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6話 化物と一般人の出逢い

 瞼を貫く光が俺の意識を呼び覚ます。


 そういえば、この部屋でカーテンを閉めた記憶がない。


 まだ寝てたいが、掛け布団に包まっても、薄すぎて光が遮断されない。


 起きるか。


「ん〜っ」


 身体を起こして伸びをすると、あらゆる関節からポキポキと音がする。身体を動かすと目が覚めてきた。


「あ゛〜顔と身体、洗うか」


 太陽の位置を見ると、まだ正午ではないと思うので、チェックアウトの前に井戸を使わせてもらう。


 宿を出て、裏の井戸で水を汲んで頭の上から被ると、冷たくて気持ちが良い。


 今日は暖かいし、水でも肌寒さは感じない。


 井戸の水の感触や匂い、味や色を頭に入れて水魔法を発動してみると、かなり再現度の高い水を出すことができた。やはり情報が重要か。


 満足したので部屋に戻る。


 昨日は宿探しで精一杯だったから、今日は町を巡りたい。


 という事で、荷物を持って鍵を受付に置いて出発。


 大通りに出ると、賑わっている町の様子が良く見える。


 道路沿いの店では店主が客を呼び込もうと大声を上げ、飲食店の軒先ではおじさん達が昼間から真っ赤な顔で談笑している。


 道を行き交う人々を見ると、門番の言っていたように武器を携帯する屈強な人が目立つ。


 腕っぷしの強さで生計を立てられる町なのだろう。


 町を見て回っていると、2階建ての立派な木造の建物が目に入った。


 看板には“冒険者ギルド”と書かれている。


 "冒険者"も"ギルド"も、本の中でしか見たことのない概念で、心が引き寄せられる。


 当分はジジイの遺産を切り崩して生きていくが、その後はお世話になるかもしれない。


 そんなことを考えながら扉を開けると、そこにはファンタジーの共通認識が広がっていた。


 壁に何枚もの依頼書が貼ってあって、その依頼書を冒険者同士が奪い合う。口論になり、睨み合いながら冒険者ギルドから出ていく。決闘でもするのだろうか。


 奥のカウンターでは、綺麗な受付嬢を強面の屈強なあんちゃんが口説いている。事務的な作り笑顔を崩さない受付嬢に毅然とした態度でフラれた。落ち込みながら仲間の元へ帰って、肩に手を置いて慰められる。


 机と椅子が設置されている広間では、強面なデカい戦士も、杖を持った魔法使いも、線が細い弓使いも関係なく卓を囲んで、酒を飲んで、喧嘩もありつつ騒いでいた。


 勝手にギルド内を探索していると、背後から誰かに声をかけられた。


『こんにちは。昨日の夕方にこの町に来た方ですよね?』


 振り返ると、そこには衛兵のようなフォーマルな格好をした男性が居た。


 え、これ警察?


 ギルドに勝手に入ったから目をつけられた?


 人で溢れているし、目立たないと思ってたんだが……


 ジジイ関係の可能性もあるか。


 緊張していることがバレないように心掛けるが、それはそれとして面倒で気分が下がる。


『こんにちは衛兵さん。何か御用ですか?』


 面倒を回避する最初のステップは柔和な態度だ。


 反抗する気はないという意思を伝えることが重要。


『ごめんなさい、待ち伏せしてしまって。逮捕とかそういう要件じゃないんだけど、どうしても一緒に来て欲しくて……』


 真面目そうな格好をして、中々に感情豊かな衛兵だ。


 強引に連れていく気が無いから、親しみやすい人間を遣わせたのか?


