第49章 このシュートをお前に
「……悪い花沢。お前が勉強に集中したいのは分かってる。でも、どうしてもお前がいないと勝てない試合があるんだ。この日だけでいい、力を貸してくれ」
親友からの切実な頼みを断りきれず、花沢は一度だけコートに戻ることを決めた。
その裏で、その親友が香苗にこっそり声をかけていたことなんて、露ほども知らずに。
「佐倉、今度の日曜、塾とかあるか?」
「え、ないけど……どうしたの?」
「その日、俺たちの試合があるんだ。……花沢のために、来てやってくれないか」
当日。アップを終えた花沢が観客席をふと見上げた時、そこにはいるはずのない香苗が座っていた。
「……っ、佐倉なんで……」
驚きで目を見開く花沢に、隣で親友の田中がニカッと笑って肩を叩く。「気合入れろよ、エース」。その瞬間、花沢の胸には熱い塊が突き上げた。
(……あいつ、来てくれたのか、俺のために)
試合開始のホイッスル。花沢は田中との阿吽の呼吸で、次々とゴールを量産していく。キレのあるドリブル、相手を翻弄するパス。その度に、会場からは割れんばかりの歓声が上がった。
(……見てるか、佐倉。今日の俺のシュートは全部お前のためだ)
けれど、相手は県内屈指の強豪校だった。後半、猛追を受ける。点差はみるみる縮まり、残り時間はあと数秒。同点で迎えた、最後の一打。
花沢は、得意のコーナーへと走り込んだ。パスが回ってくる。ここでスリーポイントを決めれば、逆転勝利。誰もが勝利を確信し、彼に視線を集中させた。
ボールを手にし、シュートモーションに入る。完璧なフォーム。あとは放つだけ――。
その瞬間、視界の端に、観客席の入り口で香苗と本原先生が二人きりで話している姿が飛び込んできた。先生が何かを囁き、香苗が驚き目を丸くさせる。そして、なんだか顔を赤らめている。
(……なんで、アイツが。……佐倉…っ!)
心臓が嫌な跳ね方をした。一瞬の動揺。指先の感覚が、ほんの数ミリだけ狂う。放たれたボールは、綺麗な放物線を描ききれず、リングの縁に当たって虚しく弾かれた。
試合終了のブザー。
同点のまま、勝利を掴み取ることはできなかった。
「……花沢、どんまい! 惜しかったな!」
「お前がいたから同点まで持ち込めたんだ、気にするなよ」
チームメイトが肩を叩いてくれる。けれど、その温かい言葉が、今の彼には毒のように苦しかった。膝をつき、肩で息をしながら、花沢は震える拳で床を叩いた。
勝てなかった。かっこいい姿を見せるはずだったのに。
結局、自分はあの一瞬の光景で、自分を失ってしまった。
顔を上げると、観客席にはもう先生の姿はなかった。
ポツンと一人で立ち尽くし、なんとも言えない顔で立つ佐倉の姿があった。




