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第50章   理性の壊れる音

 片付けが終わってみんな着替えも終わると部員たちが次々と帰路につく。そんな中花沢は一人、観客席の階段に腰を下ろしていた。

「……花沢、帰らねーのか?」

 親友の問いに、彼は短く「少しだけ残る」とだけ答えた。後少しで勝てたにも関わらず負けたことが悔しくてたまらない。考え込んでいると1人の少女が近づいてきた。

「花沢くん、私のこと避けてる?」

「お前は、」

 話しかけてきたのはバスケ部のマネージャーだった。香苗と気まずくなる原因を作ったあのマネージャーだ

「最近部活来ないし、くる時も私じゃない人の時にくるって聞いて」

「…責めるのめんどくせーし、何も言わなかったけど、お前俺に避けられてる理由自分でわかってるんだろ」

「…やっぱり、気づいてたのか、私がキスしたのさ。でもよくない?ずっと好きだったんだよ?それに私スカウトされるくらい顔整ってるし、なんであの子なのよ」

「ったくうるせーよ!お前のせいで、お前がいなければ今頃俺はあいつと、、(付き合えてたのに)」

 怒りで震えが止まらない。こいつが男だったら1発殴っているところだ。

「とりあえず付き合ってみようよ、ね?」

 そうしてあいつは俺の手に触れてきた。

「触るな、とっとといなくなれ、俺を1人にしてくれ」

 彼女は絶句して泣きながら去っていった。誰もいなくなった体育館。何かが床を鳴らす音がして振り返ると、そこには香苗が立っていた。

「……なんかすごいの見ちゃった、はは。にしても惜しかったね。でも、すごくかっこよかったよ。私、素敵なプレゼントをもらった気分だな」

 その真っ直ぐな言葉に、花沢はふっと視線を落とした。

「……お前、昔からそうだよな。小学生の時、遊びの試合で負けて腐ってた時も、いつの間にかそばにいてくれた」

 あの頃から、ほんと当たり前にそばにいた。だからこそ気づかなかったんだよなあずっと

「……香苗。少しだけ、肩貸してくれ。……疲れた」

 甘えるような、でも拒絶を許さないトーン。香苗が戸惑いながらも隣に座ると、花沢はその細い肩にぐったりと頭を預けた。香苗から漂う、微かな甘い香りと熱が、試合で昂った神経をゆっくりと溶かしていく。

「……あれ、ボール一つ落ちてる」

 二人の間に流れる甘い沈黙を破ったのは、転がっていた一つのバスケットボールだった。

「あ、本当だ。……戻してくるね」

 香苗が立ち上がり、用具入れの重い扉を開けて中に入った、その時。

ガチャン。

 乾いた金属音が響き、唯一の出口である重い扉が外側から施錠された。

「え……? 嘘、閉まった!?」

「おい、誰か……! クソ、先生が気づかずに鍵かけたのか」

 見回りの先生が、誰もいないと思って閉めてしまったのかもしれない。

「……まあ、いいよ。そのうち誰か来るだろ」

 花沢はどこか投げやりに言いながら、汗をかいて肌に張り付いたシャツのボタンを何個かとった。

「ちょ、ちょっと! 何してるの?」

「何って、暑いんだよ。……脱ぐなよって?」

「当たり前でしょ! 恥ずかしいからやめてよ!」

 顔を真っ赤にして制止する香苗を、花沢はわざと面白がるような、意地悪な笑みで見つめた。

「ふーん、やらしーやつだな」

「っ! とにかく、今はダメ! 早く服着て!」

「いやだな」

 香苗が慌てて彼の腕を掴もうとした瞬間、とれかけていたシャツのボタンが弾け、花沢の逞しい胸元が露わになった。

「あ……」

 至近距離で晒された熱い肌。香苗が言葉を失って固まった隙を、花沢は逃さなかった。彼は香苗の手首を掴むと、そのまま背後の柔らかなマットの上へと押し倒した。

「……っ! 花沢、くん……」

「こうされてなんとも思わないのか」

「いやいや、そんなの普通にドキドキするに決まってるじゃん」

「……そうか」

 覆い被さる彼の体温が、香苗の全身を支配していく。

花沢の瞳には、試合中の熱狂とは違う、もっと暗くて、もっと深い欲望が渦巻いていた。香苗の首筋に彼の熱い呼気がかかる。

「……ダメだ」 

 不意に、花沢が低く唸るように言った。彼は香苗の肩に顔を埋めたまま、肩を大きく上下させて呼吸を整える。

「これ以上は……俺の理性が持たねーわ、早くお前を俺のものにしたい、このまま何もかも全部」

 彼は力なく香苗から離れると、床に落ちたボールを乱暴に拾い上げた。

「……悪い。俺、今お前と一緒にいると危ないから。……先に帰るわ」

「え、でも鍵が……」

「実は俺のポケットにもう一つあるのを忘れてた、つーわけで……じゃあな」

 自分の衝動を必死に抑え込むように、彼は一度も振り返らずに開いた扉から夜の闇へと飛び出していった。一人残された体育館の用具入れ。香苗は乱れた呼吸を整えながら、熱が残る自分の肩を抱きしめた。

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