第25章 文化祭の始まり
約束通り四人で回る文化祭は、どこか不思議な空気だった。香苗は「気まずい」と身構えていたけれど、花沢がいつものように何でもないことのように話しかけてくるので、拍子抜けするほどスムーズに会話が流れていく。
「あ、これ美味しそうじゃね?」
花沢くんがあまりにも優しそうな瞳で見つめて来るので気後れしてましう。あまりにも愛おしそうに私を見つめてきて、
――ああ、そうだった。この人は、いつもこうやって私を自然な流れで輪の中に入れてくれたんだ。
そんな安心感が、心の奥底で、まだ火が消えきっていない恋心を少しだけくすぐる。
「……案外、平気かもな」
自分でも不思議なほど、フラットにそう言った。さやかと山下も、そんな二人の様子を見てホッと胸を撫で下ろしている。
出し物の準備があるという花沢を一旦クラスへ送り出し、残りの三人で模擬店を回っていた。
「そろそろ、あいつのクラス行こうか」
山下の提案でクラスがやっている喫茶店へ向かうと、そこには驚くような光景があった。
「え、すご……」
クラスの入り口には、女子生徒たちの長い列ができていた。中を覗くと、喫茶店の店員の格好をした花沢が自然な笑顔で接客をしている。あんなに嫌がってたのに誰にでも平等に、けれどどこか特別感を感じさせる距離感でやっている。
「やっぱモテるのねえ相変わらず」
さやかが苦笑しながら香苗の肩をつつく。
「香苗、いいの? 彼があんなに囲まれてて。……嫉妬しない?」
「……えっ、あ、うーん……」
香苗は慌てて視線を逸らした。ちょっと前なら迷わず「そんなの嫌だ!」って言ってたはずなのに。今は、心の中に「好きかどうかわからない」という霧が立ち込めていて、自分がどう感じるべきかさえ分からない。
でも、純粋に「かっこいいな」と思ってしまう自分もいて、その二つの感情の板挟みに、また少し胸が痛んだ。
その時だった。
「お、みんなお疲れ様!」
人だかりをかき分けて入ってきたのは、例のバスケ部マネージャーだった。どうやらバスケ部の部員みんなの様子を見にきたらしい一際目を引く美貌と、彼に駆け寄る慣れた手つき。二人が並ぶと、そこだけまるで映画の一場面を切り取ったかのように「絵」になってしまう。
「あ……あれが、例のマネージャーか」
山下が小さく呟く。
「確かに……あんな可愛い人がキスしてるとこ見たらそりゃ動揺するわな佐倉も」
香苗は、その光景をじっと見つめた胸の奥がキュッと締め付けられるけれど、それは怒りなのか、諦めなのか、ただの羨望なのか。
香苗は小さく息を吐き出し、ただその「絵になる二人」を、少し遠い世界の話のように眺めていた。
喫茶店で大行列を作っていた花沢くんのシフトが終わり、彼が一旦休憩に入るまでの間に香苗は、さやかと山下の三人で、他の出し物を見て回っていた。
「……ねえ、香苗」
さやかが、少しだけ声を潜めて切り出した。
「花沢くんとはとりあえず大丈夫そう?……実はね」
さやかが、私たちの間にあったすれ違いを、山下くんから聞いた一連の流れを話してくれた。私はドキリとして、手元にあったアイスティーを握りしめた。
「……そうだったんだ」
「佐倉はあいつのことすきなんだよな?」
山下が追い打ちをかけるようにニヤニヤと笑う。
「四人組で最近ずっと一緒だったんだし、もういっそ付き合っちゃえば?」
私は言葉に詰まってしまった。山下くんの言うことは正しい。彼は優しくて、私のことを一番理解してくれていて、幼馴染としてこれ以上ないほど大切で……。
でも、胸の奥にあるのは、安心感と、どこか霧が晴れないようなモヤモヤだけ。
(――どうしてだろう。大好きだったはずなのに)
香苗は心の中で必死に「彼への気持ち」を並べ立てた。
• 私を守ってくれる人。
•家族のことで辛い時、支えてくれた人。
• 一緒にいると、一番落ち着ける人。
そう、彼は「なくてはならない人」だ。けれど、心臓が跳ね上がったり、声を聞くだけで息が止まりそうになったり……あの感覚は今別の人にあるかもしれない
「……うん。大切だよ。……すごく」
私は自分に言い聞かせるように呟いた。友達の前で、自分の気持ちに「好き」というラベルを貼って安心したかった。これでいい。これで、昔のような四人の関係に戻れる。
でも、私はさやかたちの後ろを通り過ぎた一人の男性の背中に、一瞬だけ吸い寄せられた。校舎の窓際で、誰かと談笑しながら、ふと冷ややかな視線を中庭に投げている本原先生。
すると喫茶店のシフトが終わった彼は、制服のベストを乱暴に脱ぎ捨てると、急に腕を掴んできた。
「……佐倉、ちょっといいか」
とても真剣な眼差しで私を見つめてきた、一体何なのだろうか




