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第28章   疲れを癒さないとな

 俺は仕事終わりに同僚で親友である長嶋直哉と行きつけの居酒屋に行くことになったのだが、こいつときたらずっとやけ酒してやがる、

「……ったく、最近行事準備やプリント作成やらで飲まなきゃやってられねーよな、本原!」

 ジョッキを豪快に叩きつけ、氷の溶けたハイボールを煽る。一方俺ははグラスを静かに揺らしながら、少しだけ遠くを見つめていた。

「まあ、そうだな。だが、生徒たちが少しずつ成長していく姿を見守る……この仕事も、案外悪くないだろ?」

「あー、綺麗ごとはよせって! 確かにやりがいはあるさ。……だがな、決定的な問題がある!」

 長嶋は指を突き立てる。

「出会いがねーだろうが!!」

「……またその話か。前回の合コン、お前もいただろ。あれで十分だろうに」

「あれだよあれ! お前、あの時も最後には女性陣から連絡先交換の嵐じゃねーか。俺なんて挨拶して帰っただけだぞ。お前ばっかモテちまって、俺に春が来る気配がまるでねーんだよ!」

 愚痴りながらも、楽しそうにして長嶋はぐっと杯を空けると、ふと思いついたよう俺の方を向いた。

「つーかさ。お前の方はどうなんだよ。……そろそろ次に進んでもいいんじゃねえか?」

「……」

「つうかあの佐倉だったか? あの子にかなりお前手かけてるんじゃねえか」

 長嶋の問いかけに、つい手が止まってしまった。心臓の奥で、カチリ、と何かが音を立てた気がした。あいつの潤んだ瞳と、震える腰の感触。そして、自分の理性を揺さぶった、あの「誤解されたくない」という言葉。

「……別に。ただの、生徒だ」

 努めて冷静にそう答えたが、自分の声が微かに低く響いたことに自分自身が驚いた。そんな変化に気づくこともなく、長嶋はニヤニヤと笑う。

「ふーん? まあ、もしなんかあるなら教えてくれよな。……あいつそれなりに男から人気あるらしいよなあ」

「…佐倉が?」

「ああ、クラスの男子たちがなんか言ってたなあ確か、つーかお前まさか生徒を1人の女として見ちまってるのかよ」

「ば、ちげーよ、ただあいつはな、」

 答えている時に頭の中には先ほどの、壁際に追い詰めた時の香苗の表情がこびりついて離れない。必死に否定しようとして言葉を詰まらせ、頬を赤く染めて逃げ出したあの顔。

「佐倉、は……あいつは、面白いやつなんだよ」 

 自分でも驚くほど、自然にその言葉を口にしていた。

「すぐ顔がコロコロ変わる。……あんなに分かりやすい生徒、そうそういないだろう。見てると、何というか、ほんわかするっていうか……安らぐんだよなあ、あいつといると俺」

 あの公園で泣いて縋ってきた以来、あいつを気にかけるようになった。それで以前よりもずっと話すようになって。そしてそれが居心地がいいと感じるようになったのは、いつからだろう。

「へぇ? ほんわか、か。お前、教え子に対してずいぶん甘い評価だな」

 長嶋の揶揄うような笑い声が聞こえたが、俺の意識はすでに別の場所にあった。本当に、それだけだっただろうか。あの時、壁際に追い詰めて彼女を見下ろした瞬間――。

(……あの時だ)

 脳裏に、かつて共に過ごした愛した人の面影がフラッシュバックする。あの潤んだ瞳が、ふとあの悲しげな、あるいは愛おしそうなあの視線と重なった。あの瞬間に感じた、心臓を鷲掴みにされるような激しい動揺。

(……俺は、佐倉の中に、あいつの姿を探していたのか)

 あいつを失ってから、ずっと自分の感情には鍵をかけてきたはずだった。なのに、あの子の必死な姿に、どうしてこれほどまで心が乱されるのか。

「……どうした、急に黙り込んで」

 長嶋に肩を叩かれ、我に帰った。自分の顔がひどく強張っていることに気づき、グラスを一気に飲み干して、冷えた酒で喉の奥の焦燥感を押し流そうとする。

「……いや。少し、考え事をしていた」

「あやしいな。……まあいいや。とりあえず、次注文するぞ。今日はお前奢れよな!」

 曖昧に頷きながら、ふと自分の掌を見つめる。そこにはまだ、先ほど彼女の腰を支えた時の柔らかな感触が、焼き付いたまま消えていなかった


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