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宇宙人が地球に来た理由が、ラーメンを食べるためだった  作者: レモンティー


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第四話 銀河皇帝と麺類禁止連邦の最高指導者が、ラーメン屋の行列に並んでいた

銀河帝国が送り込んだ巨大な小麦粉倉庫は、地球から十分離れた宇宙空間で待機することになった。

「店の前に降ろさないでくださいよ!」

健太が念を押した結果だった。

その騒ぎが落ち着くより先に、今度は銀河の二大勢力の最高権力者が、揃って店に現れた。

午前七時。

東京の下町。

ラーメン店『らーめん銀次』の前には、今日も長蛇の列ができていた。

六本腕の宇宙人。

全身が透明な宇宙人。

触手だらけの宇宙人。

銀色の甲冑を着た宇宙人。

すでに三十人以上が並んでいる。

その列の最後尾に、二人の男が立っていた。

一人は、黄金の衣装をまとった巨大な宇宙人。

もう一人は、黒い衣装をまとった四本腕の宇宙人。

二人とも、周囲の宇宙人たちとは明らかに雰囲気が違っていた。

黄金の男が腕を組んだ。

「……三十二人待ちか」

黒い男が答えた。

「その分、腹が減る」

「我が帝国では、私を三十人も待たせた者は一人もいない」

「我が連邦でも同じだ。だが、昨日のうどん屋もそうだった」

「……地球は手強いな」

黄金の男は、銀河帝国皇帝だった。

黒い男は、銀河麺類禁止連邦最高指導者ゼルガードだった。

銀河の二大勢力を率いる最高権力者が、地球の小さなラーメン屋の行列に並んでいた。

しかも、最後尾である。

しばらくして、黄金の男が口を開いた。

「ゼルガード。金を払えば、先に入れるのではないか?」

「やめておけ。昨日、うどん屋で財宝を差し出したら『順番を守れ』と怒られた」

「……最高指導者である貴様が?」

「そうだ」

皇帝は震えた。

「……地球とは、何という恐ろしい惑星なのだ」

ゼルガードはうなずいた。

「権力が通用しない」

「金も通用しない」

「ただ、順番だけが絶対なのだ」

二人は深刻な顔でうなずき合った。

その横で、普通の会社員がスマートフォンを見ながら言った。

「……ラーメン屋の行列って、そういうもんですよ」

その頃、銀河帝国皇帝の護衛艦隊が、地球上空で大騒ぎしていた。

『陛下が行列に並んでおられる!?』

『何という屈辱!』

『直ちに店を接収せよ!』

『いや、地球との友好関係が破綻する!』

『では、どうする!?』

そのとき。

皇帝から通信が入った。

『全艦隊に告ぐ』

『陛下!』

『騒ぐな』

『しかし、陛下が一般市民と同じ列に!』

『それがどうした』

『……は?』

皇帝は厳かに言った。

『私は今、地球文明の最も重要な制度を学んでいる』

『重要な制度?』

『そうだ』

皇帝は前に並ぶ宇宙人たちを見つめた。

『行列という制度だ』

『…………』

『身分も財産も関係なく、先に来た者から順番に食べられる』

『なんという平等な制度!』

『我が帝国にも導入すべきだ』

『承知しました!』

その瞬間。

銀河帝国政府に、新たな政策が提出された。

『銀河帝国順番待ち制度導入法案』

後に、銀河帝国の行政改革を大きく変えることになる法案だった。

