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8話 化物と一般人の生活初日

 夢現図書館から現実に戻ってきて、起きると宿屋のベッドの上。


 部屋は狭いが、カーテンが付いていて、部屋は清潔で、水回りも許容範囲だ。


 残金と相談だが、暫くここで過ごすか。


 というか、やっぱり睡眠不足は身体に悪いな。計画的に夢現図書館を使わないと身体を壊しそうだ。


 それは置いておいて、


(桜ちゃん、起きてるか?)


(起きてるよ〜。どうかした?)


(ずっと寝てないけど、大丈夫か?)


(大丈夫だよ。なんか眠くならないんだよね)


(身体を失って睡眠が必要なくなったのか、興奮して眠れないのか……)


(理由は分からないけど、どっちにしろカイトくんが起きている時間は仕事で寝られないでしょ?)


(悪いな。もし寝たかったら、俺の寝ている時間に頼む)


(おっけー!)


(あ、そうだ。タブレットとイヤホンを使ってみな)


(どうだ?見聞きできるか?)


(ちょっと待ってね……おぉ〜視界良好!環境音もバッチリ聞こえてるよー!)


(んじゃ、それは好きに使ってくれ)


(了解!)


 今日は服。服だ。


 兎にも角にも、服を買いに行きたい。


 服のデザインやお洒落には興味ないが、このボロボロの服では無駄に人から悪印象を抱かれる。


 最低限の身嗜みと清潔さは人付き合いで重要だ。


 その次に行きたいのは、本屋か図書館。


 この町にはどの程度本が普及しているのだろうか?


 洞窟にあった本では、学術書が写本。一般向け図書が活版本だった。


 活版印刷の技術があれば庶民でも手に入るだろうし、本屋や図書館にも期待できるな。


 何しろ、この国の常識や世界情勢など知りたい事が多すぎる。それを知らないと、自分の身の振り方を決められない。


 それに、クラプル語の発音も知りたい。人から教わるとしても文字と紐付けられる教科書を用意するべきだろう。


 なので、服屋の次に本屋か図書館に行こう。


 そんな予定を決めて部屋を出る。


 部屋の鍵を受付に預けるついでに、連泊のためのお金を事前に払っておく。


 店を探すとしたら、大通りが最も効率良い。


 何故なら、この町は中心を貫く大通りに人が集まるようになっていて、商店街のように店が道路の両側に建ち並んでいるからだ。


 宿のある閑静な小道を進んで大通りに出ると、人の往来の多さとその騒がしさに圧倒される。


 この人の波に突っ込むのは億劫だが、やるしかない。しらみ潰しに見ていこう。


(お〜!これが異世界の街並み!西洋風で統一感のある綺麗な町だねぇ……人が多くてよく見えてないけど)


 そういえば桜ちゃんがまともにこの世界の光景を見るのは初か。


(この人の多さって、テレビで見た通勤ラッシュみたいだね)


(本当に通勤ラッシュだと思うぞ、時間帯的にもな。通行人の服装を見てみ)


(ん〜?キッチリした服装と冒険者っぽい服装の人が入り混じってる?)


 領主がスーツやネクタイなど現代紳士服セットを着ていたから、フォーマルな服としてそれらが流通していることは知っていた。


 しかし、現代人からすると異様な光景だ。


(異世界でも定時に出社して仕事をする人間が必要ということか)


(なんかゲンナリするね……)


(冒険者っぽい格好の人は、何を仕事にしているんだろ?)


(この町は魔物から国を守る最前線だから、町を防衛したり魔物を間引いたりとかだと思うが)


(へ〜。あっ!魔法使いっぽい人がいるよ!画面越しだけど、本当にファンタジーなんだなぁ)


 最近まで現実味が無いほど平穏に生きていた桜ちゃんも同じくらいファンタジーだけど。


(あっ、見て!あのお店、行列ができてる!)


(あれは……パン屋か。出勤途中で昼食を買っていく人が多いんだろうな)


 店から離れているのにパンの良い匂いが食欲を刺激する。


(あっ!あの店、何の店なのかな?)


