7話 化物と一般人の契約
まだ昼間だが、悪霊ちゃんとの話を纏めたいので足早に宿屋を探す。
適当に見繕った宿の部屋で念を送る。
(おーい、聞こえるか?)
(うひゃっ!)
(……いきなり話しかけないでよ。ビックリしちゃうから)
(こっちから外の様子見えないんだけど……要件は済んだの?)
(ああ。そっちの様子はどうだ?)
(こっちは広くて快適だよ。静かだし、綺麗なお城?図書館?もあるし!)
(でも、こんなにのんびりしてる場合じゃないよね……合格しないと追い出されるし……)
憂鬱そうな溜息を吐く悪霊ちゃん。
(試験があるんだよね?内容は今聞いていいの?)
(それに関してなんだが、気が変わった。忘れてくれ)
(……えっ、なんで?)
(めっちゃラッキーで嬉しいけど……)
(理由を知りたければ質問に答えなさい)
(はい!)と、元気な返事をする悪霊ちゃん。
(学校のテストの点数は?)
(大体いつも全教科平均くらい……?かな?うろ覚えだけど)
(どんな本を読む?)
(どんな本って言われても……何でも読むからなぁ。特別このジャンルの本を読むとかはないかも)
(どんなテレビ番組を見る?)
(家族と食事をする時にしか見ないからあんまり詳しくないけど、その時にやってるテレビ番組なら何でも興味持って見るよ)
(スポーツや音楽は?)
(今までやったスポーツとか音楽とかは、どれもある程度できたよ。特別得意なものはないかなぁ……)
(ゲームは?)
(どのジャンルもそれなりって感じかな?ボードゲームもテレビゲームも普通にやるよ)
(料理、洗濯、掃除)
(生活に困らないくらいには。家の手伝いもしてたし)
(……)
(こんな何の変哲もない質問で何がわかるの?)
本当に何も理解していないようなトーンで質問を返される。
(君の異常性)
(え?どういうこと?)
(君自身の能力や興味関心に偏りがなさすぎる)
(どんな分野でもある程度興味を持って、平均的な能力を発揮して、それなりの成果が出せるその器用貧乏さはハッキリ言って異常です)
(……マジ?)
(マジ。大半の人は特定の分野に興味や能力が傾く。多少なりとも)
(そうだったのか……!みんな私と同じだと思ってた)と自然に驚いている悪霊ちゃん。
(興味があるフリをして他の人の話題についていく事が普通は多いよ)
一息入れて、
(あと、家族構成、友人関係、身なりなどなど……あらゆる面で君の人生に既視感があるというのもおかしい)
古今東西あらゆる物語に手を付けている俺が言っても説得力は無いが、それでも現代の日本人の大半が知っている典型的な物語をなぞる人生。
(幽霊になるまでの話だが、17年分の人生だぞ?想定外の事件や不幸、驚くような幸運が少なからずあるのが、本当の普通なんだよ)
(そう……なんですねぇ)
納得しているのか、してないのか。微妙な反応をする。
(……っていうか、私の記憶ってもしかして全部読まれてます……?)
……
(まぁ、そりゃあ……俺の脳に居候しているし)
(うぉぉぉぉ!!!)
(なんてこったい……乙女の全てが丸裸に)
(恥ずかしい……消えたい……)
純粋に気まずい。
(これに関しては事故なんだが……ごめん)
(記憶を読んでいる途中で察して見ないようにしたから許して)
(それに、これから先、君の記憶に触らないと約束する)
相手の事を知れば知るほど良いと思いがちだが、そうとも限らない。
人間関係において、その全てを知ってしまうことはその関係の継続を無意味なものにする。
秘密によって人が分離されることで人間関係が豊かになる。
と、読んだ本で知った。
(記憶を見たから試験無しで合格になったというのも、一応言っておく)
(そっかぁ……う〜ん)
(記憶を見られた事は忘れよう!……よし!忘れた!)
無理矢理納得していて、ちょっと面白い。
(話を戻すと……変だから私は合格したの?)
(端的に言うとそうだな)
(カイトくんは変なのが好きなの?)
