第43章 本音
瞼を押し上げる。視界の端に映ったのは、真っ白なカーテンと、微かに揺れる窓辺の影だった。
「……香苗? よかった、やっと起きた」
枕元で心配そうに覗き込んでいたのは、ゆかりだった。私は喉の奥が乾いているのを感じながら、ゆっくりと体を起こす。
「……ゆかり。ごめん、迷惑かけちゃって」
「なに言ってるの! 本当に心臓止まるかと思ったんだから。特に……花沢くんあんたのこと、めちゃくちゃ心配してたんだからね」
花沢くんの顔が脳裏をよぎり、胸の奥がチクリと痛んだ。彼の真っ直ぐな想いは、今の私にはあまりに眩しすぎる。
「……そっか。迷惑かけちゃったな」
「まあ、そう言わずに。あ、そうそう。あんたが倒れたとき、運んでくれたのは本原先生だからね。誰よりも早く本原先生が真っ先に駆けつけてきたんだから。……あれにはちょっとびっくりしちゃった」
ゆかりの言葉に、心臓が大きく跳ねる。思わず、思考が停止した。真っ先に駆けつけてくれた、その事実が、私の心臓を激しく打ち鳴らす。
「……あ、私、そろそろ行かなきゃ。用事があってさ、ごめんね」
ゆかりは時計をちらりと見て、申し訳なさそうに微笑んだ。彼女が去った後、静まり返った保健室には、私の荒い呼吸音だけが響いていた。
「……」
カーテンの向こうから、聞き慣れた足音が聞こえる。
現れたのは、花沢くんだった。
「……もう大丈夫なのか? まだ無理するなよ。……なあ、一緒に帰らないか? 俺が、お前の家まで送るから」
花沢くんは私の腕をそっと掴み、まっすぐに見つめてくる。その瞳の奥にある痛みに、私は何も言えなくなった。放課後、私たちは無言のまま校門を出た。沈黙が続く中、たまりかねて私は父のこと、家での管理のこと、全部を話してしまった。
「……なんだって?」
花沢くんは一瞬、言葉を失った。
「……お前、そんなところで……。金持ちの世界ってのは、すげーな」
自嘲気味に笑う彼の横顔に、私は申し訳なさを感じた。でも、花沢くんはすぐに前を向いて、少し困ったように笑った。
「……ま、俺もいろいろ今あつてな、実はさ、妹が最近、危ないかも知れなくて」
私は息を呑んだ。「え……」と声が漏れる。元々妹さんが病気かちで入退院を繰り返していたの知っていた。でも、まさか危ない状態までいっていたなんて、花沢くんからは微塵も感じなかったのだから
「……でも、親ばかりに負担かけるわけにいかねーし俺がちゃんとしなきゃなって思ってるんだ」
彼はそう言って、当たり前のように微笑んだ。その笑顔には、誰かに甘えたり、誰かのせいにしたりする弱さが微塵もない。私を心配しながら、自分の足元にある重荷もひとりで背負っている。
(なんで、この人はこんなに強いんだろう)
「すごいね、ほんと花沢くんは」
「何がだ?」
「辛いことあっても逃げ出さずに、なんていうか、しっかりとこれからを見据えてるなあって」
「…なんつーかすごいって言われるのは嬉しいけど、お前にとってきっと弱音を吐けるのは、お前の弱いところ見せられるのはあいつなんだろうな」
「え?」
「認めたくないけど、あの男はかっこいいよなあ、余裕があって、そう思う」
確かに、自分が辛い時に安心感を与えてくれるのは先生だ。あのなんとも言えない男の余裕と包容力でずっと甘えてしまいそうになる。
「でも、俺のことも頼れよな」
そう言って花沢くんは私のことを見つめて去っていった。花沢くんは確かに頼り甲斐がある、でも弱さを、本音をぶつけやすいのは先生なのかもしれない。