(あれは……)





 と、そんな感じで、店を確認しながら歩いていると、大きな飲食店の間に間口の狭い服屋を発見。


「$€&々※¥〜」


 奥から店員の声で、いらっしゃいませと言っている雰囲気。


 間口は狭いが中は案外広い。


 ……広いが、信じられない量の服が乱雑に重ねて置かれていて、客が動ける範囲は狭い。


 中央に置かれた籠の中身を見てみると、


 子供サイズの服から大人サイズの服。Tシャツからコート。ズボンからスカート。全て雑然と入っている。


 商品を綺麗に並べない工夫で安くしているのだろう。


 だが、それにしても種類が多い。


 ドレスやコルセット、ジーンズやTシャツ、靴下や帽子まで自由な発想で作られた服が置いてある。


 素材が異なっていても、デザインは間違いなくそれだ。


 籠の浅い部分はそんな感じだが、籠の底を漁ると、地球で見たことのない奇抜なデザインの服が多数埋まっていた。


 着る方法も分からないような服ばかりで売れない理由は推して知るべし。


 しっかし、デザインの種類が多すぎて選ぶのがダルい。


 桜ちゃんに任せてみるか。


(桜ちゃん、見てるか?)


(うん。変なデザインの服が色々あって面白いね)


(服を買おうと思うんだが、桜ちゃんが選んでくれないか?)


(えっ、私のセンスでいいの?)


(もちろん)


(それじゃあ、俺が服の山を掻き分けるから、俺に似合いそうなのがあったら言ってくれ)


(おっけー!)


 俺が服の山を掻き分けると、幾つか気に入ったのがあったようで、それをピックアップした。


(期待通りの無難さと白さだな)


(……なんかそう言われるとムカつくね)


(少しくらい奇抜なもの選んだ方が良かったかなぁ。でも、私のセンスじゃないし……)


 鏡の前でその服を合わせて確認してみる。


(私が選んだその白色のTシャツと薄いコート!格好良くない?)


 格好良いか?


 まぁ、悪目立ちせず似合ってるなら文句はない。


(ありがとな)


(何かあったらまた呼んでね!)


 うーん、まだ桜ちゃんの言葉の節々から緊張が伝わってくる。


 俺としては、この関係に早く慣れて欲しいが……


 まぁ、それは置いておいて、


 ズボンと下着はサイズが合わないと不快なので自分で選ぶか。


 選んだ服をカウンターまで持っていくと、微かに奥から機織りの音が聞こえてくる。


 ガシャンガシャンと音を立てて、服を生産していた。力織機か。


 力織機があるなら、工場で大量生産していてもおかしくない。


 まぁ、今は会計だな。店員に値段を聞いて、金を払って取引成立。


 買ったものを試着室で着てから店を出る。


 次は、本を探したいが……


 本を買うお金は節約したいし、本を置く場所もない。


 なので、本屋ではなく図書館を優先して探そう。


 服屋に辿り着く前、服屋を探すと同時に図書館を探していたが発見できなかった。


 図書館を大通りに設置するより、店を持ちたい人に貸した方が利益になるだろうから、あまり期待はしていなかったが。


 ……不本意だが、誰かにその場所を尋ねるか。探すだけで日が暮れる可能性があるし。


 大通りに人は多いが、人の流れがあって、道の真ん中で止まって話すことはできそうもない。


 場所を変えよう。

 

 大通りから離れて、噴水のある広場に移動。待ち合わせしている人を狙う作戦だ。


 よし到着。


 さて、誰に声を掛けようか。


 歩きながらその広場を見渡すと、存在感のある1人の青年に目を奪われた。


 うわぁ……人当たりが良さそうなイケメンだ。


 髪型を整えて、服装もピシッと決まっていて、表情も明るく、人に好印象を与えている。


(うわぁ!すっごいイケメン!身長も高いしアイドルじゃん)


 桜ちゃんも大興奮。


 素材が良いのは当然だが、これだけ外見を整えているということは、デートの待ち合わせでもしているのだろうか。


(彼女いるのかな?)


(どうだろう)


 どちらにしろ、優しそうなこのイケメンに声を掛けて間違いないだろう。


『こんにちは。ちょっと聞きたいことがあるんだが、今時間貰っていいか?』


『ああ、勿論だ。なんでも聞いてくれ!』


 にこやかで、自信に満ち溢れた笑み。


 声を掛けられることを知っていたかのように、スムーズに受け答えをされてしまった。


 人当たりが良さそうな雰囲気を裏切らず、人を不快にさせないことに特化した仕草と言動。


 コミュニケーションの手本か?


