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9話 化物と司書の集客会議


 宿屋で寝た後、いつものように夢現図書館へと向かう。


 相変わらず途方もない冊数を抱える図書館だ。


 ここに桜ちゃんがいると思ったんだが……


 外周を歩いて探してみる。


 ……あ、いた。


 入口から丁度見えない位置にある卓上で、熱心に本を睨み付けている。


「何読んでるんだ?」


 真剣に本を読んでいる桜ちゃんの後ろから声を掛ける。


「うひゃあ!」


「驚きすぎだろ」


「そ、そりゃ本読んでる時に声掛けられたら驚くよ」


「何を読んでいるのか知られたくなかったのか?それなら謝るが……」


「そういう理由じゃないんだけど……」


「ん?これって……ビジネス書か」


 『ビジネスJKのスーパー集客術』って……あぁ、なるほど。


「ずっと覗いてたのか」


「い、いやぁ……どうしても気になっちゃって」


 桜ちゃんは気まずそうに目を逸らす。


「でも、これも仕事の内だし」


「真面目なのは結構だが……」


 「息抜きも覚えてくれ」という言葉を飲み込む。


 言っても今は効果がないだろうな。


 俺は桜ちゃんについて深く知っているが、彼女からしてみれば、俺は得体の知れない人間だ。


 桜ちゃんは内弁慶な性格なので、慣れれば自然体で接する事ができるだろう。


 何度も話し合って少しずつ信頼関係を構築するしかない。


「そうだ。桜ちゃん手を出して」


「ん?」


「今日の分の給料を渡しておくよ」


「お願いします!」


 手を繋いで、そこから自分の魔素を渡す。


 まぁ、こんなものかな。


「使う方法分かるか?」


「うーん……うん?」


「難しいかも。どうやるの?」


「魔素が体のどこにあるか感じ取れるか?」


「今は……頭の中だね」


 地球出身だからか、身体がないからか、魔素を感じる力は高いな。


「飲食物とか筆記用具とか、今欲しいものを単純に思い浮かべて」


「うん」


「魔素の残量には注意しろよ。残量以上の物を出そうとすると頭痛がするからな」


 ここは夢現図書館の中なので、魔法として出力する際の面倒な手順は必要はない。


 数秒もしない内に、目の前の机の上にコーラとポテチが出てきた。


「すごいすごい!」


 桜ちゃんは自分が魔法を使えたことに飛び上がって喜ぶ。


「ねぇ、食べてもいい?」


「ああ、もちろん」


「う〜ん!やっぱりカロリーの高いものは美味しいね!」


「それに、コーラも甘くて脳が痺れる!」


「生命維持に食事も睡眠も必要ないだろうけど、いつか身体を得た時のために、生理的欲求は忘れないようにしておけよ」


「うん!久しぶりに食事したけど、食事ってこんなに楽しかったんだね」


「今すごい調子良いかも。永遠に食べていたい気分だよ」


 そう言いながら目の前の袋を抱えて、次々にポテチを口に押し込んでいる。


 人間の生活サイクルを保つことで、精神にも良い影響があるのかもしれない。


「ほどほどにしておけよ」


 今の桜ちゃんの魔素量だと、これ以上飲食物は出せないだろうから放っておくか。


 俺は、今日読んだばかりの発音本が図書館に追加されているので、それを使って復習しておこう。





 何時間か経った頃。


 長時間の発声で喉が限界を迎えていたので、適当に喉飴と水を出して休憩していたら桜ちゃんがやってきた。


「練習終わった?」


「ああ、水飲むか?」


「ありがとう」


 同じ机に椅子を並べてちょっと休憩。


