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第44章   秘密のデート

 理科室の前で私は息を殺した。先生が他の講師と話しているのが聞こえたからだ。

「最近、あの例の喫茶店にハマってだな……あそこは静かだし、何よりケーキも上手いし最高だ」

「ふーん、で、店員はかわいいのかよ」

「ん?まあ可愛いぜ、けどそんな目的で行くなよなお前」

先生が言った会話の中でいったカフェの名前を、私は心の中で何度も繰り返した。古い洋館を改装したような、街外れにある隠れ家的なカフェ。

「絶対に、行かなきゃ」

 この前のテストの結果が良かったので一度だけ外に行く機会を与えられたのだ。いつもならそんな簡単ではないのに今回許されたのは一応私が倒れたことを気にしているからだろう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

  

 数日後。私は少し大人びたワンピースに、金色のチェーンのついた白いバッグを身につけた。そして、普段はあまりつけない濃いめのリップもつけた。

 ドキドキと高鳴る心臓を抑えながら、路地裏の古びた看板を探す。……あった。の扉をそっと開けると、珈琲の深い香りと、クラシック音楽が私を包み込んだ。

 珈琲の香りが漂う店内。先生は窓際で、古びたカバーの本に完全に集中していた。眼鏡の奥の瞳がゆっくりと文字を追い、時折、何かに納得したように小さく頷く。

 教室では絶対に見せない、穏やかで無防備な横顔。

私は、息を潜めて先生の後ろまで忍び寄った。鼓動がうるさすぎて、先生にバレてしまうんじゃないかと心配になる。私は両手を広げ、先生の耳元へ近づくと、精一杯のいたずら心で声を上げた。

「……わっ!」

 先生の肩が、びくりと大きく跳ねた。手から本が滑り落ちそうになり、先生は驚愕した表情でこちらを振り返る。

「……っ!? ……お前か」

 先生は心臓を押さえながら、呆れたように、でもどこか安堵したような溜息を吐いた。

「……驚きました?何読んでるんですか先生」

「ん、ある1人の青年がどんどん成長していく話だ、わりかし面白くてつい読み込んじまったよ」

「……香苗。どうしてここに?それに随分と大人びた見た目してるな」

 先生の声は低いけれど、怒りではなかった。どちらかといえば、驚きと――隠しきれない歓喜が混ざっているように聞こえた。

「……先生が、ハマってるって言ってたから。もしかしたら会えるかなって」

 正直に言うと、先生はふっと口角を上げた。その色気のある微笑みに、私の背筋がぞくりと震える。

「……お前、俺の言ったことを盗み聞きしてたのか。にしてもよく似合ってるな、服もメイクも」

「えへへ、先生はこれからどこ行くんですか?」

「夜には直哉と飲みに行く約束してるが、それまでは適当に歩くつもりだが、この辺ならあまりいないしお前も来るか?」

 先生はそう言って、私を人通りの少ない街へと誘った。私は先生の少し後ろを歩きながら、ふと見上げると、先生の横顔が街灯の光を浴びて、映画のワンシーンのように美しく見えた。腕を組むわけでもない。けれど、隣に先生がいるというだけで、世界がこんなにも輝いて見えるなんて。

 ショーウィンドウを眺めながら歩いていると、私の視線はある宝石店で止まった。そこには、繊細な輝きを放つ、少し高めのネックレスが飾られていた。

「……綺麗」

 思わず口から漏れた言葉に、先生が立ち止まる。

「……ここのって、よくプロポーズの指輪にも使われますよね?すごく素敵だからバイト代を貯めていつか買いたいな。……無理かな」

 私は恥ずかしくなって、すぐに視線を逸らした。高校生の私には、まだ遠い世界の話だ。先生は何も言わなかったけれど、しばらく歩いたあと、ふと人気のない古い公園のベンチを指差した。

「少し休もう」

 街灯の明かりも届かない、静かな場所。座ると同時に、先生が私に向き直った。

「香苗、……目をつぶれ」

「え……?」

 言われるままに瞼を閉じると、首元にひんやりとした金属の感触がした。カチリ、と小さな音がして、それが留められたと分かった瞬間、先生の手が私の髪をかき上げてくれた。

「開けていいぞ」

 目を開けると、さっきショーウィンドウで見たネックレスが、私の首元で控えめに輝いていた。

「え……うそ。……これ、いつの間に」

「お前がお手洗いに行ってる間に買ってきたんだ」

 先生は照れくさそうに笑った。その姿があまりに優しくて、私は夢を見ているのかと思った。

「すごく綺麗、似合いますか?」

 先生が一瞬だけ、はっとした表情で私を見つめた。

「ああ、よく似合う」

「……でもこんな高いもの、貰えないです。先生、私……」

 私が戸惑いながら辞退しようとすると、先生は私の両肩を掴み、その瞳で私を真っ直ぐに見据えた。さっきまでの寂しげな雰囲気は消え、そこには真っ直ぐで、熱い男の覚悟があった。

「受け取れ。卒業するまで俺とお前は先生と生徒、それ以上でもそれ以下でもない……だが、俺はどうやらお前に惚れてるみたいだ」

 先生の声は、震えるほど真剣だった。

「これは、ただのプレゼントじゃない。……俺が、お前が好きだっていう誓いみたいなもんだ。…お前といると俺は俺でいられる。」

 先生の強い眼差しに、私は言葉を失った。私は先生の隣を歩いてもいいの?

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