『ありがとう。知りたいのは図書館と本屋の場所なんだが……』


『図書館と本屋だね。少し時間を貰うよ』


 そう言うと、彼は背負っているバッグからペンと紙を出して、地図を描き始めた。


『ここが現在地点で……この角を右に曲がって……』


 対応が非常に丁寧で助かるが……周囲の視線が痛いな。


 この周囲にいる全員がこっちに注目している。というか、大多数の人から睨み付けられている。


 まぁ、理由は大方察せるが。


『……この交差点を左に曲がった右手にあるこの建物が図書館だ』


『本屋は複数あるんだが、特にオススメなのがこの店で、安く珍しい本が買える穴場の本屋だ』


『全ての本屋に行けるように、地図を書いておくから参考にしてくれ』


『あっ、クラプル語で書いてしまったが、記号とかに直した方が分かり易いか?』


『いや、文字は読めるから問題ない』


『というか、悪いね。丁寧な説明に加えて、地図まで貰ってしまって』


『困っている人を助けるのは当たり前だから、気にするな!』


『何か他にも困ったことがあれば、いつでも頼ってくれ!』


 遠くから人を呼ぶ声が聞こえる。振り向くと冒険者然とした格好をした3人組がこっちに手を振っている。


『今日の仕事仲間が呼んでいるので、ここで失礼』


 終始笑顔のまま去っていった。


(忙しない様子だったけど、とっても良い人だったね。イケメンだし。高身長だし。イケメンだし)


(良い人なのは間違いないが……あれが彼の平常じゃないよな?流石に)


(何かの記念日とか、祝い事とか、そんな理由だと思うよ。服装とか髪型とか整えてるし)


 それでも初対面の怪しい人間相手にあれだけ気を遣って話すのは、かなり異常だが。


 面白い人ではあったし、ここに滞在している間は注目しておくか。


 注目しなくても目に入りそうな存在感だけど。


 それは兎も角、図書館の位置を把握できたので行こう。


 小道を何度も曲がって到着。


 庭付きの家ばかりの閑静な住宅街の中に、ひっそりと存在しているこの建物が図書館らしいが……民家にしか見えないほど周囲に溶け込んでいる。


 まるで図書館らしさがなく、地図が無ければ確実に見逃していた。


(これが図書館?)


(地図によると、そうらしい)


(こっちの図書館とはえらい違いだねぇ)


(肉体労働者が多いから、本の需要が低いのかもな)


『お邪魔します』


 そう言いながらドアを開けると、カランカランとドアベルが鳴り入店を告げる。


 中に入ると、入口の側に無人のカウンター。木の机の上には鉛筆と入退室を管理する紙が置いてある。


 図書館の管理人は不在なのだろうか。


 というか、この建物は本当に図書館と言えるのか?


 視線を建物の奥に向けると、壁沿いに幾つか本棚が見えるが、冊数は大して多くない。


 目を凝らすと、本棚の棚板の部分に手書きのポップアップがくっついている。遠くて文字は読めないが、本を紹介しているのだろう。


 部屋の中央にテーブルと椅子が幾つかあるが、そのデザインは家庭的で、図書館のイメージとは離れている。


(これって本当に図書館?漫画喫茶か個人経営のカフェじゃないの?)


(今のところカフェにしか見えないな)


(……というか、ずっと気を張ってこっちに反応する必要ないからな)


(用があればこっちから声を掛けるから、それまで好きに過ごしてくれ)


 まだ給料を出していないので、今は読書しかする事ないだろうけど。


(そ、そう?気を張ってるつもりは無かったけど、言われてみればうるさかったかも)


(で、でもお喋りはしたいなぁ……なんて言ってみたり)


(暇な時であれば構わない。俺も桜ちゃんとは友人として仲良くやっていきたいし)


(私も仲良くしたい!だから、私もこの状況に慣れるために頑張る!)


 状況が特殊だし、俺の一挙手一投足が気になってしまうのは仕方ない。


 だが、そんな緊張状態でいられても、互いに擦り減らすだけ。


(早く慣れると良いな)


(うん!)