 茶菓子とお茶を出して俺が話を切り出す。


「相談したい事があるんだけど良いか?」


「うん、もちろん!」


「こっちの言葉で会話できるようになるまで大人しくするのは決定事項なんだが、その後の身の立て方について迷っていてな」


「あれ?医者になるものだと思ってたけど」


「医者か。まぁ、医者だよなぁ……」


「あれ?医者は嫌なの?」


「嫌ではないが、暫くの間生業にするなら熟考した方が良いと思ってな。後で後悔したくないし」


「何で悩むの?お医者さんになるのってすごくない?」


「まぁ、社会的には尊敬される仕事だよな」


「でも、それは決断する時の一要素に過ぎない」


「そうなの?」


「どれだけ他の人から尊敬されても、その仕事が大嫌いで毎日憂鬱になりながら過ごしていたら不幸だろ?」


「うん」


「そんな人生が終わる時、桜ちゃんならどう感じる?」


「私が今までやってきたことって何だったんだろう。って虚しくなる……かも」


「その虚しさを乗り越えるには生きる意味を見出すしかないんだけど、これが難しい」


「生きる意味が大事なの?」


「大事なのはそうなんだが……桜ちゃんの生きる意味って何?」


「…………」


 そう問うと、桜ちゃんは考え込んで、暫く黙ってしまう。


「……何もない。私はなんで頑張って生きようとしているんだろう。自由な身体を手に入れて何がしたいの。何かを成し遂げたとしてもそれは数千年、数万年の時が経てば痕跡すら残らないのに」


 頭を抱えて苦しむ桜ちゃん。


「こんな感じで、自分の中に絶対的な価値観がない状態で生きる意味を考えると、人は余計に無気力になって、消えたくなる」


「考えれば考えるほど心が空っぽになっていくような感じがするんだけど、何とかならないのこれ!?」


「だから、今は考えなくていい。いつか生きる意味を見出せるようになるまでは」


 そう言うと、少し落ち着いたようだ。


「どうすれば生きる意味を見つけられるの?」


「俺にも分からん」


「自分で考えろって言うのも味気ないし、何か教えられたらいいんだけど……」


「他人に教えられるほどの人生経験がないんだよな。悪い。俺の力不足だ」


「そっか……それなら私は私で探してみる。そっちも何か分かったら教えてね?」


「勿論。話を戻そう」


「俺は医者を尊敬しているが、医者という職業に生きる意味を見出したり、没頭するほど好きにはなれない」


 それはもう、俺の心の動きがそうなのだから否定のしようがない。


 医者という仕事に心底納得していて、人の病気や怪我を治した時に自分も嬉しくなってやりがいを感じる。


 そんな人なら医者という生き方が生きる意味なのだと自信を持って言えるのだろうなと思う。


「ただ、俺のやりたいことに繋がるとか、メリットが大きいとかであれば、拒否するほどではない」


「カイトくんは変な人に会いたいんだっけ?」


「ああ」


「それならお医者さんって色んな患者さんに会うし、そのチャンスが増えるでしょ」


「それに、他の人の怪我を治せるのって凄いし、どこに行っても歓迎されるんじゃない?」


「それはそうだな。医者という立場を使って領主と面会できた実績もある」


「それに、この町で医者として認識されているし、今更名乗る立場を変えても面倒か」


「そうそう。この町だけでもお医者さんやってみたら?」


「随分と医者を推すんだな」


「海斗くんと私は一蓮托生でしょ?できれば安全な仕事をして欲しいよ」


「まぁ、そうか」


「……よし、決めた。医者をやってみよう」


 治療して、感謝されて、嬉しいと感じる。その感覚を知って損はないだろう。

 