もっともその発案者は、ただラーメンを食べたかっただけである。


午前八時。

『らーめん銀次』。

店主の佐藤健太は、厨房でスープを確認していた。

「……よし。今日もいい感じだ」

アルバイトの田中美咲が店の外をのぞいた。

「健太さん! 銀河帝国の皇帝と、麺類禁止連邦の最高指導者が並んでます!」

美咲が店の外を指さした。

「……ちゃんと最後尾に?」

「はい!」

「なら問題ねえな」

「問題ありますよ!」

「何で?」

「銀河の二大勢力のトップですよ!」

「だから?」

「だからって……!」

健太は鍋をかき混ぜた。

「順番守ってるなら、普通のお客さんだろ」

美咲は頭を抱えた。

「……健太さん、皇帝ですよ。特別扱いしなくていいんですか?」

「前の客に悪いだろ。腹減ってるのは全員同じだ」

美咲は少し感心した。

「……いいこと言いますね」

「ただし、大盛りは百円増しだ」

「そこは取るんですね!」


午前九時。

行列はようやく残り十人ほどになった。

「帝国を統治する私が、ラーメン一杯に二時間待つとは」

「私も同じだ」

皇帝はゼルガードを見た。

「お前は今日もきつねうどんか?」

「いや、味噌ラーメンだ」

「裏切り者め!」

「麺類に国境はない」

皇帝は感心しかけて、首をかしげた。

「百五十年間、麺類を禁止していた男の言葉とは思えんな」

「……昨日、考えを改めた」

「昨日か!」

午前十時。

ようやく、二人の順番が近づいてきた。

列の前方で、小さな騒ぎが起きた。

一人の宇宙人が、突然倒れたのだ。

「大変だ!」

「誰か医療班を!」

「生命反応が低下している!」

周囲が騒然となった。

皇帝とゼルガードも駆け寄った。

倒れた宇宙人は、長時間並んでいたため、エネルギー不足を起こしていた。

皇帝が叫んだ。

「医療艦を呼べ!」

ゼルガードも命令した。

「連邦の医療部隊を出せ!」

健太が店から出てきた。

「どうした?」

美咲が説明した。

「並んでた宇宙人が倒れちゃったんです!」

健太は倒れた宇宙人を見た。

「……腹減ってんのか?」

医療担当の宇宙人が答えた。

「はい。栄養不足による急激なエネルギー低下です」

健太は考えた。

「美咲、まかないのスープ持ってきて」

「はい!」

美咲が小さな器に温かいスープを入れて持ってきた。

医療担当者が安全性を確認した後、意識を取り戻した宇宙人が少しずつ口にした。

「……あ」

「大丈夫か?」

「……温かい」

宇宙人は涙を流した。

「……うまい」

健太は笑った。

「無理すんなよ。腹減ってるなら言ってくれ」

その光景を見ていた皇帝が、静かにつぶやいた。

「……ゼルガード」

「何だ」

「我々は、何をしていたのだろうな」

「……何?」

「数百万の星系を支配しながら、民が腹を空かせていることすら考えていなかった」

ゼルガードは黙った。

皇帝は続けた。

「食料は栄養さえ満たせばよいと思っていた」

「……ああ」

「だが、違うのだな」

ゼルガードは、温かいスープを飲む宇宙人を見つめた。

「……そうだな」

二人はしばらく黙っていた。

皇帝が言った。

「……ところで」

「何だ」

「今のスープは無料なのか?」

「……そうらしいな」

「…………」

皇帝は震えた。

「なんという慈悲深い文明……!」

