表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/13

2


急いであれから自宅へと帰り、アパートのドアが音を立ててしまったと同時に、


……皮肉ってバレてたんだ。


ドアにもたれかかって、腰が抜けたようにズルズルと座り込んだ。

年の功って奴なんだろうな、皮肉言われても余裕がある。

このスーツだって良い代物だ。

生地だって良いやつ、彼に合わせて作られたオーダメイドってやつだろう。


「……こんなことをしなきゃ、倉主さんと出会えなかった。それくらい、今の俺と彼には差がある」


それに、彼は気づいて居ないかもしれないけど、俺は倉主さんのことを知っていた。……一方的に、だけど。

あれくらい強面な顔だから、ここら辺は田舎だ。すぐに噂は広がり、彼は自分が知らないうちに有名人になっている。

存在は知っていたけど名前は知らなかった、人より他人に興味が持つことの少ない俺だから特徴以外のところは噂話を聞かされるたびに聞き流していたから。


田舎のおばちゃん達を侮ってはいけない。

嘘か真かもわからないような想像で、倉主さんの元職業はあーだこーだ話しているだけで彼女らは半日もの時間を潰せる。

彼女らに捕まれば、井戸端会議の半日コースに付き合わせられるハメに合う。

そんな時、倉主さんなら、上手く途中でも抜け出せるんだろうなとか考えると、どきどきと不思議と鼓動が早くなる。


……ここら辺は坂道や砂利道が多い。走り回っていた小中生の時はこれくらいの距離じゃ息ぎれ知らずだったのに、この距離で動悸がするなんて歳を取るもんじゃないな。最近は車移動が多かったから、そのせいで体力が落ちたかな?


幼い頃から移動手段は徒歩か自転車。

最近、ここら辺にはお年寄りが多くなって来たから徒歩移動か、出来れば乗りたくはないけれど自動車での移動が多くなった。

今日は雨が降ると知っていたら、車で来ていたのに徒歩で来てしまった。運が悪いとしか言いようがない。

だけど、雨に濡れたとしても今日は車で来なくて良かったかもしれない。動揺したまま運転したところで、事故を起こすだけだから。


車は怖い。慣れてはいけないのだ。

出来れば車には乗りたくなかった。祖母の運転を思い出すから。

元々、認知症になる前から運転は荒く、急停止急発進をする人だったから、幼い頃から祖母の運転があまり好きではなかった。

高校受験の時、滑り止めの私立高校が来るまでしか行けない距離で、バスの時間も合わず、両親も休めないと言うことで、朝早くで申し訳ないと言う気持ちを抱きながら受験会場まで送ってと頼んだ。


結論から言えば、生きた心地がしなかった。その一言でしか言い表せないくらいに危険な運転だったからだ。認知症の初期症状が出る前の運転とは比べものにならないくらい、危険な運転で。今まで警察に捕まらなかったことが奇跡のように思えた。

……今まで事故を起こさなかったことが奇跡だともそう思えた。

車線変更もせずに曲がったり、逆走しかけたり、何かに気を取られて前を見てなかったり、赤信号に気づくのが遅くて急ブレーキしたりとヒヤヒヤしながら、何事もなく学校に着いてくれと祈るばかりだった。


祖母の車事件はそれだけではない。

知り合いを見つけ、道路で駐車。危うく追突事故を起こしかけるところだった。本人はそれに気づかず、のんきに井戸端会議を楽しんでいたのを偶然見かけたことがある。

偶然、後ろにいた車に乗っていた人が温厚な人だったから良いものの、運が悪ければ言い争いになっていたかもしれない。

それを気づいていた、その井戸端会議をしていた相手の人は呆れたように苦笑いをしていた。


それ以来、俺は車を運転することが怖くて、怖くてしょうがない。

本人は車の運転技術には自信があって、免許書返せば? と言えば、それをキッカケに怒鳴り散らし、凶暴になってしまい、手に負えなくなってしまったから、簡単に免許書返せとは言えなかった。


自分が気に食わないことを言われたり、指図されたと思わせてしまうようなことを言ってしまった日には一日中、目を三角にして、殺気を向けるような視線を浴びせて来るのだ。

その時から歳を取ることに恐怖し、家族を作ることに対する恐怖が募っていった。


祖母は俺が大学二年生の時に亡くなった。

最期、祖母は「虎斗には申し訳ないことをした。怒鳴ってしまってごめんね、叩いてごめんね」と言い残していたようだ。

それを聞いた時、ああ病気が祖母のことをおかしくしていたんだと、病気が誰かを傷つけさせて、言いたくなかったことを言わせて、誰かを傷つけたことに対して祖母を傷つけさせていたんだとしみじみ考えた時、祖母が亡くなったと聞いた時には出なかった涙が溢れるように流れて来た。

その涙と同時に湧いて来た気持ちは、どうしてこうしてあげられなかったんだろうと言う後悔だった。


祖母が亡くなってから二年。

だいぶ気持ちに踏ん切りがついて来たが、命日である今日だけはこうしてたくさんの後悔を思い出すことと、涙が流れて来ることを止められなかった。


だけど、今年は違った。

この日が来て、一度後悔をし始め、涙を流せば命日であるこの日が終わるまで止まることのないこの感情が倉主さんと話している間だけ、少しだけおさまったような気がした。

逃げてしまった俺は、優しくされる資格なんてないと思っていた。……いたけど、倉主さんの真摯な姿勢に、あの笑顔に少しだけ救われた。

理由はわからないけど、救われたような気がしたんだ。


「……また、会いたい。また倉主さんと会いたいな……。それくらいなら良いよね、望んでも許されるよね……」


会いたい、そう思う理由はわからない。

だけど、会いたいと思う気持ちが溢れてきて、そう望むくらい許されるよねと自分で自分を言い聞かせる。


「……倉主さんはどんな人なんだろう、もっと知りたいな……」


あの時、素直に言えなかった思いを吐き出すように部屋で一人呟いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