 そんな余談をしながら入口のカウンターの前で少し待っていたが、人が奥から出てくる気配が無い。


 いっそ大声で誰かいるか聞いてみようか。


 と、一瞬考えたが、図書館で大声を出すのは憚られる。


 自分の足で誰かいないか探そう。


 奥まで進むと本棚の影に隠れていた階段を見つけた。


 もしかしたら上の階に誰か居るのかもしれない。


 そう考え2階に上がると、人がギリギリ通れる幅だけ残して、ギッシリと本棚と本が敷き詰められていた。


 やっぱりこの光景が図書館だよなぁ。と、思わず頷いてしまう。


 誰かが本を出し入れしている音が聞こえてくる。やっぱり俺に気付かなかったのか。


 体を横に向けてカニ歩きで本棚の間を進んで奥に行き着くと、そこには集中して本の整理に勤しむ小柄な男性がいた。


『こんにちは。集中しているところ悪いんだが、ちょっと良いか?』


 驚かせないように、小さい声で声を掛けると、


「\$;‘!!」


 彼の身体はビクッと跳ねて、持っていた厚い本を落とした。


 そして、その本は彼の無防備な足先に落ちて、


「\$_€|“\%!!!!!!」


 うわ……痛そう。 


 利用者が来ることを想定していると思っていたが……予想外に驚かれてしまった。


 叫んだ後に爪先を手で包んで蹲り転がっている。あっ、本棚にぶつかった。


 揺れる本棚から本が落ちてきそうだったので、本を手で押さえる。


『すまない。立てそうか?』


『うぅ……だ、大丈夫であります……』


 そう言って彼は無理に立ち上がろうとするが、足に力が入っておらず、足が縺れて立ち上がれない。


 これは思ったよりもずっと重症かもしれない。


『患部を見せてみな』


『はいであります』


 靴下を脱ぐと、足の爪先が赤く腫れて、内出血していた。下手をすれば折れているかもしれない。


 ジジイのやり方を真似しよう。


 彼の患部に手を当てて魔素を流し、傷が治るメカニズムを具体的にイメージすると、その患部の腫れは収まった。


『おお!魔素での治療が素晴らしく上手でありますね。お医者様でございましたか』


 この治療方法で間違いないのなら良かった。


 医者ではないが、領主には医者と言っているので、それで通すか。


『まぁ、そのような者だ。さっきは悪かったな、驚かせて』


『いえいえ!こちらこそ人が来るとは思いもせず油断しておりまして、情けない限りであります』


『君はこの図書館の司書でいいのか?』


『その通りであります!先程の治療は誠にありがとうございました』


『受付が居なかったから勝手に入ったが……この図書館は開館しているということでいいんだよな?』


 その言葉に司書は頷いて、


『申し訳ないであります』と言いながら、頭をペコペコと下げる。


『わたくし集中すると他の事が頭に入らない性分でして……あはは』


『それにしても、地元の人すら殆ど存在を知らないのに、よくここを見つけられたでありますね?』


『親切なイケメンに教えてもらったんだ』


『イケメン?あぁ……納得したであります』


 やっぱり有名人なのか、あのイケメン。


『それで、この図書館に何の御用でありますか?』


『クラプル語を勉強しにきた』


 そう言った瞬間、先程までの眠そうな目から一転し、見開いた鋭い目つきでこちらを注視している。


『なんと……!なんとなんと!』


 彼は驚いた表情を見せた後、自分の感情が表に出ていたことに気付き、感情を落ち着けるために何度も深呼吸を重ねる。


『……ふぅ。以心伝心でも事足りるのに、どうして、この国の言葉を学ぼうと思ったのでありますか?』


『事足りないと思っているからだ。細かいニュアンスとか、独特の言い回しとか……違う言語で話していれば、誤解される可能では高い』


『それに、同じ言語を喋れないというだけで人は一定以上親しくなれない。意思疎通できても、壁は必ず生まれてしまう』


『言語を知らないと、聞き耳を立てられないのもキツイな。世間話にこそ重要な話が多いから。特に余所者にとっては』


『最後に……』


 司書は『最後に……?』と反復する。


『個人的に言語を学ぶのが好きだ。細かい諺や慣用句、文法の中にさえ、その土地の文化や風習をよく知る手掛かりが詰まっている。それらを知るのが面白いな』


『おぉ……!まさか、真剣に言語について考えて下さる方が私達以外にいらっしゃったとは……!』


『どんな国に行っても、他の国の言語なんて使わないから要らないと突っぱねられて、辺境の図書館に飛ばされ、知識本の翻訳だけをさせられる毎日。そんな中にも言語の奥深さや面白さを知る御仁がいらっしゃって、わたくし、感無量であります……!』


『ええ!教えます!なんでも教えるし、付き合うでありますよ!一緒に勉強するであります!』


 どうやら、今の話が彼の琴線に触れたらしい。


 俺の手を握って嬉しそうにブンブンと振り回しながら、言語の素晴らしさについて長々と語り出した。


 暫くして落ち着いた頃、


『あ……申し訳ないであります。恥ずかしながら言語の話になると抑えられなくなる癖がありまして……』


 ……恥ずかしいか?