「良かった良かった。それで、話は以上?」


「いや、今のは前座。真打の相談はここからだ」


「この環境に慣れてないのにこんな事を言うのもアレなんだが……」


「桜ちゃん。アルバイトをしてみないか?」


「アルバイト?」


「ああ、端的に言えば翻訳の仕事をやってみないか?という誘いだ」


「それって……やるべき仕事が増えるってこと?」


「いや、これは前の契約を反故にするという話ではないから、基本的には読書と会話で問題はない」


「ただ、もっと生活水準を上げたいなら、翻訳の仕事の成果に応じて歩合制で更に魔素を渡すという話だ」


 本の翻訳は夢現図書館の力を以ってしてもできなかった。


 文脈から多義語の意味を限定したり、細かいニュアンスを翻訳したりするのは難しいらしい。


「強制じゃないなら全然OKだけど……そもそもなんで翻訳が必要なの?」


「どんな時代、どんな世界であっても情報に価値があるというのは知っているだろ?」


「それはもちろん。情報化社会で生きてたしね。情報の力は身に沁みてるよ」


「それを踏まえて周りを見てみな」


「我々はこの圧倒的な量の知識を持っている」


「うん?……ああ!そっか!この本を現実世界に持ち出すってことね」


「そういう事だ。これを翻訳して町の人々に提供すれば計り知れない利益が得られるだろう」


「持ち出す知識を選ぶ必要はあるが、それでも使わない手は無い」


「確かにそうだね」

 

