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最凶魔導師のまったりスローライフ  作者: 霧丈來逗
第一章 貴族の兄弟
19/19

19、日常




 アルフォンソとエトワールが伯爵家に帰ったことでエルドジークの家に静かでゆったりとした時間が流れる。


『あの二人が帰っちゃってから、なんだか家が広く感じるわ』

「部屋数を増やすために拡張したのだから当たり前だろう」

『そういうことじゃないわよ!寂しいことの比喩じゃない。主は寂しいと思わないわけ?』


 詰め寄ってくるフィリアにエルドジークはため息をつく。


「今生の別れでもあるまいし何をそこまで寂しがることがある。我は静かになって満足だ」


 そう言いながらエルドジークは何かを書き続けていた。相変わらず冷たい対応にフィリアは不満げだ。しかしそれを見てヴィリエが喉を鳴らす。


『寂しいのは我も同じだ。しばらく主以外の人間と関わるようなことはなかったが、偶にはいいものだな』


 2人のことを思い出しているのかいつもよりも柔らかい表情のヴィリエはゆったりと伏せながらしっぽを揺らす。しかしどこか寂しそうなのは目を見ればすぐに分かる。対象的な主と使い魔にフィリアは呆れのこもったため息をついた。


『ヴィリエの方がよっぽど人間らしいわね。ちょっとは丸くなったとはいえ、もっと他人に感情を持ったらどうなの?』

「無駄だ。元より多くの人間と馴れ合うつもりはない」


 フィリアの言葉を一刀両断するエルドジークはいたっていつも通りだ。慣れているので二匹の使い魔たちもそれほど気にしないが、やはり寂しさは拭えない。元々、くだらない権力争いと窮屈な宮廷仕えに嫌気がさして隠居した訳だが、それはそれで暇なのも事実だった。当のエルドジークは清々した、と今の生活を楽しんでいるが使い魔たちは少々暇を持て余している。



「それにどうせまたここに来るつもりだろう」


 エルドジークは顔を上げずにそうつぶやく。その言葉にフィリアは首を傾げる、ヴィリエが耳をピクリと動かす。そしておもむろに立ち上がると、すたすたと歩いてエルドジークの元へ行く。フィリアはただそれを見ていただけだったが、何を思ったかヴィリエは机に足を上げて手元を覗き込んだ。


『これは…転移の魔法陣か?しかも二枚とは』


 そこでなにかに気づいたヴィリエがにやにやしているとエルドジークがため息をついて一通の手紙を差し出す。それはドラティエラ伯爵からの物だった。内容はどうやら頼み事のようで読み進めたヴィリエが声を上げて笑い出す。


『そういう事か。通りで主が寂しくないわけだ』

『ヴィリエ一体何が書いてあるの?』


 フィリアは全く意味がわからず首を傾げている。ヴィリエは机から足を下ろしてフィリアに顔を向ける。


『どうやらアルフォンソとエトワールが定期的にこちらに来るようだ。今まで通り剣術と魔法の指南役をしてもらいたいらしい。本人たちもそれを望んでいるそうだ』

『あらそうなの?それは喜ばしい事じゃない」



フィリアは嬉しそうに羽を膨らませるが、ふと動きを止めた。ヴィリエはその様子に首を傾げるが、エルドジークは全く見向きもしない。


「アルフォンソもエトワールも伯爵家の子供なんだから家庭教師くらいいるんじゃない?それに学園もあるでしょう?』



 ヴィリエは失念していたとばかりに動きを止める。確かに貴族の令息と令嬢なのでしっかりとした教育の場は用意されているはずだ。また学園に通っている以上、退学するというわけにもいかない。そんなことをすれば余計な疑いをかけられかねない上に格好の噂の的となるだろう。それを考えていない伯爵ではないはずなため、どうなのかとエルドジークに視線を向ける。


「学園が休みの日や長期休みに来る予定らしい。こちらの方が余程効率的で実践的だから続けたいと。我は子守りなどお断りだがな」

『そんなこと言って、直ぐに魔法陣を用意するなんて主も優しいじゃない』


 フィリアのからかい混じりの言葉を受けてエルドジークは軽く睨みつける。しかし使い魔たちはなおも楽しそうに笑っていた。エルドジークも深く追求はせずペンを動かし続ける。



「お前たちが1番嬉しそうだな。すっかり情に絆されている」

『だって主と違ってあの子たちはかわいいもの。素直で一生懸命だから見守りたくなるのよね』

『そうだな。しかもあの子たちは優しい。気に入るのも当然だろう?』


 さも当然なことのように言う使い魔たちにエルドジークは大きなため息をつく。そうこうしているうちに書き終わった魔法陣を描いた紙を封筒に入れる。封をするために魔法で焼印を入れ、閉じられていることを確認する。それを見たフィリアはエルドジークの元に飛んで行く。



「フィリア、これを届けてきてくれ」

『わかったわ。ドラティエラ伯爵のところね。返事はいる?』

「いや、不要だ。面倒ごとを増やすつもりはない」


 

 返事を確認したあとフィリアは手紙を嘴に咥えると窓を開けて飛び去っていった。真っ赤なその姿はあっという間に見えなくなる。


『隠居というのは完全に建前になりそうだな』

「奴らは一度隠居の意味を調べるべきだ。何でもかんでも我に任せおって」

『それだけ頼りにされているということだな、主』

「余計なことだ」


 溜息をつき机の上を片付ける。手を動かしながらエルドジークはおもむろに呟く。


「こんなことならリリーシュをやるべきではなかったかもしれない」

『確かに主はずっと反対していたな。なぜ結局は許したのだ?リリーシュなら主のことを無視などしないと思うが』

「だからだ」



 ヴィリエは言葉の意味がわからず首を傾げる。エルドジークは表情こそ変えないものの目は意外と雄弁だ。しかし多くの人はエルドジークを恐れているため変化が分かるほど目を見つめることはない。またエルドジーク自身も他人に胸の内を見せることはほとんどないためそのことに気づいている者は数少ない。今は深い悲しみと諦めの色を浮かべていた。