『いや、熱意を感じたし、言語学の面白さが伝わる興味深い内容だった。抑える必要はないと思うが』


 今の言葉に司書は考え込んで、


『……そうでありますね』


『いやはや、故郷にいる時はもっと自己表現をしていたのでありますが……郷に入ると、郷に従ってしまうのでしょうか』


 少し寂しそうにそう呟く。


 というか、クラプル語の勉強をしたいと言っただけなのに、いつの間にか彼に教わることになっていた。


 とても助かる。


『クラプル語の教科書ってどこにあるか教えてもらっていいか?』


『勿論であります!こちらへどうぞ!』


 そう言って、司書は本棚から迷いのない手つきで本を取り出していく。


 幾つかの本を手で抱え、1階のテーブルまで俺を案内した。


『よいしょ……っと。では一緒に勉強するであります!』


『よろしくな』


 教科書を開いて、一から教えてもらう。


『早速だが、この文字はどう発音するんだ?』


『この文字はですね……舌を巻きながら、口を横に広げて……声は喉を鳴らしつつ……』





 授業が始まってから2時間が経った頃か。


『ふぅ……そろそろ、休憩するでありますか?』


 まだ授業を続ける気があるとは。


『いや、今日はもう終わりにしよう』

 

『……?あっ、初日ですし、この辺りで終わりにした方が良いでありますね』


『それもあるが……今日は仕事を中断して俺の勉強に付き合ってくれてありがとう』


 これに関しては、本当にありがたい。


 発声に関しては1人で教科書を睨みながら勉強するより、相手がいた方が何十倍も効率が良い。


 特にクラプル語は類を見ないほど発音が複雑で、1人で勉強していたらどれだけ苦戦したことか。


『いえいえ、同好の士のお願いとあらば、なんのそのでありますよ』


『無償で、というわけにはいかないだろう。教えてもらう時間分労働するよ』


 金銭で解決しても良いが……


 この場合、より平等なのは、同じ時間相手のために使う事だろう。


『何か困っている事はないか?』


『あー……利用者が少ないのが困り事ではありますね』


『領主様から公的な資金を頂戴して、町民の皆様に知識を提供する目的でこの図書館が設置されたでありますが、今の利用者数ですと、運営資金をいただけない可能性がありましてですね』


『それなら、この後の時間で相談に乗るぞ』


『ありがたいであります!』


『じゃ、早速だが、この図書館の問題点は何だ?』


『えっと……存在を知られていない事であります』


『公的に認められている施設なら、役所が何か広告を出しているんじゃないか?』


『ええ。街の掲示板にわたくしが描いたポスターを貼らせて頂いているのですが、どうにも効果がないようでして……』


『熱く語っていた言語学の面白さ。それを前面に押し出したポスターを描けば、言語学に興味がある人が来てくれるんじゃないか?』


『わたくしもそう考えて、そのようなポスターを描いたのですが……』


『他の言語と触れる機会がないと、言語学を学ぶ意義も面白さも感じないのでありましょうか……』


 『やはり、あれがないと……』と小声で漏らす。


 あれとは。


『あれってなんだ?』


『あれ!?あれぇ……ってなんでございましょうか!?あれはあれですよ!ええ』


 尋ねた途端に狼狽して露骨に焦っている。


『だから!自分の趣味に走るのではなく、別のアプローチを考えなくては、と思っているのですが、どうにも思い浮かばず』


 話を本筋に戻そうとしている。


『心配しなくても無理矢理言わせる気はないよ。それで関係が悪化するとか馬鹿らしい』


『そ、そうでありますか……』


 と、言って、彼は胸を撫で下ろす。


『そういう事なら、別の方法を考えるか』


『まずは、この建物に看板を付けよう』


『?』


『この図書館を探す時に思ったんだが、そもそもここを見つけるのが難しいんだよな』


『図書館の場所は変えられないとしても、一目で図書館だと分からないから、地図があっても不安になる』


『ポスターを見て来てくれたとしても、これじゃ入る気が失せるぞ』


『なるほどであります』


『だから、一緒に作ろう。看板を』


『手伝って頂けるのでありますか?』


『当然だろ。教えてくれた時間分労働するって言ったし』


『それに、本の魅力を知る人が増えるのは俺としても単純に嬉しい』





 という事で、2時間きっちりと看板作成作業を進めた。


『んじゃ、今日はここまで。続きは明日で良いか?』


『はいであります!明日は朝9時からの授業で良いでありますか?』


『じゃあ明日は朝9時に来るよ。それじゃ、また明日な』


『明日もよろしくであります!』


 別れの挨拶を交わして図書館を出る。


 空を見上げると、まだ夕方にもならない時間帯で何もせずに寝るには早い。


 今日はこの後どうするか。


 クラプル語を話せるようになるまでは、行動範囲を広げたくないし。


 会話をする為に1ステップ必要なのが中々にキツい。


 クラプル語を習得した後の目標を考える時間を取るか。


 と、そんな訳で、日が出ている内に屋台で適当な食事を買い込んで宿屋に帰る。

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