第37章 知っていた、何もかも
翌朝、私たちは浴衣に着替え、京都の寺社を巡った。妹の病気が治りますように、と神社の鈴を鳴らした彼の横顔は、祈るように真剣で、どこまでも優しかった。
そんな彼に、夜、呼び出された。
「佐倉、話したいことがあるんだ」
静かな庭園の隅。花沢くんは、まっすぐな瞳で私を見つめた。
「俺、お前のことが好きだ。誰よりも」
「花沢、くん」
嬉しい。こんなにも一途に想ってくれるなんて。でも、だけど、私は
「ごめん、そのすぐに答えを……」
私が言いかけると、花沢くんは少しだけ寂しそうに微笑んだ。
「返事は、今はしないでいい。……いや、今はしないでほしい」
「えっとなんで……?」
「本原に惹かれてるだろ?」
心臓が大きく跳ねた。見抜かれていたの?
「……どうして」
「ずっと見てたからさ。嫌でも気づいちゃうんだよ。なんとなくそうかなって思ってたけど……昨日の夜、先生といるのを見ちゃって、確信に変わった」
彼はすべてを知っていた。私の狂おしいほどの渇望も、先生の影も。私が言葉に詰まっていると、花沢くんは一歩近づき、私の顎をすくい上げた。
「……あの日の続きを、させてほしい」
戸惑う間もなかった。彼が唇を重ねてくる。それはあの時、私がぶつかって彼と唇を合わせそうになってしまったあの日の続きだ。最初は柔らかく、けれどすぐに、彼は私の戸惑いを奪うように強引に唇を押し付けてきた。
「…ん」
呼吸が乱れ、意識が白濁する。唇が離れたかと思えば、彼はもう一度、今度はより深く、私の逃げ場を塞ぐように食い込んできた。……これが、誰かのものじゃない、花沢くんの唇。
離れた彼の瞳は、熱を帯びていた。
「……香苗」
彼は少しの間をおいて、まるで自分自身に言い聞かせるように、どこか自嘲気味に笑った。
「……俺、本当は自覚なんてしてなかったんだよ。でもさ、今になって分かった。……俺、ずっと前からお前のことが好きだったんだな」
彼は香苗の方を向き、その瞳をまっすぐに向けた。そこには、普段のぶっきらぼうさの裏にある、隠しきれない少年のような脆さがあった。
「妹のことで追い詰められてたとき、いつもお前が励ましてくれただろ。……あと、親父のことで俺がやけになって、誰のことも信用できなくて、周りに対して冷たく当たってた時期……覚えてるか?」
香苗は息を飲んだ。あの頃の花沢くんは、誰にも触れさせないような棘を纏っていた。確かに小学生の頃あまりにひどくて周りの大人たちすら彼を見捨てていた時期があった。
「……あの時、あんなにひどい態度を取ってた俺にも、お前だけは優しくしてくれたよな。お前だけは、ずっと俺の側にいてくれた」
花沢くんの声が、小さく震えた。
「俺さ、頼らなくたっていいって思ってた、でも違ったんだ。……俺には、お前が必要なんだよ」
彼は香苗の頬にそっと手を伸ばしかけて、そして強く抱きしめた。
「……あいつのことが好きなんだろう? お前が見てる場所が違うってことくらい、分かってるよ。でも、言わずにはいられなかったんだ。……このままお前を先生に渡して、俺だけが一生後悔するなんて、どうしても嫌だったから」
その告白は、彼なりの精一杯だった。そして、香苗は静かに、けど強くその告白を受け止めた。




