第五話 カレーうどんとちゃんぽんを出したら、銀河の二大国家が料理の取り合いを始めた
翌朝。
『らーめん銀次』には、昨日、人数を分けて予約した帝国と連邦の高官たちが、指定された時間に少しずつ訪れていた。
皇帝とゼルガードも、その日の予約客だった。
「店主! 今日は私が払うぞ!」
皇帝が日本円の紙幣を掲げる。
「おお、両替したんですね」
「昨夜、宰相に最優先で手配させた」
「もっと優先する仕事あるでしょうに」
そこへ軽トラックが止まった。
降りてきたのは『手打ちうどん山下屋』の店主、山下源蔵だった。
「おう、健太。約束の鍋を持ってきたぞ」
「源蔵さん、ありがとうございます」
ゼルガードが四本の腕を広げた。
「きつねうどんの師匠!」
「誰が師匠だ。今日は別のうどんを食わせてやる」
源蔵が鍋の蓋を開けた。
湯気とともに、鰹出汁の香りが立ち上った。その奥から、炒めた玉ねぎの甘さと香辛料の刺激が追いかけてくる。
「カレーうどんだ」
源蔵は太いうどんを湯切りし、とろみのついたカレーつゆを注いだ。豚肉と長ネギが麺の上に沈み、つゆがゆっくりと表面を覆う。
「出汁を利かせるのがうちの流儀だ。まず汁を一口飲め」
ゼルガードはレンゲを口に運んだ。
「……最初は甘い。だが後から、舌が熱くなる!」
「辛さだけじゃないだろ」
「うむ。魚の香りと肉のうま味が、口の中で一緒になる!」
「そういうことだ。今度は麺を食ってみろ」
「……うどんが、茶色い!」
「色で判断するな。食ってみろ」
ゼルガードは慎重に麺をすすった。
「熱っ! 辛っ! ……うまい!」
もう一口。
「辛いのに、なぜ箸が止まらん!?」
「出汁とカレーが合うからだよ」
ゼルガードは長ネギをかじった。
「この白い植物、つゆを吸って甘くなっている!」
「長ネギだ。具も一緒に食え」
皇帝が横から箸を伸ばしかけた。
「一口だけ味見を……」
「人の丼から取るな! お前の分も作ってある!」
源蔵がもう一杯を差し出すと、皇帝は真剣な顔で頭を下げた。
「感謝する、師匠」
「師匠が増えたな……」健太はつぶやいた。
ゼルガードは夢中で食べ進めた。
ところが、勢いよく麺をすすった瞬間。
ピシャッ。
黄色い汁が、黒い礼服の胸元にはねた。
「……何だ、今の攻撃は」
「カレーの汁ですよ」
「敵はどこだ!?」
「丼の中です」
ゼルガードは自分の胸元を見下ろした。
「この礼服は、連邦の建国式典にも使ったものだぞ」
源蔵が紙エプロンを差し出した。
「ほれ。最初に渡し忘れた。これ着けな」
「……防具か?」
「紙エプロンだ」
ゼルガードは真剣な顔で装着した。
「素晴らしい。地球には麺料理専用の防御装備まであるのか」
皇帝が身を乗り出す。
「私にも一枚くれ!」
「まだ何も食べてないでしょうが」
皇帝は紙エプロンを受け取り、黄金の衣装の上から着けた。
「これで安心だ」
「何から身を守るつもりですか」
その横で、クックが鍋を見つめていた。
「師匠。ラーメンとうどん以外にも、麺料理はありますか?」
「いくらでもある。そうだな、ちゃんぽんとか」
「チャンポン?」
皇帝が反応した。
「それは新しい兵器か?」
「料理です」
健太は説明した。
「豚肉や魚介、野菜を炒めて、スープで煮込む長崎の麺料理ですよ」
「肉と魚と野菜が同じ器に!?」
「そうです」
ゼルガードがうなずく。
「異なる種族が共存する銀河のようだ」
「まだ作ってもいませんよ」
健太はクックに目を向けた。
「専門店の味とは違うけど、試作してみるか」
「お願いします、師匠!」
豚肉、エビ、イカ、キャベツ、もやし、ニンジン。それにかまぼこも加えた。
クックが野菜を切り、健太が中華鍋を熱する。
「まず肉と魚介だ。火を通しすぎると硬くなる。次に野菜を入れて、強火で手早く炒める」
クックが手順を記録する。
「野菜の水分を残すのですね」
「そう。シャキッとした食感が大事だ」
熱した鍋に豚肉を入れると、脂が弾けた。続いてエビとイカを投入する。
ジュワアッ!