 ギルド内の冒険者たちは衛兵と顔見知りなのか、かなり仲が良さそうだ。俺と衛兵が話している間にも、こちらに気付いた冒険者が彼に話しかけている。


『嫌とは言わないですけど、どこへ行くんですか?』


『領主の館だけど……全然敬語じゃなくていいから!堅苦しいのは苦手だし!』


『それなら遠慮なく。何の目的で?』


『あ〜……ここで説明するよりも、実際に領主様に会って話をしてもらった方が早いと思うんだけど……』


『じゃあ行くか』


『本当はね、ここで説明した方がいいんだろうけど、周りの目もあるし、何より部外者に聞かせる話じゃないし……って、いいんかい!』


 頭に手を当てて笑顔でノリツッコミ。ノリが明るすぎて近くに居ると火傷しそう。


『ってちょっと待ってよ〜!館の場所分かんないでしょ!』


 今日は他にやりたい事があったけど、後でいいか。領主の事も気になるし。


 何より、俺を一方的に利用したり危害を加えたりしたいのなら勝手に逃げるんで。


 そうじゃないなら適当に恩を売ったり、取引したり、契約したり。こっちの裁量でやらせてもらうだけだ。


 歩きながら向こうの要件を考えてみよう。


 あの門番がこの件の引き金だろうし、彼とのやり取りにヒントがあるはず。


 まぁ、大方ジジイ関係だろうけど。


 それ自体は想定していたが、何が目的なのだろうか。ジジイの所在?道具?知識?