「まぁ、翻訳の大部分は俺がやるから、そこまで負担にはならないと思う」


「取り敢えず、今から日本語とクラプル語の対応表を作るから、それ見て勉強してくれ」


 勉強と言った途端に桜ちゃんは机に突っ伏してしまった。


「勉強……私の嫌いな言葉です」


「学習って言った方が良いか?」


「やる事変わんないし……」


 桜ちゃんは机に突っ伏したままイヤイヤと顔を振る。


「さっきまで自分からビジネス書を開いていた人間とは思えない発言だ」


「あっ……そうか、言われてみればあれも勉強じゃん」


「何歳になっても、魂だけになっても、外界と接していれば刺激からは逃れられない」


「だが、それを吸収するのか、受け流すのかは選べるだろ?」


「俺は吸収する方が得だと思う。だから日常で得た学びは大切にする」


 自分の好きなコンテンツに関しては皆労せずに自然と学ぶのだから、学び自体に忌避は無いはずだ。


「正論パンチで吹っ飛びそう」


「それじゃ俺は日本語とクラプル語の対応表作るから、終わったら手渡すよ。それまではご自由に」


「はーい」


 発音は奇天烈だが、文字自体はそこまで難しくない。


 さっさと作ろう。





 よし、完成。桜ちゃんに渡しに行くか。


「よっす。できたぞ」


「うん……後で勉強するから置いておいてね」


「じゃ、俺もう寝るから」


「うん」


 俺の声かけに対する反応が鈍い。何やら熱心に漫画を読んでいる様子。


 邪魔するのも悪いし、静かに図書館から出て適当に寝る。





 朝日が眩しい。


 そういえば、本当にあっちの本を現実に持ち出せるのかやってなかったな。


 今のうちに試しておこう。


 取り出す本は……『ビジネスJKのスーパー集客術』で良いか。


 その本のことを意識しながら消費する魔素量を決める。


 使い慣れた火魔法の1/10の魔素量にしてみよう。


 そうすると、目の前に『ビジネスJKのスーパー集客術』が現れた。


 予想通り簡単に作り出せた。


 本を開いて内容を見てみたが、夢現図書館のものと全く変わらなかった。


 身支度を整えながら待っていると、本を出してから10分後、形を保てず霧散した。


 この魔素量だと少なすぎたか。人に渡すときは最低でも1ヶ月は保ってくれないと困る。


 その辺は後で試しながら調節しよう。


 今日も司書との勉強会があるから、そんなにゆっくりはしていられない。


 本日の大通りも人で溢れている。朝食を買うのも一苦労だ。


 明日から集合時間ずらそうかな。


 そんな事を考えながら昨日の道を辿って図書館到着。鈴の鳴るドアを開けて、


「お邪魔します」


 あ、無意識に言ってしまった。


 やっぱり外観の家っぽさは要改善だ。図書館だと知っていても、その気分にならない。


 ドタドタと足音が聞こえて、司書が来た。


『あっ!おはようございます!本日も宜しくお願いするであります!』


『こちらこそ、宜しくな』


『そういえば、互いに自己紹介をしていなかったな。俺はカイトだ』


 図書館利用者と司書という関係を超えた人格的な関係を築くなら、多少はパーソナルスペースに踏み込む必要がある。


『私はホワイト・ウィッチと申します!カイト様とは今後とも長いお付き合いを……』


『様付けしなくて良いよ、そんな年齢離れてないだろうし。楽に行こうぜ、ホワイトくん』


 互いに様付け、さん付けでも良いが……友達感覚で付き合いたいから”くん”付けしておこう。


『三十路を過ぎても人付き合いが苦手な未熟者でありますが、それでも良ければこちらこそであります!カイトくん!』


 そんなに年上だったとは。童顔で10代後半に見える。


 ホワイトくんが俺の年齢を見抜いているのかどうか分からないが、まぁ、いっか。


 どんな年齢同士でも、横の関係性を作っていくなら平等であった方が良い。


『早速だが、発音の練習を宜しく頼むよ』


『了解であります!』


 昨日は熱意があり余っていて、距離感が変になっていたので少し心配していた。


 だが、今日は最初に自己紹介をしたからか、ホワイトくんは落ち着いて授業をしてくれている。


 今日は互いに距離感を掴んで和やかな雰囲気で授業を受けることができた。


『よし、今日はここまで。昼休憩をしたら、看板作成の続きな』


『はいであります!』


 互いに朝買ってきた昼食を取り出して食事をする。


 折角一緒に食事をしているし、ホワイトくんと雑談でもするか。


『それにしても本当に人が来ないな。今日開館してから1人も来館してないが、これは普段からそうなのか?』


『そうでありますね。昨日も少し話したでありますが……』


『元々わたくしがこの町に来た時、領主様に大量の写本を献上して、その対価として暫くの生活保障と図書館管理人の地位を戴きました』


『私共の至上命令はその土地の言語と文化を収集することですので、この街の公共図書を管理する立場になれたことは良かったのですが……経営についてはサッパリでして』


