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第23章   元に戻ろうよ

「ねえ香苗、あなたの学校のパンフレット、山下くんからもらってきたよ」

 さやかがベッドの上でパンフレットを広げながら、何気ないトーンで切り出した。

「最近さ、4人で全然集まれてないじゃん? 花沢くんとと気まずいのはなんとなく聞いてたけど、でもそっちの文化祭は4人で回るって前から約束してたし……正直、どうする? 予定通り決行しちゃう?」

「あ……」

「……やっぱり、まだ厳しい? 山下くんも心配してたけど」

「……ううん、大丈夫だよ。楽しみにしてる」

 無理に笑って見せたけれど、その笑顔が震えているのを自分でも感じた。さやかはパンフレットを閉じると、私の顔をじっと覗き込んできた。

「香苗……。私には隠さないでよ、本当に何があったの? 2人ともいい感じだったじゃないの」

 さやかの優しい声に、張り詰めていた糸がプツンと切れた。

「……さやか。私、やっぱり文化祭、花沢くんとは……回れないかもしれない」

「え……?」

「……見ちゃったんだ。花沢くんが、マネージャーの子とキスしてるところ」

 衝撃で言葉を失うさやかに、私は堰を切ったように、心の底に溜まっていた泥を吐き出した。

「それで最初は付き合ってるのかなーって、まあ結局付き合ってないってわかったんだけど、でも……あの子、私なんかよりずっと花沢くんとお似合いなんだよねー、部活のことも、彼の大変なことも、あの子の方がずっと理解してあげられる。噂でもね、花沢くんもあの子には心を許してるってみんな言ってて。……それを聞いたら、もう無理だって思っちゃった。私が彼の隣にいる資格なんて、最初からないんじゃないかって……」

「……ちょっと待って、香苗。落ち着いて」

 私の話を聞き終えたさやかが、真剣な表情で私の肩を掴んだ。

「そのキス……花沢くんは、香苗に見られたこと、知ってるの?」

「え……? ……ううん。あの後すぐ、私、逃げちゃったから……」

「それじゃダメだよ。花沢くんからしたら、理由もわからず急に冷たくされて、避けられてるってことになってるじゃん。あの人恋愛に関してだけはダメダメなんだから、今のままだと何が起きてるのか一生気づかないよ」

 さやかの正論が、私の胸に突き刺さる。

「……だって、なんて言えばいいの? 別に付き合ってないし、そもそも花沢くんが私のこと好きなのかもわからないし、色々言ったら本当に終わりになっちゃう。それに、あの子の方がお似合いだって思っちゃったのは、私の勝手な劣等感だし……」

「それでも、言わなきゃ。文化祭を4人で回るにしても、そのモヤモヤを抱えたままじゃかなが壊れるよ。……ちゃんと話して、花沢くんの口から説明させなよ。それを聞いても『無理』って思うなら、その時は私が全力で香苗を連れて逃げてあげるから」

 さやかの言葉に、私は小さく頷くことしかできなかった。

「……わかった。文化祭までに、ちゃんと……」

「うん。約束だよ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……は? 図書室でマネージャーとキス? 俺が?」

 山下はさやかに聞かされた話を花沢にすると飲んでいたドリンクを吹き出しそうになりながら目を見開いた。

「バカ、声がけけぇよ。……佐倉、お前が図書室でマネージャーと唇合わせているところ見たんだってさ」

「……っ、嘘だろ。だからあいつ、あの日からあんなに……」

 花沢は頭を抱えて椅子に深く沈み込んだ。合点がいった。理由もわからず避けられ、冷たくされていた理由。

(……あの時の違和感は、これだったのか)

 図書室の静寂、本の匂い。不意に重なった唇。

あの時、一瞬だけ感じた、自分のものではない体温と、柔らかい感触。でも、眠気がすごすぎてそれどころじゃなかったんだ。

(……クソッ、なんであんな……!)

 唇に残っていた、自分でも気づかないフリをしていた微かな感触が、急に生々しく蘇る。

 マネージャーへの嫌悪感と、それを許してしまった自分への怒りが、胸の奥から湧き上がってきた。

 そして何より、その決定的な瞬間を、香苗に見られていたという事実。

(……よりによって、あいつに……!)

 逃げ出した香苗の後姿を想像して、花沢は心臓を掴まれたような衝撃を覚えた。けれど、すぐに別の疑念が胸を焼く。

(……だったら、なんであいつと抱きしめ合ってたんだよ)

 あの日の光景がフラッシュバックする。泣きじゃくる香苗を、優しく、けれどしっかりと抱き留めるあいつの腕。香苗もまた、あいつに縋り付くようにして、彼の胸に顔を埋めていた。

(……俺とのことがあったからって、速攻であの野郎に乗り換えたのか? ……あんな顔して、俺のことなんてどうでもよくなったんじゃねーのかよ)

 自分は理由もわからず苦しんでいたのに、香苗は航平の元へ逃げて、慰められていた。裏切られたような、置いていかれたような、やり場のない怒りが、花沢を苛立たせる。机の下で、拳が白くなるほど強く握り締められた。

「……もういいよ。あいつにその気がないなら、俺が何言ったって……(それにそもそもあいつは俺のこと好きだったのか?)」

「…いいわけねーだろ、バカ!」

 山下が机を叩いた。周囲の客がびくりと肩を揺らす。

「お前ら、どっちも言葉が足りねーんだよ。香苗は勝手に絶望して、お前は勝手に拗ねて……そんなの、お前らしくねーだろうが、しっかり向き合えよ。このまま文化祭迎えて、一生後悔すんのか?」

「山下……」

「さやかには俺から連絡して、そいつに会えるようにセッティングしてもらう。……逃げんなよ。ちゃんと自分の口で、何があったか確かめてこい」

 山下の真っ直ぐな視線に、花沢は向き合うことを決めたのだった。

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