 ジジイは追放されてあの洞窟で研究していたし、その場所も伝えていなかっただろうから、ジジイの所在が最有力。知識や魔法、道具がその次に有力か。


『よし!着いたよー領主の館!ここが僕の職場です』


 大きな門を潜るとそこには庭園が広がっていた。草木は丁寧に整えられているし、シンプルに纏まっている。


 庭の奥にある建物は陽の光に照らされて眩しいほどに白く輝いている。建物全体は重厚で荘厳で、見る人の襟を正させる。


 この館のセンスが領主の人格に反映されているのなら、真面目で理性的と考えられる。真摯にコミュニケーションを取るのが最良か。


『僕はここまでだから。領主様に僕がちゃんと仕事してたって言っておいてね!』


『今は一介の衛兵を気にする余裕はないかもだけど……』


 え、何その意味深な発言。


 今まで陽気な雰囲気だったのに、急に深刻になるな。


 どうやら領主は面倒な問題を抱えてるらしい。それはそれで興味はあるが。


『領主様のこと、宜しくねー!』


『はいはい』


 って事で、大きな庭を横目に見ながら、本館到着。


『お邪魔します』


 扉を開けて中に入ると、そこはまるで役所みたいな場所だった。受付台があって、待合所の椅子も多い。内装もシンプルで近代的だ。


 だが、今日は休みなのか誰も居ない。


 壁や柱に近付いてよく見ると、子供の落書きを消したような跡や、子供の身長を刻んだ跡が見える。領主の子供だろうか。


『お待ちしておりました』


 入口近くで待っていると、この館のメイドが出迎えてくれた。


 これだけの規模の館を維持しているのだから、数人の使用人では回らないだろうな。


 それにしても場違い感が凄まじい。今日新しい服を買おうと思っていたのに、急な話だからボロ服だぞ。


 彼女に先導され、2階の奥の部屋の前へ。メイドがコンコンと扉を叩く。


『通しなさい』


 すると、低くて重厚感のあるおじさんの声が。


 メイドに促されて自分だけ部屋に入ると、そこには領主と思しき人物と、先日の門番がいた。


 領主の顔を見るだけで一発でわかる。こいつぁやべぇ。過労で命を溶かしそうな顔をしている。


 今にも死にそうな顔色と痩せ細った身体、濃すぎる隈で心労三振。


『どうぞ、お座り下さい』


 紅茶の入った高級そうなカップとクッキーが置かれた机に誘導される。


 俺が柔らかい椅子に座ると、領主と門番は机を挟んで反対側に座る。


 まぁ、取り敢えず話を聞こうか。


『本日は一体どのようなご用件で?』


『この町に来て1日と経たずに呼び出して申し訳ない。しかし、どうしても尋ねたいことがあって今日は君に来てもらった』


『君はヴァイスという老人について知っているだろうか?』


『……知っていますが、どうしてその人物を?』


『おお、本当か!……理由については、あまり外部に知られると困るので言いたくないのだが』


『一応言っておきますが、その人はもう死んでますよ。実際に死体も見たので』


『『は……?』』


 領主と、黙っていた門番の困惑がリンクした。


『あの山の反対側にある洞窟がその人の住処だっただけで、その名前も本人の日記で知りました』


 ガックリと項垂れる領主。顔の疲労の色も明らかに濃くなり、笑顔も維持できない。


『はぁ……』


『あの……領主様、変に期待させるようなことを言ってしまい申し訳ございません』


『業務外の事に付き合ってくれているお前は悪くない。だが、これからどうするか……』


 置いてけぼりにされてる俺。それだけ深刻なんだろうけど。


『それで、領主様は何の問題をお抱えで?』


『いや、ただの旅人に解決できる問題ではない。悪いが帰ってくれ』


 無理だね。問題が何なのか知るまでは帰れない。


 自分の知識欲に従って首を突っ込む。


『その問題って、あなたのお子さんが病で苦しんでいることですか?』


『……っ!』


 図星か。目を見開いて露骨に驚いている2人。


 病気になったのが子供じゃない可能性もあったけど、当たってたのでヨシ。


『なぜ、それが……』


『冒険者に薬草を集めさせている話を聞きました。それに、領主様の個人的な問題だと知って、家族の話だと推測しました。この館の入口に子供のいる痕跡があったので』


『……ただの旅人とは思えないほどの観察力だ』


 領主は口の軽さを咎めるように門番を一瞬睨み付ける。


 門番は小さく手を合わせて申し訳なさそうに軽く頭を下げる。


 ここで法螺を吹くか。


『いや〜バレましたか。実は各地で怪我人を治療しながら旅をしていまして、もしその子を診させてくれるのなら、何か力になれるかも』


 状況に合わせたとはいえ、悪くない人物設定なのでは。


 ジジイの道具を持っている理由にもなるし、医療の知識があるというのも嘘ではないし。


 それに、治癒魔法は洞窟で何度もくらってるからな。やり方は理解している。


『領主様、私は良いと思いますよ』


『……そうだな。服装を含めて色々と胡散臭いが、もう他に当てがある訳でもない』


『それに今更隠しても意味はない。私の娘を診てもらおうか』


『こっちだ。着いてきてくれ』


 扉を開けて先導する領主。足取りは重く、身体はふらついている。


 門番も同行するらしい。多分護衛だろうけど。


 階段を降りて着いたのは1階の廊下の突き当たり。


 床の板を持ち上げると、そこには隠し階段があり、そこを何段か下ると、そこには可愛らしい色で飾られた扉が。


 ……扉を開ける前から、もう既に悲鳴が聴こえる。


 この耳に響く高音は幼い女の子の声だ。時折の嗚咽が痛々しく、声だけで心にくる。


 その気持ちは3人に共通していたようで、笑顔が絶えない門番でさえ辛そうな面持ちだ。


『では、開けるぞ』


 入った瞬間に感じたのは、異臭だった。端的に言えば吐瀉物の臭い。


 一旦部屋を概観すると、基本的にはシンプルで女の子らしい部屋。所々に人形やぬいぐるみが置いてあって、大きな天蓋付ベッドもお嬢様っぽい。


 しかし、散乱した掛け布団や服や食器。撒き散らされた食べ物と飲み物。吐き戻す用だと思われるバケツ。幾つもの要素が尋常ではない状態を表している。


 3人でベッドまで歩み寄ると、その上では、女の子が悶え苦しんでいた。

 

 髪の毛を掻き毟り、顔を歪ませ、ベッドの上で暴れ回り、絶叫して嗚咽して吐き戻す。


 容姿端麗、明眸皓歯だが、佳人薄命か。


 こんな時にあれだが、この子の頭の中の魔素の量が異常だ。領主の10倍は濃いぞ。


 と、思っていたら、父親が来たことに気付いた娘が、父親の服の袖を両手で引っ張って叫ぶ。


「@%#-〒〆※€!!!」


「〒〆&……〒〆&……〒〆&……」


 助けてくれと懇願する娘に対して、謝る事しかできない父親という構図ということは、嫌というほど伝わってくる。


 だが、謝る前にやるべき事があるだろう。


 この声と辛そうな様子でノイローゼになるのは理解できるが、臭い物に蓋をするのは状況を悪化させるだけ。


 そもそも療養するならこんな地下は論外。


 陽の光が当たらないだけでどんどん気持ちが沈んでくるし、免疫にも影響するから最悪だ。


「……シテ……コロシテ……コロシテ……」


「……は?」


 突然の日本語に思わず身体が反応してしまった。


 幻聴?幽霊?