 そう言いつつ、バツが悪そうに顔を背ける。


『利用者を増やせと急かされているというのが近況であります』


『なるほどね。じゃあ頑張って人を集めるしかないな』


『わたくしも気合を入れて頑張るであります!』


 昼食を食べ終わったので看板作成に入る。


『今日は看板のデザインと色付けで完成までやろう』


『はいであります!』


 ホワイトくんが買ってきた塗料を使ってデザインをしていく。


 最も重要なのは、図書館であることを識字者に伝えることなので、看板の中央に大きく”図書館”の文字。


 そして、周囲に本の絵を散りばめて、図書館であることを強調しておく。


『よし、完成だな』


『おぉ!こんなに素晴らしいデザインになるとは!本当にありがたいであります!』


 そんな絶賛するほどではないが、町で悪目立ちしない最低限の出来栄えではある。


『でも、わたくしに画力が無いばかりに全て任せてしまって、申し訳ないであります』


『雑用はそっちに任せたし、役割分担だな。できる事をやれば良いよ』


『取り付けはどうする?』


『魔法を使えば1人でやれますので、カイトくんは先にお帰り下さい!』


『そっか。じゃあ今日はお疲れ様。また明日来るから、その時に次どうするか考えよう』


『はい!お疲れ様であります!』


 今日も昨日と同じく、適当に食糧を買って宿に戻る。


 そして、向こうでクラプル語の反復練習をして桜ちゃんの様子を見る。


 机に伏して寝ているようだ。机の上には鉛筆と紙で、どうやらクラプル語の練習をしていたらしい。


 また、同じ机の上には少年漫画が積み上げられている。


「ん〜?カイトくん?」


 物音で起こしてしまったらしい。


「起こすつもりはなかったんだが……寝るなら家に帰ったほうがいいんじゃないか?」


「あ〜……寝落ちしてた。そうする」


 桜ちゃんはあくびをしながら机の上の本を片付け始めた。


 それを見守りながら話しかける。


「桜ちゃん、最近少年漫画をよく読んでるよな」


 桜ちゃんの過去の記憶では、特定のジャンルの漫画を読んでいる印象はなかった。


 話題になっている漫画を、友達との話の種にできる程度に読むだけ。


「うん。少年漫画が他の本よりもちょっとだけ面白くて」


 普通であろうとする動機がなくなって、本来の人間性が少しずつ表出してきているのか。


 最初は、興味関心や趣味嗜好が偏らない異常さを評価して桜ちゃんを受け入れた。


 今は、それよりも人間的にどう成長していくのか見届ける方が面白いと思い始めている。


 自己理解が深まって、より普通の人間に近付くとしたら、それはそれで面白い。


「その漫画のどこが面白かった?」


「主人公が覚醒して敵をやっつけるところかな」


「登場人物だと誰が好き?」


「みんなキャラが立ってて好きだけど……強いて言うなら、主人公かな」


「って、急にどうしたの?」


「ただの雑談だ」


「ふ〜ん?」


 怪訝そうな顔をしてこちらを見てくる。


「他にも気に入った本があったら、その本の好きなところを教えてよ」


「良いけど……」


「片付けが終わったなら、家で寝な」


「うん。おやすみなさい」


 桜ちゃんは疑問符を浮かべながら帰っていった。


 俺も復習をさっさと終わらせて、早めに寝よう。


 次の日。


 いつも通りに図書館に向かう。


 住宅街の角を曲がって図書館のある方向を向くと、昨日作った看板がある。


 なるほど、これは凄いな。


 看板があるだけで、こうも図書館に入りやすくなるのか。不意に感動してしまった。


 しかし、人が集まればホワイトくんが授業に時間を割けなくなる。


 その前にクラプル語を習得する心構えでいなければ。


 と、より一層気合を入れて勉強をした。


 その後は昼食を食べつつ雑談しつつ、次の集客施策へ。


『わたくしはカイトくんのデザインを見て、掲示板のポスターを直したいと思ったであります』


『今思うと、どうしてあんなセンスないポスターを描いてしまったのか……忸怩たる思いであります』


『ポスターか……』


 不特定多数の人に見てもらえるというメリットはあるが、受動的過ぎる。


 この町は魔物から国を守る最前線だが、通勤者を見ている限り、フォーマルな格好をして仕事をする人も多い。


 頭脳労働者に絞ってマーケティングした方が効果は上がりそうだ。


『カイトくんは他に何か案があるでありますか?』


『ちょっと待ってくれ』


『はいであります』


 こういう時こそ桜ちゃんの出番だろ。


(調べてほしい本があるんだが……)


 ……


 あれ、反応なし?繋がっている感覚はあるんだが。


(う〜ん、もう食べられないよぉ)


 寝てるのか。というか夢までベタなのか。


(うぅ……やめてぇ……ほんとに、もう……吐きそう……ゔぇぇ)


 こいつ大丈夫か?