「我が本気で反対すれば、リリーシュは諦めてしまう。たとえそれが自分の愛した者との結婚であってもな」

『たしかにそうだ。ならば尚更、なぜ反対しなかった?主の望みを叶えることができたはずであろう?』


 心底分からない様子のヴィリエを一瞥する。自らの望みを叶える方法があったのにどうしてそれを実行に移さなかったのか純粋に分からなかったのだろう。不満そうな様子がみてとれた。


「我の望みはリリーシュが幸せに生きることだ。我のために我慢して諦めてきた分、もう諦めてほしくなかった。そのために望むものはなんでも揃えたいし、やりたいことも叶えたい。だから反対こそすれ、最後は受け入れた。不本意ながらな」



 ヴィリエは唸り声をあげる。やはり理解できなかったようでそれがまた不満に繋がっているのだろう。しっぽを床に何度か叩きつける。


『やはり人間の考えることは複雑なのだな。我には理解しきれん』

「そうだ。本当に厄介なものだ」



 エルドジークは珍しく微笑を浮かべる。ヴィリエはこれ以上ないというほど大きく目を見開きそれを見つめる。エルドジークはほとんど笑わない。それも最凶と言われる一因ではあるのだが無理にそれを払拭しようとしていないためわざわざ笑ってみせることなどない。エルドジークの心からの笑みを見たことのある者など一体何人いようか。当の本人はヴィリエの様子に気づいていたものの何も言わず、片付けを終えて紅茶を入れようとキッチンに向かった。お湯を沸かし茶葉やポット、カップを用意しながら不意に呟く。




「リリーシュは、幸せだっただろうか」



 ヴィリエは少し沈黙した。自分では細かい人間の感情の機微までは理解できない。しかし、そんな自分がわざわざ答えを出さなくてもエルドジークの中で答えは出ている気がした。



『主はどう思うのだ?』

「どうだろうな。元々体が弱かったせいで寝込むことは多かったが、嫁いでからベッドにいる時間は確実に長くなっていただろうな。取るに足らない者たちのくだらない言葉など無視すれば良いと言ったのにそうもいかないと跳ね除けられた。やり返してやらなければ気が済まないそうだ」

『さすがリリーシュだな』


 ヴィリエは満足そうに笑みを浮かべる。記憶の中にあるリリーシュは確かに寝込むことは多かったが打たれ弱くはない。そこは主とそっくりだったと記憶している。まだ主よりは優しかったが確かな血の繋がりが感じられた。


「リリーシュに辛く当たる者は我も対処していたがどうしても女同士のことになると対処は難しい。恐らくその辺でも苦労はしていただろう」


 昔を思い出すエルドジークの眉間には皺がよっている。不届き者達を思い出しているらしいその目は冷たかったが所詮は過去の出来事だとため息を着く。ちょうど沸いたお湯を茶葉の入ったポットに注ぎながら口を開いた。


「リリーシュにはよく茶会に呼ばれたものだ。我だけであったりレイスがいたりその時々であったが、誘いが急で毎度困らされていたものだ」

『確かに突然誘いが来て仕事の途中に行くこともあったな。だがなんだかんだ主は毎度リリーシュを優先していたのではないか?』


 ヴィリエは純粋に思い出して問いかけたのだろうがエルドジークは苦虫を噛み潰したような顔をする。そんな顔をするほど嫌なことがあっただろうか。


「誘いを断れば何を言われるかわかったものではない。こちらの都合も気にせずいつも急に誘ってくる。せめて前日にでも言えばいいものを」


 口では嫌そうなことを言うが、どうしても行けない時はいくらリリーシュでも咎めはしなかったはずだ。それでも何よりも茶会を優先していたのは紛れもなくエルドジークなのでその言葉ばかりが本心でないことはヴィリエにも理解出来た。


『あの茶会はいつも穏やかであったな。外の喧騒など意に介さぬようであった』

「リリーシュにとっての楽しみだったのであろうな。少なくともあの場では楽しそうに笑っていた。それのせいで紅茶の入れ方など余計なことまで覚えさせられたのだがな」


 そう言いつつもエルドジークは今でも教えてもらったことを忠実に守って紅茶をいれている。誰も口には出さないものの、その茶会では皆が旧知の友人と語らうような時間を過ごしていたことを覚えており、その時間がかけがえのないものだったということを理解していた。



「皆多忙だというのに、招かれた者達はとても楽しそうだった。招いたリリーシュもな」

『ならばそれでいいではないか。また会った時にでも聞けばいい』

「…それもそうだな」



 昔を懐かしむエルドジークにヴィリエは静かに微笑む。口では文句を言いつつも確かにあの時間を楽しんでいたことをヴィリエとフィリアは知っていた。常にリリーシュを気にかけて何を差し置いても茶会を優先していたことも。そしてそれはリリーシュも同じで特別エルドジークを気にかけて茶会に呼んでいたことも。口にしないところも本当に似たもの同士だった。

 紅茶が注がれたカップから懐かしい香りが広がる。


『リリーシュお気に入りの茶葉か』

「しまいこんでいたからな。たまにはいいだろう。思い出話にはちょうどいい」




 




こちらで一章が完結しました。これからもゆっくり二章を書き進めていきたいと思います。

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