ゼルガードもうなずいた。

「地球人は、恐ろしいほど優しい」

健太が振り返った。

「いや、倒れた客にスープ出しただけですよ!」


午前十一時。

ついに。

銀河帝国皇帝とゼルガードの順番が来た。

「次のお客さん、どうぞー!」

美咲が声をかけた。

皇帝とゼルガードが、ゆっくりと店内に入った。

八席しかない小さなカウンター。

そのうち、二席が空いていた。

「こちらへどうぞ」

美咲が案内した。

二人は並んで座った。

銀河帝国皇帝。

銀河麺類禁止連邦最高指導者。

数百万の星系を支配する二人の最高権力者が、肩を並べてラーメンを待っていた。

皇帝がつぶやいた。

「……狭いな。宮殿なら、この店が丸ごと入る」

「だが、隣の席で同じ鍋の香りを嗅ぐのも悪くない」

皇帝はゼルガードを見た。

「貴様とこんな距離で座る日が来るとはな」

「剣ではなく箸を持っている。奇妙なものだ」

健太が注文を取りに来た。

「はい、ご注文は?」

皇帝が胸を張った。

「味噌ラーメン大盛り!」

「はい」

「チャーシュー三枚追加!」

「はい」

「ネギ多め!」

「はい」

ゼルガードも口を開いた。

「私も味噌ラーメン大盛り」

「はい」

「それと……」

「はい?」

「油揚げを入れてくれ」

健太は固まった。

「…………」

「……できるか?」

「いや、うち、油揚げは置いてないんですけど」

ゼルガードはショックを受けた。

「……何!?」

「ラーメン屋ですから」

「……きつねラーメンは存在しないのか?」

健太は考えた。

「……作ろうと思えば作れますけどね」

ゼルガードの目が輝いた。

「本当か!?」

「ただ、今日は材料がないんで」

ゼルガードはうなだれた。

「……そうか」

健太は笑った。

「今度、試作してみますよ」

ゼルガードは顔を上げた。

「……本当か?」

「はい」

「……約束だぞ」

「分かりました」

皇帝が割り込んだ。

「待て!」

「何です?」

「きつねラーメンとは何だ!?」

健太は答えた。

「油揚げを乗せたラーメンです」

皇帝は固まった。

「……ラーメンに、うどんの具を?」

「そうです」

「…………」

皇帝は震えた。

「……異なる麺文明の融合!」

ゼルガードもうなずいた。

「まさに歴史的な料理だ」

健太はため息をついた。

「……まだ作ってねえんだけどな」


十分後。

二杯の味噌ラーメンが完成した。

健太は丼を二人の前に置いた。

「お待ちどうさま」

皇帝の前には、味噌ラーメン大盛り、チャーシュー三枚追加、ネギ多め。

ゼルガードの前には、味噌ラーメン大盛り。

二人は丼を見つめた。

湯気が立ち上る。

香ばしい味噌の香り。

濃厚なスープ。

縮れ麺。

厚切りチャーシュー。

皇帝は静かに言った。

「……ゼルガード」

「何だ」

「先に食べるぞ」

「待て」

「何だ?」

「一緒に食べよう」

皇帝は少し驚いた。

「……一緒に?」

「ああ」

ゼルガードは箸を持った。

「百五十年間、私は麺類を憎んできた」

「……知っている」

「だが、今は違う」

ゼルガードは丼を見つめた。

「……食べられることが、ただ嬉しい」

皇帝は静かにうなずいた。

「……そうだな」

二人は箸を持った。

「いただきます」

同時に麺をすすった。

ズズズズズッ!

