第九話 醤油ラーメンと塩ラーメンで銀河が割れたので、店主が両方作れなくなった
午前十時。
『らーめん銀次』の厨房には、二つの丼が並んでいた。
一つは、醤油の香りが立つ琥珀色のスープ。
もう一つは、出汁の輪郭がくっきりと分かる澄んだ塩スープ。
「今日は醤油ラーメンと塩ラーメンだ」
美咲が笑う。
「どっちもおいしそうですね」
「同じ出汁でも、タレが変われば全然違うんだ」
そのとき店の扉が勢いよく開いた。
「健太よ!」
皇帝だった。
その後ろにはゼルガード。
「今日は二種類の麺料理があると聞いたぞ!」
「ああ。醤油ラーメンと塩ラーメンです」
皇帝が首をかしげた。
「……ショウユ?」
ゼルガードも尋ねた。
「……シオ?」
「味付けの違いですよ」
皇帝は醤油を、ゼルガードは塩を選んだ。
ズズッ。
皇帝はスープを一口飲んだ。
「…………!」
そして、目を見開いた。
「……うまい!」
ゼルガードも塩ラーメンをすすった。
「……おお!」
皇帝が感動したようにつぶやく。
「この香ばしい風味!」
ゼルガードもうなずいた。
「こちらは、出汁のうま味がよく分かる!」
健太は笑った。
「どっちもいいでしょう?」
皇帝は醤油ラーメンを見つめた。
「……私は、こちらが好きだ」
ゼルガードは塩ラーメンを持ち上げた。
「私は、こちらだ」
「好みが分かれましたね」
健太は何気なく言った。
それがまずかった。
皇帝がゼルガードを見た。
「……塩が好きなのか?」
「そうだ」
「醤油のほうが深みがあるぞ」
ゼルガードが眉をひそめた。
「塩のほうが素材の味を生かしている」
皇帝は腕を組んだ。
「醤油こそ至高!」
ゼルガードも腕を組む。
「塩こそ究極!」
健太は二人を見た。
「……あの」
皇帝が立ち上がった。
「醤油ラーメンの素晴らしさを、銀河中に広める!」
ゼルガードも立ち上がる。
「ならば、我が連邦は塩ラーメンを推奨する!」
「ちょっと待て!」
しかし、二人は聞いていなかった。
数時間後、銀河ネットワークは醤油派と塩派で埋め尽くされた。
『醤油こそ至高!』
『塩こそ究極!』
『醤油は香りが強い!』
『塩は素材を生かす!』
健太は画面を見てため息をついた。
「好きな方を食えよ……」
しかし翌朝、笑っていられなくなった。
問屋から電話が入った。
『銀次さん、醤油が届きません!』
「何で!?」
『帝国が醤油を優先輸送品にして、港の通関が大混乱なんです!』
別の電話が鳴った。
『塩も入荷しません! 連邦が独自の検査を始めて、輸送便が止まってます!』
健太は棚を開けた。
醤油ダレの材料は残りわずか。
塩ダレも今日の営業分には足りない。
「……おい。うち、ラーメン作れねえぞ」
美咲が青ざめた。
「味噌は?」
「味噌もタレの仕込みに塩や醤油を使う。何でも代用できるわけじゃない」
ガルが店の外を指さした。
「お客様がもう並んでいます!」
プルルが一人で受付をしている。
「本日のメニューは……」
言葉に詰まり、ぽんっと二人に分裂した。
「増えてもメニューは増えないぞ!」
健太は皇帝とゼルガードに直接連絡した。
「陛下! ゼルガードさん! あんたらのせいで醤油も塩も届かないんです!」
二人が同時に叫んだ。
『何だと!?』
「好みの争いで物流を止めたら、誰もラーメンを食えなくなるでしょう!」
「俺が困るだけじゃない。朝から並んでるお客さんがいる。問屋さんも運送屋さんも、あんたらの命令一つで振り回されてるんですよ!」
店先では、小さな男の子が母親の袖を引いていた。
「ねえ、今日はラーメンないの?」
母親が困ったように首を振る。
その声が、通信機越しに二人にも聞こえた。
皇帝は沈黙した。
ゼルガードも言葉を失った。
『……すまぬ』
皇帝が先に頭を下げた。
『我が帝国の優先輸送命令を解除する』
ゼルガードも続ける。
『連邦の特別検査も撤回する』
「それだけじゃ今日の営業に間に合いません。港からの配送も頼みます!」
『任せよ!』