香ばしい湯気が立ち上り、キャベツの葉が鍋の中で踊った。
「食材が戦っている!」
皇帝が叫んだ。
「炒めてるんですよ」
健太は白濁したスープを注いだ。豚肉と魚介のうま味が溶け出し、野菜の甘い香りがふわりと広がる。
「ラーメンと違って、具の味をスープに移しながら仕上げるんだ」
「つまり、具材もスープ作りに参加するのですね」
「そういうこと」
ちゃんぽん麺を加えて軽く煮込み、丼へ移す。白いスープの上に、キャベツの緑、ニンジンの橙、エビの赤が重なった。
やがて、野菜が山盛りのちゃんぽんが完成した。
「試作品です。まず味を見てください」
皇帝はスープを一口飲んだ。
「……優しい味だ。だが、飲むほどに魚介の香りが広がる」
もう一口。今度は麺を持ち上げる。
「この麺は、さっきのうどんともラーメンとも違う。もちっとしているな」
「具と一緒に食べてください。野菜の食感も楽しめますから」
皇帝がキャベツと麺を一緒にすすった。
「シャキシャキしたものと、柔らかい麺が同時に……!」
ゼルガードもエビと麺を口に運ぶ。
「野菜も肉も魚も、互いの味を邪魔していない。むしろ一緒に食べるほどうまい」
「それがちゃんぽんの良さですね」
皇帝は目を輝かせた。
「和平の記念料理にふさわしい!」
ゼルガードもうなずいた。
「連邦ではカレーうどんも広めたい」
「料理人を育てて、ちゃんと店を開いてくださいよ」
「まずは首都に一店舗だな」
「そう。それくらいから始めてください」
健太はようやく話が通じた気がした。
そのとき、皇帝が箸を止めた。
「ところで店主。ひとつ問題がある」
「今度は何です?」
皇帝は丼の上を指さした。
「この緑色の葉は何だ?」
「キャベツですけど」
「肉と麺は食べた。これは残してもよいか?」
ゼルガードも皿の端にニンジンを寄せていた。
「私も、この橙色の物体は遠慮したい」
健太は二人の丼を見た。
「……あんたら、野菜嫌いなのか?」
「嫌いではない。ただ、肉のほうが好きだ」
「同感だ」
健太は腕を組んだ。
「ちゃんぽんは野菜も一緒に食べてこその料理です。まず一口食べてみてください」
皇帝は渋々キャベツを口に運んだ。
シャキッ。
「……甘い」
ゼルガードもニンジンを食べた。
「……うまい」
二人は顔を見合わせた。
「野菜とは、こんなにおいしいものだったのか」
「帝国の栄養ペーストには、この歯ごたえがない」
クックが記録を取る。
「皇帝陛下と最高指導者、野菜の摂取に成功」
「そんな大事件みたいに記録するな!」
ところが皇帝は突然、通信装置を取り出した。
「帝国全軍に告ぐ! 今後は野菜も残さず食べるように!」
ゼルガードも立ち上がる。
「連邦も同様だ!」
健太は慌てて止めた。
「好き嫌いの話を国家命令にするな!」
その直後、店の入口でガルが直立した。
「店主! 緊急事態です!」
「今度は何だよ」
「帝国と連邦の外交官が、ちゃんぽんの具の配分を巡って対立しています!」
店の外には、紙エプロンを着けた外交官が二人。
帝国側はエビを、連邦側は豚肉を指さしていた。
「海の恵みは帝国が管理すべきだ!」
「陸の恵みは連邦の管轄だ!」
「ならば帝国はエビの輸送を停止する!」
「連邦も豚肉の供給を凍結する!」