一秒。

二秒。

三秒。

二人の動きが止まった。

皇帝の目から涙が流れた。

ゼルガードの目からも涙が流れた。

「……うまい」

「……ああ」

皇帝はスープを飲んだ。

「……やはり、味噌ラーメンは素晴らしい」

ゼルガードもうなずいた。

「きつねうどんとは違う魅力がある」

「……そうだな」

「濃厚で、力強い」

「……ああ」

「だが、うどんの優しい出汁も捨てがたい」

皇帝は考えた。

「……ゼルガード」

「何だ」

「明日は、うどんを食べに行かないか?」

ゼルガードは驚いた。

「……貴様と?」

「ああ」

「……なぜだ?」

皇帝は笑った。

「一人で食べるより、二人で食べたほうがうまい気がする」

ゼルガードはしばらく黙った。

「……いいだろう」

二人は再び麺をすすった。

その光景を見ていた美咲が、小声で言った。

「健太さん」

「何だ?」

「銀河の二大勢力のトップが、仲良くラーメン食べてますよ」

健太は笑った。

「いいことじゃねえか」

「歴史的瞬間ですよ!」

「そうかもな」

健太は厨房に戻った。

「……でも、次の注文も入ってるからな」

「健太さん!」

「何だ?」

「もう少し感動してくださいよ!」

「ラーメン伸びるだろ!」

食事を終えた皇帝とゼルガードは、満足そうに丼を置いた。

「……素晴らしかった」

皇帝が言った。

ゼルガードもうなずいた。

「……実に素晴らしい」

健太が笑った。

「ありがとうございます」

皇帝は財布を取り出した。

金色に輝く、巨大な財布だった。

「代金はいくらだ?」

健太は伝票を確認した。

「味噌ラーメン大盛りが九百五十円。チャーシュー三枚追加で三百円ですから、皇帝さんが千二百五十円」

「うむ」

「ゼルガードさんが九百五十円」

「うむ」

「合わせて二千二百円です」

皇帝はうなずいた。

そして、財布から金色の板を取り出した。

「釣りはいらぬ」

健太は板を見た。

「……何ですか、これ?」

「純金だ」

「…………」

「銀河帝国の記念金貨、百枚分の価値がある」

「日本円でお願いします」

皇帝は固まった。

「……何?」

「うち、金塊じゃ会計できないんで」

「…………」

ゼルガードが笑った。

「ふっ。銀河皇帝ともあろう者が、地球の通貨を持っていないとはな」

皇帝は悔しそうに言った。

「……貴様は持っているのか?」

ゼルガードは胸を張った。

「当然だ」

そして、黒い財布を取り出した。

中から、一枚の紙幣を取り出す。

「これで払おう」

健太は見た。

一万円札だった。

「はい、一万円お預かりします」

皇帝が驚いた。

「……ゼルガード!」

「何だ?」

「なぜ貴様は地球の通貨を持っている!?」

ゼルガードは得意げに答えた。

「昨日、うどん屋に行く前に、地球の担当者に両替してもらった」

「……何!?」

「地球で食事をするなら、地球の通貨が必要だ」

皇帝は震えた。

「……なんという先見の明!」

健太は釣り銭を数えながら言った。

「普通のことですよ」

ゼルガードは一万円札を差し出した。

「二人分だ」

皇帝が驚いた。

「……私の分まで?」

「ああ」

「……なぜだ?」

ゼルガードは静かに答えた。

「今日は、私がおごろう」

皇帝はしばらく黙った。

「……ゼルガード」

「何だ」

「次は、私がおごる」

ゼルガードは笑った。

「期待している」

健太は二人に釣り銭を渡した。

「はい、七千八百円のお返しです」

二人は顔を見合わせた。

「……安いな」

「……ああ」

健太はため息をついた。

「だから、普通のラーメン屋なんですって」


その日の午後。

銀河帝国と銀河麺類禁止連邦は、正式な共同声明を発表した。

『両国は、地球の食文化を尊重し、相互理解と友好関係を深めることで合意した』

『今後、軍事的対立を回避し、文化交流を推進する』

『また、両国首脳による定期的な食事会を開催する』

世界中が歓喜した。

国連では拍手が鳴り響いた。

各国の首脳が声明を発表した。

『歴史的な和平である』

『人類と宇宙文明の新たな時代が始まった』

『地球の食文化が銀河外交を変えた』

しかし。

その頃。

『らーめん銀次』では、別の問題が発生していた。

「健太さん!」

美咲が叫んだ。

「どうした?」

「大変です!」

「今度は何だよ」

「皇帝とゼルガードさんが、明日も来るそうです!」

「……そうか」

「しかも!」

「何だ?」

「今度は、銀河帝国の大臣たちと連邦の幹部たちも一緒に!」

健太は黙った。

「……何人?」

美咲はスマートフォンを見た。

「……二百人です」

「…………」

「……うち、八席しかないんだけど」

美咲はうなずいた。

「知ってます」

「……予約は?」

「してません」

「…………」

健太はスマートフォンを取り出した。

そして、銀河帝国皇帝に電話をかけた。

『おお、佐藤健太殿!』

「皇帝さん」

『何だ?』

「明日、二百人で来るって本当ですか?」

『そうだ!』

「予約してください」

『……予約?』

「はい」

『……それは、何だ?』

健太は頭を抱えた。

「帝国の使者には教えたぞ! 皇帝さんまで伝わってないのかよ!」

『あの使者は「予約」を銀河機密として報告した。私には閲覧権限がなかった』

「皇帝に見せられない機密って何だよ!」

こうして銀河帝国と銀河麺類禁止連邦の歴史的な和平は成立した。

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