 聞き取れない言語での親子の会話を聞いていたら、突如聞き取れる言葉が聞こえてきた。


 周りを見渡しても、俺と門番と領主とその娘しかいない。


 どういうことだ? 


 すると、また聞こえてきた。


「ユルサナイ……ゼッタイニユルサナイ……」


 若々しい女性の声。高校生ぐらいの年齢だろうか。


 明らかに現代日本語なんだが……発言が幽霊の典型すぎて、ギャグとしか思えない。


 領主と門番には聞こえていないようで、何も反応してない。


 しかし、領主の娘はその声が聞こえた瞬間特に強く頭を振ってベッドに打ち付けている。


『早速ですが、診させてもらっても?』


『勿論だ。本当に!本当に!宜しく頼む!』


 本来なら患者本人の了承を得るべきなのだろうが、今は話せる状態じゃないし、勝手に進めるか。


 治療はできる限りのことをするが、聞こえた声の正体も探りたい。


 取り敢えず、最初に触診するとしたら頭だな。


 他の人と比べて魔素濃度が異常に高いし、頭を振り回したり髪を掻き毟ったり頭に関する行動も多い。


『額に手を当てるぞ』


 もう暴れる気力もなく、ぐったりとしている娘の額に手を当てて、魔素を流してみる。


 すると、流している魔素を通じて娘の脳内の情報が入ってくる。


 大きな魔素の塊が2つ。1つは領主の娘の魔核で、もう1つは例の悪霊ちゃんだろうか。


 魂?だけの存在で見た目は不明。会話する方法も不明。


 以心伝心は相手も訓練していないと伝わらないし。


(うぅ……死にたい……消えたい……)


(……嘘。本当は消えたくない。でも、もう限界……お願い神様、助けてください……)


 あ、また聞こえてきた。今度の声はかなり大きい。


 悪霊ちゃんの魂と魔素を介して接続して、強く念じてみるか。


(おーい、悪霊ちゃん)


(……幻聴まで聞こえるようになるなんて……)


(もう天からお迎えが来たの……?)


(聞こえてるなら、返事してくれ)


(……えっ、もしかして神様なの!?私をこの地獄から救ってくれる神様!?)


(違う)


(違くないよ!嘘つかないで!)


(本当は私を助けてくれる神様でしょ!それ以外ありえない!)


(だから違うって)


(……)


(やっぱり幻聴なんだ……)


 面倒な悪霊だ。


(はぁ……幻聴じゃない。お前は一体何なんだ?)


(……幻聴じゃない?……てゆーか、日本語!?!?)


(この際、神様じゃなくてもいい!とにかく、言葉が通じる人が来てくれて助かったぁ……本当にこの子言葉が意味不明だし。どうすればいいのか全然わかんないし、逃げられないし、そもそもここどこなの!?)


(この子、金切り声を上げて叫ぶし、もう私の頭がおかしくなる……!!)


 はぁ。


(私がこの子を苦しめてるのはわかるんだよ!?でも不可抗力じゃん!どうしようもないじゃん!)


 はぁ……


(普通に日本で生活してただけなのに、平穏に生きたかっただけなのに……!!いつの間にかこんなことになって何日経ったかもわからない……なんでなんでなんで私がこんなことに……)


 はぁ…………そうですか。


 と、思考したが無反応。


 魔素を介した念を送らないと思考は伝わらないらしい。


 それにしても、シンプルにやかましい。内容もつまらん。


 事情は不明だが、人間性からは全く興味をそそられない。


(まず、助けるとは一言も言ってない)


 そもそも、何をどうすれば助けたことになるのか。


 久しぶりに聞いた日本語に嬉しさはありつつも、かなり気分は沈んでいる。


 現状では手を差し伸べたいと思えない。心が動かない。


 正直、領主の娘を治療するだけなら、難しくないと思う。


 悪霊ちゃんの魂?をぶつ切りにして、魔素の回線経由で少しずつ吸収して、その都度放出すれば、取り憑かれることなく消せるはず。


(消すけど、悪く思わないでくれ)


(はぁ!?消すってどういうこと!?)


