第13章 お互いの自覚2
花沢くんはさっきから一度もノートにペンを走らせていない。ただ、険しい顔で、私が航平に触られた手首を、まるで汚れでも拭うかのような視線で見つめ続けている。
「……ちょっと、お手洗い行ってくるわ」
耐えきれなくなった私が席を立つと、さやかが「あ、私も!」とついてきた。
残された男子二人のテーブル。
山下くんは、ストローで氷をかき回しながら、隣で殺気を放っている花沢くんに向かって、ボソッと口を開いた。
「……おい、花沢。お前、さっきから顔ヤバいぞ。……バレバレなんだよ」
「何がだ」
花沢くんの声は、地響きのように低い。
「『何が』じゃねーよ。あのチャラそうな奴が現れた瞬間の、お前の顔。……あれ、ただの友達がする顔じゃねーだろ。まるで、自分の獲物を横取りされそうになった獣みたいだったぜ」
山下くんは、普段のヘラヘラした調子を捨て、少しだけ真面目なトーンで続けた。
「お前さ……自分が思ってる以上に、あいつに執着してんだろ。あの航平って奴があいつの名前呼んだだけで、ペン折りそうなほど拳握りしめてさ。……あいつが他の男の隣で笑うのが、そんなに許せないのか?」
「…………」
ただ、テーブルの下で拳を硬く握り込み、指の関節が白くなるまで力を込めた。
(……許せない? ……どころじゃねえ。……殺してやりたいと思った)
自分でも驚くほどの、どろりとした負の感情。
ストイックに生きてきた自分の美学が、香苗という一人の女への醜い独占欲によって、完膚なきまでに叩き壊されていく感覚。
「味方だ」なんて綺麗な言葉で守ってやるつもりだったのに、今の自分にあるのは、あいつの手首を縛り付けてでも、俺以外の男の視界から隠したいという、最低な衝動だけだ。
「……そうなのか?いやでも」
認めたくなかった。自分を失うような恋なんて、受験という戦いを控えた今の自分には、ただの足枷でしかないと思っていたから。
だけど、指摘されるまでもなく、俺の心臓は、あいつを奪い去りたいという本能だけで動いている。
「……今日は、もう終わりだ。帰る」
「えっ、まだ一時間も経ってないぞ、待てよ」
「普通に疲れたから帰るわ」
「待ってよ!」
トイレから戻ってきたであろう佐倉が俺を呼び止めた。
「なんだよ」
「き、昨日のお礼言いたくて、そのすごく嬉しかった、ありがと」
「…………っ、」
俺は息を呑み、力任せについていた腕の力がふっと抜ける。自分の頭を掻き回して色々考える。俺は本当にこいつのことが好きなのかと。
「……んだよ、それ。……今、そんなこと言うなよ」
身長に差があるからか上目遣いでこちらを見てくる。可愛いかもしれないなんて、思う。
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彼は私から逃げるように一歩下がり、口元に手の首を当てて恥ずかしがった。
指の間から覗く瞳は、怒っているというより、どうしていいか分からずパニックになっているみたいで。
(……あ、可愛い)
大人の余裕なんて欠片もない。
でも、この必死に照れを隠そうとしている「余裕のない花沢くん」が、私には何よりも愛おしく思えてしまった。
「……じゃあな!」
「ふふ、バイバイ」
彼を愛おしく感じる気持ちがどんどん高まっているのを感じた。