(人間の異常性こそ人間の面白さだと思っているから)
(ふ〜ん?)と、明らかに理解できてなさそうな声で相槌を打つ。
悪霊ちゃんは例外だが、異常な人間であり続けるのはかなり難しい。
何故なら、所属する集団や社会に合わせて行動する方が楽に生きることができるからだ。
安定した社会を作る為に同化はある程度必要だけれど、それは人間の才能や能力、個性を潰すことになる。
社会の中で巧く立ち回って”天才”と周りから呼ばれるような人でも、結局人間の理解できる範疇でしかない。
社会が忌避するほど突出した能力や才能、個性を持つ者に会って話をしてみたい。そして、必要なら彼らが潰されないように支援をしたい。
しかし、異常性のベクトルが俺と対立する方向に向かうと受け入れらない場合もある。
ジジイとかはその良い例だろう。
結局相容れなかったが、何の面白味もない人よりはジジイの方が……いや、俺を拷問して殺そうとしたから嫌いだな。
それは兎も角、俺は人間の可能性がどこまで広がるのかを知りたい。
社会の為になるかなんてどうでもいい。
ただ自分が納得して、自分が没頭して、自分が感動できれば、俺が今ここで生きている意味になる。
そんな生き方をしていれば、もう死んでもいいと思えるような満足感が得られると信じている。
(お〜い!起きてる?)
(ん?)
(あ、起きてた)
(悪い、少し考え込んでた)
(これからどうするの?)
(直接会って話し合おう)
(どうやって?)
(俺の特殊能力を使う。ソウルアルスってのがあって、俺が寝ている間はそっちに行ける)
(そうなんだ。それじゃ、待ってるから!)
(……そういえば実際に人と対面するなんて久しぶりだな……あっ、なんか緊張してきた……)って聞こえてるぞ。
後で思考を漏らさない方法を教えるか。
とか考えながら俺の世界にアクセスできる状態にして就寝。
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起きると、いつもの草原。
起き上がって周りを見渡すと、こちらに向かって手を振る女子が居た。
手を振り返すと、こっちに小走りで向かってきた。
「いや〜、本当にこっちに来れるとは!」
「久々に人に会えてテンション上がるよ〜!」
「カイトくん……普通だね!服のセンスも顔も!私は好きだけど!」
コミュ力は高いな。緊張してあがっているだけかもしれないけど。
服に関しては奇を衒う意味がないし、この場所なら服装も自由に変更できるので、地球でずっと着ていた服を着ている。
「そっちも普通の顔に、普通の服だ。嫌いじゃないが」
「というか、白色の服か……地球で白色の服ばかり着ていたよな。余計に幽霊っぽく見える」
「幽霊っぽいって……まぁ、そうだけど、なんか好きなんだよね白色」
「対面式も終わった事だし、やるべき事を終わらせるか」
「やるべき事って……?」
「プライバシーを守る約束をしたから君の家を建てようと思って」
「必要だろ?」
「もちろん!必須だよ!土下座しても欲しいよ!」
「だと思ったから最優先で作ろう」
「そんなすぐに作れるの?」
「ここは魔素さえあればどうにでもなる世界だからな。その魔素は君の余剰分を使えばいいし、早速やるぞ」
「お願いします!」
俺の記憶の中のイメージ図を魔素で形にする。魔素が建材に変わり、建材が指定の場所まで高速で飛んでいく。
「お〜!すっごい!」
3分も経たずに家を作り出すことができた。
「基本は君の住んでいた家だけど、どうだ?」
「凄い……凄すぎるよカイトくん!家の中見てもいい!?」
そう言いながら、身体はもう家の中に入っている。
「玄関!リビング!キッチン!お風呂!トイレ!私の部屋!完璧じゃん!」
ドタドタと床材を鳴らして家中を駆け回る。
「君の弟や両親の部屋は書斎にしてあるから」
「おお〜!沢山あるけど何の本?」
「君の人生」
「え……」
「君の記憶を分類して本に入れておいたから」
「家を完全に俺の知覚から遮断することで、その中をプライベート空間にしている」
「なるほど!」
書斎の中で本の背表紙を見ていると、1冊の本が目に入った。
「あ、面白い本を発見したんで、来てくれ」
「ん〜?な〜に〜?」
呑気に本の背表紙を眺めている。