(そもそも私、悪霊ちゃんじゃないし!佐藤桜って名前の普通の日本人!)


(いや、人に取り憑いて害を為す存在を悪霊と言わずして何と言う)


(で、でも!でもでも!悪意はないじゃん!悪意がなければノーカンでしょ!?)


(……はぁ)


 なんだこれ。


 しょうもない会話に飽きている俺と、焦っている悪霊ちゃんは互いに沈黙。


(本当に限界なんです……助けて頂けないでしょうか……現状がマシになるなら何でもします……)


 呆れた。


 この期に及んで、追い詰められた人間のテンプレートをなぞるだけとは。


 「何でもする」と言うが、余裕が出たら「そんな事言ったっけ?」って惚けるだろ。


 もし助けるとしたら、俺の脳に取り憑かせるしかないのだろうが……


 いやぁ、キツい。


 一緒にいたら無限にイライラしそうだし、普通に俺と相性悪そうだし。


(無理。悪霊ちゃんがこの娘の身体から剥がれたら存在できないでしょ。消す方が楽)


(そこをどうにか……!なんとかして頂けないでしょうか……!)


 なんとかと言われましても。


(具体的には?)


(あ、え〜っと、お名前を伺っても……?)


(海斗)


(海斗様の頭に乗り移らせていただくとか、その辺りですかね……)


 ここは俺と同じ結論だな。


(あの……海斗様を不快にしてしまう可能性は高いんですけど、この状態では1人で生きていけないんです)


(なので、一縷の望みをかけさせていただければ、と。勿論、問題があったら消していただいて構いませんので……)


 (……めっちゃ構うけど)と小声で付け足す。おい。


(そんな幽霊みたいな状態で何がしたいの?)


(身体を取り戻して、普通に生きていけるようになりたいです……)


 魂から離れた身体は残っているのか?そもそも戻れるのか?


 そんな疑問は置いておいて、


(まぁ、身体を取り戻したいっていうのは理解できる)


(だけど、普通に生きるってどういうこと?)


(平穏無事で、何気ない、ありふれた毎日をみんなと同じように生きていく事……です)


 他人と同調するのが好きなのか?


 知識としては知っているが、その感覚は分からない。


 俺は他人と異なることに価値を感じる。というか、そうでないと生きていけなかった。


(純粋に疑問なんだけど、なんで普通に生きる事に拘る?)


(なんでって……普通が1番幸せだってみんなが言っていたから……?)


(じゃあ、仮定の話をしよう)


(周囲の人と同じ生活ができない、重篤な病になった人が居たとする)


 本の中の世界でしか呼吸ができないとか。


(その人が開き直って自分の好きなように生きて、自分なりの幸せを得ても、みんなと違うから不幸ってことか?)


(いえ……違い、ます)


(私は普通から外れた生き方について、考えた事がなくて……)


(日本にいた頃、周りの人はみんな普通に生きてたから、気にした事がなかった……です)


(だけど、普通じゃなくても幸せに生きている人も居るってこと、ちゃんと覚えておきます)


 ……う〜ん。


 まぁ、仕方ない。


 かなり甘い採点だけど、受け入れてみるか。


(仮合格とする。良いよ、俺に乗り移って)


(えっ、本当ですか!?あ、ありがとうございます!)


(なんで心変わりしたのか、わからないけど……まぁいっか!)って思考漏れてるぞ。


(言っておくが、仮だからな。本合格できないなら消すから、お忘れなく)


(えっ……どうすれば本合格できますか……?)


(それについては後でな)


(りょ、了解です!)


(んじゃ、やるぞ)


(お願いします!)