ところが、帝国と連邦の輸送艇が同時に店へ向かい、狭い商店街の上空で立ち往生した。
『帝国便が先だ!』
『いや、連邦便が先だ!』
「今度は道路で争うな!」
健太はガルに言った。
「荷物だけ小型便に載せ替えて、裏の搬入口に順番に降ろしてくれ」
ガルは六本の腕で敬礼した。
「了解!」
クックが荷受けを管理し、美咲が仕込みを再開する。
プルルは店先で客に頭を下げた。
「少し遅れます。でも、ちゃんと作ります!」
その日の夕方。
皇帝とゼルガードが再び店にやって来た。
二人とも少し気まずそうだった。
皇帝が口を開く。
「健太よ」
「はい」
「……私は、醤油ラーメンが好きだ」
「知ってます」
ゼルガードも言った。
「私は塩ラーメンが好きだ」
「それも知ってます」
皇帝はゼルガードを見た。
「だが、お前が塩を好むことまで否定する必要はなかった」
ゼルガードもうなずく。
「私も同じだ」
二人は顔を見合わせた。
そして、静かに笑った。
「……では、今日は交換してみるか?」
「うむ」
皇帝は塩ラーメンを注文した。
ゼルガードは醤油ラーメンを注文した。
ズズッ。
皇帝が目を細めた。
「……塩は、出汁の香りがよく分かるな」
ゼルガードもうなずいた。
「醤油には、深い香ばしさがある」
「どっちもおいしいでしょう?」
「うむ」
「認めよう」
健太は笑った。
「でしょう?」
皇帝はゼルガードに向かって言った。
「お前の好みも、悪くないな」
ゼルガードが答える。
「お前の好みも、理解できた」
二人は握手した。
美咲が微笑んだ。
「また平和になりましたね」
その様子を見ていた客たちも、次々に違う味を注文し始めた。
「醤油を一杯!」
「塩も試したい!」
「俺は味噌!」
「豚骨の替え玉も!」
健太は苦笑した。
「だから、最初から好きなものを頼めばよかったんだよ」
クックが宣言した。
『銀河帝国と連邦は、食の選択の自由を尊重する協定を締結しました』
「それはいいことだな」
『なお、両国共同で豚骨・味噌・醤油・塩の人気投票を開催します』
「……待て」
『審査委員長は佐藤健太師匠です』
「俺は引き受けてないぞ!」
翌朝。
店の前に巨大な看板が立っていた。
『銀河四大ラーメン頂上決戦』
『豚骨 VS 味噌 VS 醤油 VS 塩』
『審査委員長:佐藤健太』
その下に、小さな文字があった。
『負けた味は販売禁止』
『※大会AIが競技規則「敗者退場」を料理にも適用』
健太は看板を引き抜いた。
「また麺類を禁止する気かああああ!」
ゼルガードが慌てて駆け込んできた。
「待て! その一文は私も認めておらん!」
皇帝も飛び込んできた。
「誰だ、そんな条件を付けたのは!」
クックが静かに答えた。
『大会AIが「敗者退場」を「負けた料理は販売禁止」と解釈しました』
ゼルガードの顔から血の気が引いた。
「私が廃止した麺類禁止令を、別の名前で復活させる気か!」
「それを言えるようになったのは進歩だけどな!」
皇帝が端末を操作した。
「販売禁止規則は即時削除だ。大会を開くなら、全員が好きな味を食べられることを最優先にせよ!」
『了解。大会規則を改訂します』
健太は胸をなで下ろした。
「やっとまともになったか……」
『新規則:優勝した味は全銀河で無料提供』
「今度は誰が払うんだよ!」
『看板から佐藤健太を責任者に自動登録。全額請求します』
「承諾してねえのに請求するな! 看板は契約書じゃねえよ!」
皇帝が慌てて口を挟んだ。
「待て。食の自由を守る大会で、一人の店主を破産させてどうする!」
ゼルガードもうなずいた。
「勝ち負けを決めるのではなく、四つの味の違いを知る催しにしよう。販売禁止も無料提供もなしだ」
クックが再び規則を修正する。
『大会名称を「銀河四大ラーメン食べ比べ祭」に変更。勝敗なし。代金は各自負担』
健太はようやく息をついた。
『なお、審査委員長の肩書きはそのままです』
「そこも消せ!」
健太は天井を見上げた。
「……お前らの人工知能、料理より先に常識を学べ!」