 まぁ、緊急じゃないし仕方ない。今回は寝かせてやるか。


 だが、実現可能という条件で思い付くのがチラシしかない。


『俺はチラシが良いと思うんだが、どうだ?』


『チラシでありますか……文字だけなら活版印刷でなんとかなりますが、デザインをするとなると厳しいと思うであります』


『そうか……』


 印刷して大量にチラシを作ることが難しいとすると、どうすべきか。


 あ。思い付いた。


『チラシって何度も見返すものじゃないよな?』


『はい?まぁ、そうでありますね……?』


『魔法でコピーするというのはどうだ?1週間形を保つことができれば充分だし、その程度だったら量産もできる』


『難しい魔法ですが、できるでありますか?』


『やって見せよう』


 今回は紙の組成や黒鉛の組成をイメージする必要はない。


 何故なら、紙っぽいものの上に同じ情報を載せる事ができれば、それで問題ないからだ。


 語学の授業で使った紙を目の前に置いて、それを見ながら、魔素を込めてコピーして見せた。


 本を複製する時よりも数段難しく魔素の消費も激しい。


 だから、最初は1枚ずつ丁寧に。何回かやると10枚まとめて作成することができるようになった。


『こんな感じでどうだ?』


『よくできるでありますね……』


『まぁ、こんなもんよ』


『それなら是非チラシを作りたいであります!』


『おっけー。それじゃ、内容を決めよう』


『内容に関して、知恵をお借りしても宜しいでありますか?』


『ああ、勿論』


『大通りからこの図書館までの道筋を示した地図は最低限として、頭脳労働者向けの本の紹介があると良いな』


『それに、飲み物1杯無料のサービスがあると足を運ぶ動機が増えると思うが、予算はあるか?』


『本を買う予算を回せば足りると思うであります』


『まぁ、その辺の裁量は任せるよ。内容に関してもホワイトくんの方が詳しく書けそうだし、俺は最終的なデザインとチラシ作りの仕事をするから』


『了解であります!』


『じゃあ今日は解散で、内容を考えてきてくれ』


『はい!では、また明日であります!』


『また明日な』


 いつもの食事を買って、宿に戻った後に寝て、夢現図書館へ。


 桜ちゃんを探してみるが、中々見つからない。


 丹念に探すと、机の陰に隠れて床で転がっているのが見えた。


「ぅ〜〜ん」


「何してんの?」


 と尋ねると、


 「うひゃっ!」と声を出して桜ちゃんは跳び起きた。


 前髪は跳ね上がって、服にはシワが付いている。


 その身嗜みを察してか、恥ずかしそうに前髪を弄っている。


「寝るなら家に帰ったらどうだ?」


「あ〜、いや〜……その、クラプル語の勉強をしてたんだけど、わかんないとこがあって」


 本人曰く、寝ていたのではなく、床に転がりながら考えていたようだ。


「そっち覗いても、今日は忙しそうだったし……」


 お昼までは時間あったけどね。桜ちゃんは知らないだろうが。


「どこが分からないんだ?」


「えっと、この文法なんだけど……」


 この時間は桜ちゃんの勉強に費やして、次の日。


 今日は実際にクラプル語を使って生活してみる。


「そこの余所者のあんちゃん!うちの串焼き買わないかい?安くて美味いよぉ!」


「……おい!無視すんな!言葉もわかんねぇのかぁ!」


 以前はノイズでしかなかった屋台の店主の客引きも、今では更に不快感をして聞こえるようになった。


 踵を返して屋台に戻る。


「オススメ、どれ?」


「おぉ……今の時期は猪肉がオススメだよぉ」


「いくら?」


「300ルクだよぉ」


「はい」


「毎度ありぃ……」


 まぁ、面と向かってくる奴はまだマシだ。


 言葉を理解できるようになってから町を歩くと、


 「あいつが例の浮浪者だっけ?」とか「偉そうな態度しやがって……」とか「あいつ不遜にもハイン様に取り入ろうとしたゴミ野郎でしょ?」とか聞こえてくる。


 俺が言葉を理解できない前提で彼らは陰口を叩いているんだろうが、本人に理解されたらただの悪口なんだよな。


 しかし、使える情報を得る為には耳を塞ぐことはできない。


 実際人々の声に耳を傾けると、


「さっき冒険者ギルドで聞いたんだが、もうすぐモンスターフローが起こるってよ」


「マジかよ!最近来たばっかりだろ……」


「しかも前よりも規模が大きくなるって」


「キツいな……ハイン様に頑張ってもらうしか……」


 という、面白い情報を得られた。どうやらモンスターフローという現象が起こるらしい。


 また、冒険者ギルドの近くで休憩していた時、


「俺たちが死にそうになりながら薬草取ってきたってゆ〜のによぉ〜、受付嬢がもうその依頼は取り下げたとか言うんだぜ!酷すぎだろ!」


「またかよ。それ言うの今日何回目だ?」


「まぁ、あの時は俺も焦ったけどな。結局依頼料はちゃんと手に入ったんだから良いだろ」


「つーか、冒険者っつっても結局都合の良い便利屋じゃねぇか!」


「しょうがねぇよ。結局俺らは底辺なんだから」


 と、中々世知辛い話も聞こえてきた。薬草の話は領主の娘関係だろうな。


 まぁ、そんな感じでリスニングはかなり鍛えられている。


 しかし、問題はスピーキングだ。


 図書館のドアを開けて、ホワイトくんと話す。


「こんに、ちは。よろしく」


 ホワイトくんは驚いた顔をしたが、すぐに状況を察して、


「こんにちはであります!カイトくん!」

 