 額に当てた手から延びた魔素の回線を通って、異質な魔素が脳に溜まっていく。


 それと同時に膨大な量の記憶が走馬灯のように駆け巡り、俺の記憶容量を埋める。


 あ、なるほど。娘の頭痛の原因はこれか。


 人の脳に2人分の記憶を入れておくなんて到底無理な話だし、未熟な身体であれば尚更だ。


 俺は……まぁ、脳の容量には自信があるから。


 人生の時間の大部分を脳の活動に使っている人間なんだから、これくらいはできないと困る。


 それにしても……いや、先にお医者さんごっこを終わらせるか。


(草原ひっろ!!!!!)


(うるさい)


 発言から察するに、俺の夢の世界に居る感じか。こっちから見えないので確実ではないけど。


(はい、すみません)


(後で色々と整理するから今は黙っててくれ。そこで遊んでていいから)


(……はい)


 娘の額から手を離す。


 娘は穏やかな顔をして眠っている。原因を取り除いたので段々と良くなるだろう。


『病気、治りました』


『本当か!?』


 領主が驚いた顔で身を乗り出す。


『あぁ……良かった。本当に良かった……』


『食欲があるならバランスの良い食事を用意して、少しでも食べさせること』


『あと、娘の精神状態を想うならこんな薄暗い地下じゃなくて、陽が差し込む部屋に移動させるべきですね』


『最後に、何か問題が起きたら俺を呼び出して下さい。少なくとも1ヶ月くらいはこの町に滞在するので』


『了解した!……そういえば名前を聞いてなかったな』


『カイトです』


『カイト殿だな!本当に!ありがとう……っ!』


 涙を浮かべながら俺の手を取って何度も感謝の言葉を繰り返す領主。


 されるがままに腕を振られていると、


『それで、原因は何だったんですか?』


 安心した顔の門番は領主に代わってそんな疑問を投げかける。


 除霊とか医者の領分じゃないから、正直に言うと疑われそうなんだよなぁ。


 ……いや、除霊もできるオカルト系医師って事にしておけばいいか。


『まぁ、簡単に言えば、偶然異界の魂に取り憑かれたことが原因だな』


『へ?魂って……医師なのになんでわかるんですか?』


『オカルト系にも強い医者なんだよ、俺は』


『大体2ヶ月前に彼女、森に入っただろ?』


『そうですけど……もしかして、森のお化けに呪われたとかですか!?』


『違う違う』


『その時丁度、山の裏手で爺さんが実験をしていたんだよ。異界の人間を無理矢理こっちの世界に連れてくる実験だ』


『概要はそっちも把握してるんじゃないか?』


『はい、大体はわかってますけど……まさか!?』


『そう。その時に連れて来られたのがその魂を持つ人間で、この世界に来てすぐに死んだ』


『そして、理外の魂が彷徨って、偶然爺さん以外で最も近くに居た彼女が取り憑かれたというわけ』


『まぁ、日記の内容の受け売りだけど』


 と言いつつも、所々改変したりしている。


 ジジイの日記と悪霊ちゃんの記憶を付合して構成したこの件の真相としては、クソジジイによって、とばっちりで拉致された女が佐藤桜。


 世界からの精神攻撃に耐えられなかった彼女は発狂死。正常なルートで成仏できない魂がふらふらっと飛んで領主の娘に取り憑いた。


 本人は発狂死したことを覚えていないだろうけど。


『取り憑いた経緯は分かりましたが、その魂はお嬢様にどんな悪さをしたんですか?』


『あ〜魔素ってわかるか?』


『はい、勿論。それ自体は見えませんけど、最低限魔法を使えるようにみんなその制御を練習しますから』


『魔素は脳の魔核という部位に溜めるが、魔素が過剰になると頭痛などの症状を起こすんだ。その魂によって魔素が過剰になった』


『先程は、それを吸い出してその娘さんを治した』


 悪霊ちゃんの事を話す必要はないだろう。


『わかりました。教えてくれてありがとうございます』


『カイト殿。報酬の件だが……』


 落ち着いた領主が話しかけてくる。


『この後用事があるので、報酬の件は後日でも良いですか?』


『そうか……わかった』


 悪霊ちゃんに関するあれこれをさっさと終わらせたい。


 適当に食事をして、すぐに宿を探すか。

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