「君がこの世界に拉致されてから領主の娘に取り憑いた経緯。知りたいか?」
「うん?まぁ、気になるかな」
その軽率な発言をした後に、
「……なんか猛烈に嫌な予感というか……パンドラの箱に手を掛けているような……」
自分が何を了承したのか理解したらしい。
「ちょっ……!」
本棚の奥に置いてある本を取り出して、その本を開くと、
「ぎゃぁぁぁあああ!!!!」
一瞬で閉じる。
そうだよな。地獄のように辛いよな。
「はぁ……はぁ……何今の……?」
「本を開くと、その時の記憶と感覚を思い出せるようになっている」
「だから、解離していたトラウマも好きな時に呼び起こせる」
「この世界の娯楽はそう多くないからな。暇な時にでもこれで遊んでくれ」
「もう二度と開かないから!」
「はっはっは」とわざとらしく笑ってみせた。
親交を深める会話をしながら家を出て、今度は図書館をご案内。
「やっぱり大きいねぇ!このお城!」
「先にこの図書館の使い方を教えるから」
「はーい!」
という事で、図書館の部屋に到着。
手の届かない場所の本を引き寄せるやり方を教えたり、思考を漏らさない方法を教えたりした。
おまけにこの異世界のことや、魔法のことも。
「……まぁ、こんなもんだな。知りたい事があったら念話で質問してくれ」
「了解!」
「よし、暫く自由時間にするか。好きな本読んでて良いぞ。俺も読む」
「はーい」
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・
「どうだ?面白い本はあったか?」
「全部それなりに面白かったよ」
あ〜、そうか。
「読み終わったなら図書館から一旦出ないか?」
「あーそうだね。出ようか」
図書館からお城の扉に向かう途中、
「なんかお城の中央の広場、めっちゃ輝いてない!?」
と、興奮していた。
「夜になると月光が天井の窓から差し込むんだよ」
「ねぇねぇ!月眺めて良い?」
「じゃあ、広場で話でもするか」
机に座ると、彼女は首を上に傾けてアホ面で月に魅入っていた。
「月がめっちゃ大きい!!目が吸い込まれそう……!」
今日も満月か。相変わらずの輝きだ。
暫く月を堪能した後、彼女の方から質問してきた。
「カイトくんさ、この図書館?お城?のことなんて呼んでるの?」
「図書館としか呼んでない。今までそれで困らなかったし」
「名前あった方が便利じゃない?」
「まぁ、そうだな。じゃあ、名前は夢現図書館で」
「決めるの早いよ!アドバイスとかしたかったのに!」
「元からこの名前にする気だったし、決心が固ければ相談は無意味だ」
「むげん図書館ね」
「言っておくけど、無限じゃなくて夢現な」
「はいはい……」
「ところで君。外の世界を知りたいか?」
「え?そりゃあ……」
「はいこれ」
「これは……タブレット端末とイヤホン?」
「タブレットで外の映像が流れて、イヤホンで聴覚を共有できるようにしておいたから」
「お〜科学技術の結晶だ……」
悪霊ちゃんはタブレットとイヤホンを見つめて呆然としている。
「言いたい事あるなら今のうちに言っておきな」
「いや、言いたい事というか……」
「とても嬉しいんだけど、なんか、色々と貰っちゃって申し訳ないような……」
「先行投資だから気にすんな。今後は働いてもらうし」
「えっ、働くって何をすれば良いの……?」
「常にやってもらうのは知識を増やすことだな。夢現図書館を使ってどんどん賢くなってくれ」
「そして、当然俺の話し相手になってもらうから。基本的には念話に出るように」
「全然OK!本を読むのも人と話すのも苦手じゃないし!」
まぁ、君はそうだろうね。
「不定期の仕事は、知識の読み上げだ。俺が現実世界で何か知識を引き出したい時に、代わりにお前が本を開いて音読してくれ」
「はーい」
「仕事を真面目にやってくれれば、給料として魔素を渡すから。その魔素の範囲で好きなものを作れるようにしておく」
「おお!ありがたい!」
「んじゃ、労働は読書と会話。対価は魔素と新しい身体の捜索。これで契約するか?」
「当たり前でしょ!本望です!宜しくお願いします!」
俺の手を取ってブンブンと振り回す。
「これから宜しくな、桜ちゃん」
月光が広場を照らす夢現図書館。ここに佐藤桜との契約が完了した。