 と返してくれた。やはりリスニングは問題ないな。


「今日。話す練習。やろう」


「はい!」


『まず主語と動詞を結ぶ助詞は……』


 以心伝心をオンオフしながら助詞を中心に学んでいった。


 なんとか助詞を使えるようになった段階でお昼休憩。


『チラシの進捗はどうだ?』


『完成したであります!』


『随分と早いね』


『実は徹夜で作業しまして……良いアイデアを頂いたので筆が乗ったのであります』


『じゃあ、内容見てもいいか?』


『はい!どうぞであります!』


 ホワイトくんは手の震えを抑え込んで、強張った表情でチラシを渡してくる。


 まず、チラシ全体を見て目立つのは何度も書き直した跡だ。


 消しても残ってしまう黒鉛の跡が、推敲の努力を表しているようで趣深い。


 それはそれとして、内容も悪くない。もっと簡潔に書くべき部分はあるが、文字のレイアウトを含めて俺が修正できる範囲だ。


『内容はこれで良いと思う。この図書館の魅力がしっかりと伝わる内容だし、書き直しは要らないかな。後は俺が細かい修正とデザインをやっておくよ』


 そう伝えると、


『ありがとうございます!』


 そう言いながら笑顔で小さくガッツポーズをした。


 かわいいねぇ。


『チラシを配る前に飲み物のサービスは確実に整えておきたいんだが、今どうなってる?』


『飲み物は蛇口付きの樽を購入してあるので、それで事足りると思うであります』


『準備が良いね』


『それじゃ、昼休憩終わったら俺はチラシ作っておくよ。ホワイトくんは新サービス開始に向けて準備してくれ』


『了解であります!』


 それぞれ分かれて作業をする。


 本のデザインを散りばめて、強調すべき文章に色をつけて、タイトルは大きく。ホワイトくんのオススメ本紹介はポップ風にしておこう。


 ……よし、こんなもんだな。


『ホワイトくん、完成したから見てもらっていいか?』


『早いでありますね。えっと、どれどれ……』


 ホワイトくんは原本に目を通して、30秒も経たずに、


『これで行きましょう!これしかないです!』


 と、一瞬でOKが出た。


『細かいところを確認しなくていいのか?』


『チラシは手に取ってすぐに面白そうだと思われないと読まれないので、これで良い……いや、これが良いと思うであります!』


『じゃ、それをコピーして配ろうと思うんだが……配るのは任せて良いか?』


『……?何故でありますか?』


『町の住民に避けられていてな。チラシを受け取ってもらえないんじゃないかと思って』


 以前の見窄らしい格好をしていた時なら避けられるのもわかるが、身なりを整えた後でも以前と変わらず避けられている。


『だから、長くこの町に住んでいて、図書館のチラシを配っていると認識されやすいホワイトくんの方が効率が良いと思う』


『なるほどであります』


『図書館の雑務とか教えてくれれば、ホワイトくんが配っている間に留守を預かることができるし、俺がチラシのコピーをする時間はどっちにしろ必要だ』


『ふむふむ』


 ちょっと考える素振りを見せたが、ホワイトくんはこの提案を快諾してくれた。


 ということで、ホワイトくんに図書館の雑務を教えてもらって、その後にチラシのコピーを開始。


 その様子を眺めて興味深そうにしているホワイトくん。


 魔素で物体を構成する魔法は珍しいらしいので、外で行う場合は注意すべきかもしれない。


 それはそれとして、魔法の修行になる点で一石二鳥なのが地味に嬉しい。


 100枚ほど作ったところでホワイトくんに渡して、留守を預かる。まぁ、来館者は少ないし本の手入れと掃除が主な仕事だ。


 2時間ほど雑務をして明日用のコピーを作ると、ホワイトくんが帰ってきたので、自分も帰宅。

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