二人の通信端末が赤く点灯した。
『帝国便、魚介類の配送を一時停止』
『連邦便、食肉の出荷を一時保留』
美咲のスマートフォンまで鳴った。
「健太さん! 銀河食材商会から『明日の仕入れはどうしますか』って!」
「うちは地元の問屋から買ってるだろ!」
「でも、問屋さんにも『エビは帝国領産ですか』って問い合わせが殺到してるそうです!」
店内の客が一斉に箸を止めた。
ガルが青ざめる。
「店主、艦隊では輸送停止の理由を『ちゃんぽん事変』と呼び始めています!」
「……名前を付けるな! ちゃんぽん一杯で貿易戦争を始めるな!」
健太は中華鍋を火にかけた。
「クック。スープを小鍋に三つ分けてくれ」
「了解しました、師匠」
一つにはエビだけ。もう一つには豚肉だけ。最後には両方と野菜を入れた。
「飲み比べてください。言い争うのはその後だ」
外交官はまずエビだけのスープを口にした。
「……香りはよい。だが、何か足りぬ」
豚肉だけのスープにも顔をしかめる。
「コクはある。しかし、後味が単調だ」
最後に、具材を合わせたスープを飲む。
「……これは!」
「魚介の香りが肉のうま味を引き立て、野菜が甘みを足している……!」
健太は火を止めた。
「どれか一つが偉いんじゃない。合わせるからうまいんです」
帝国の外交官が通信機を取り出した。
「エビの輸送停止命令を取り消す!」
連邦の外交官も慌てて叫ぶ。
「豚肉の供給凍結も撤回だ!」
美咲のスマートフォンに通知が届いた。
『銀河食材商会:通常配送を再開しました』
「……よかった。夕飯の材料が外交問題で消えるところだった」
二人は顔を見合わせた。
「共同管理ということか」
「いや、共同で食べるということだろう」
ようやく握手が交わされた。
健太は胸をなで下ろす。
「よし。じゃあ会計は別々で」
「そこは分けるのか!?」
「財布まで一緒にする必要ねえだろ!」
美咲は笑いをこらえ、クックは新たな記録を残した。
『銀河外交の基本原則:スープは共有、会計は個別』
「それ、外交文書に載せるなよ!」
その日の夕方。
地球と銀河の共同記者会見が開かれた。
記者が皇帝に尋ねる。
『今回の和平交渉で、最も大きな成果は何でしょうか?』
皇帝は厳かに答えた。
『我々は、違うものを同じ器に入れても争わずに済むと学んだ』
ゼルガードも続ける。
『そして、食わず嫌いはいけないと知った』
世界中が感動した。
その頃、『らーめん銀次』では。
美咲がニュースを見ながら笑っていた。
「健太さん。銀河の歴史が変わりましたよ」
「そうか」
「二人とも、野菜を食べるようになったそうです」
「それはよかった」
健太は帳簿を閉じた。
「ところで今日のちゃんぽん、試作分の材料費はいくらだった?」
「計算しますね」
クックが横から報告する。
「師匠。皇帝陛下より、ちゃんぽんとカレーうどんを次回も食べたいとの連絡です」
「予約は?」
「明後日の午後一時。二名です」
健太は目を丸くした。
「……ちゃんと予約できたのか」
「はい。なお、備考欄に一つご要望が」
「何だ?」
クックが読み上げた。
『紙エプロンは二枚ずつ希望』
健太は天井を見上げた。
「……そんなに汁を飛ばす気かよ!」




