厚い冊子を広げていた。

「……やっぱり、本格的に学べる所って限られてるなぁ」

「香苗は真面目にいつも勉強しててえらいよ。私なんて、なんでもそれとーなくしかしてないし……最近、お母さんのケーキ屋さんを継ぐのもありかなって、ちょっと思ってるんだけどね」

 ゆかりの言葉に、香苗はふと顔を上げた。

「そっか」

「香苗はお姉ちゃんみたくなりたくないの?」

 香苗の姉は、都内の大学で経営学を学びながら、人気モデルとしても活躍している有名人だ。

「え? お姉ちゃん? まさか。あんなに可愛くないし、私、スタイルだって良くないもん」

「私から見たらめっちゃ可愛いけどね、まああのスタイルの良さはすごすぎるね」

 そう言ったたゆかりが、「あ、教室に筆箱忘れた。一回戻るわ」と席を立った。

 一人残された図書室で、ガラス戸の向こう側、廊下を歩く本原先生の姿が見えた。数人の男子生徒に囲まれ、真剣な顔で相談に乗っている。

(……やっぱり、頼りにされてるんだな。先生は、みんなの先生だもんね)

 拗ねたような、寂しいような気持ちが込み上げてきて、香苗はポツリと独り言を漏らした。

「……私なんて、そんなに可愛くないし。スタイルだってよくないし。先生に構ってもらえるような子じゃないよね……」

「——お前は、十分可愛いぞ」

「……うわぁっ!?」

 すぐ耳元で響いた低い声に、香苗は椅子から転げ落ちそうになった。図書室の片隅。ゆかりが席を外した後、入れ替わるようにやってきたのは花沢だった。

 彼は香苗の向かいに座ると、机に広げられた進路パンフレットをじっと見つめ、不意に口を開いた。

「……お前、さっき自分は可愛くないとか言ってたけど。……普通に可愛いだろ」

「えっ……」

「俺、妹以外で可愛いなんて思うの、お前だけだぞ」

 ぶっきらぼうに、でも誤魔化しようのない本音として放たれた言葉。香苗の顔が、先生の時とは違う、もっと純粋な気恥ずかしさで熱くなる。

「な、何言ってるの……。そんなことより、花沢くんはいいよね。医者っていう素晴らしい夢がもう決まってるんだもん。私なんて、まだパンフレットと睨めっこだよ」

 驚き混じりに言う香苗に、花沢は「俺も見る」と言って、彼女のパンフレットを自分の方へ手繰り寄せた。

「え、いいよ、花沢くんは関係ないでしょ?」

「別に、見るのは楽しいし。……いいだろ、一緒に見たって」

隣に座り直し、一つの冊子を二人で覗き込む。花沢の肩が触れそうなほど近く、彼の放つ清潔な石鹸のような香りが鼻をくすぐる。

「そういえば……妹さんは、大丈夫?」

 香苗が思い出したように尋ねると、花沢の表情が少しだけ曇った。

「……まー、正直だいぶ良くはないけど。でも、担当医が信頼できるいい奴だから。……なんとかなるって信じてる」

 妹を想う兄の顔。その横顔があまりにも優しくて、香苗は思わず彼をじっと見つめてしまった。花沢もそれに気づき、香苗の瞳を静かに見返す。

「……お前、そんな顔すんなよ。……俺が守るから、大丈夫だ」

 二人の間に、甘くて穏やかな時間が流れる。

「はーい、二人とも! 公共の場でのいちゃつきはそこまでー!」

 戻ってきたゆかりが茶化すように言い放ち、三人は顔を見合わせて笑い合った。

「違うってば、ゆかり!」「あはは、花沢くん赤いぞー!」

 そんな、高校生らしい眩しい光景を。図書室のガラス戸の向こう側、廊下の暗がりから、一人の男が冷徹な眼差しで見つめていた。

「やっぱお前には普通の幸せがお似合いだよな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