第十二話 宇宙人に餃子を六個出したら、銀河帝国で七個目を食べた男が指名手配された
午前六時。
『らーめん銀次』の厨房には、包丁の音が響いていた。
トントントントン。
「健太さん、キャベツはこれくらいでいいですか?」
「ああ。水気を軽く絞ってくれ。餡が水っぽくなるからな」
美咲が刻んだキャベツを布巾に包む。
その横で健太は、豚ひき肉に塩を加え、粘りが出るまで混ぜていた。
ニラ、ニンニク、生姜、醤油、ごま油。
香りが立ったところで野菜を合わせる。
「今日は焼き餃子を出すぞ」
「いいですね! 昨日のチャーハン大会を見たお客さんも来そうです」
「料理に興味を持ってくれるのは大歓迎なんだけどな。問題は、その後なんだよ」
そのとき、厨房の裏口が開いた。
「師匠。修業に来た」
立っていたのは、昨日のチャーハン世界一決定戦で優勝したザハルだった。
惑星トリオス出身、六本腕の料理人である。
「お前、優勝祝賀会は?」
「終わった。次は餃子を学ぶ」
「切り替えが早すぎる!」
健太は餃子の皮を一枚取り、餡を置いて、縁を水で湿らせた。
ひだを寄せ、端を閉じる。
「詰め込みすぎないこと。焼いたときに破れないようにな」
「分かった」
シュシュシュシュシュシュッ!
六本の腕が動き、六個の餃子が一瞬で並んだ。
「速っ!」
「昨日、宿で三千個練習した」
「何で優勝した日にそんなに働いてるんだよ!」
だが、二個は餡がはみ出し、一個は端が閉じていない。
「……失敗した」
「まず一個ずつ丁寧に作れ。腕が六本でも、お客さんの口は一つだ」
ザハルは首をかしげた。
「トリオス人の口は二つある」
「そこは知らなかった!」
「上の口で食べ、下の口で味を評価する」
「便利なのか面倒なのか分からねえ!」
美咲が笑った。
「世界一の料理人でも、餃子は一年生なんですね」
「初めての料理は誰でも一年生だよ」
クックが作業台に近づいた。
『師匠。餃子の提供数量を記録します。一皿六個ですね』
「ああ、うちではな。追加で頼むならもちろん出すぞ」
『承知しました。「六個」は店のメニュー上の単位であり、宇宙共通の規則ではありません』
「そう! 今日は理解が早いな!」
健太は安心した。
クックが正しく理解したからといって、ほかの宇宙人まで理解するとは限らないことを、忘れていた。
午前十一時。
開店と同時に、皇帝とゼルガードがやって来た。
「健太よ! 昨日の大会は素晴らしかった!」
「ありがとうございます。今日は餃子をどうぞ」
健太はフライパンに餃子を並べ、底を焼いた。
水を注いで蓋をすると、白い蒸気が立ち上がる。
ジュウウウッ。
水分が飛んだところでごま油を回しかけた。
黄金色の焼き目がついた餃子を六個、皿に盛る。
「お待たせしました」
「おお! 小さな半月が六つ!」
「熱いので気をつけてください」
「分かっておる!」
パクッ。
「アッツァアアア!」
「分かってない!」
皇帝は水を飲み、今度は慎重に息を吹きかけた。
「……うまい!」
香ばしい皮。
野菜の甘み。
肉のうま味。
ゼルガードも一つ食べ、目を細めた。
「この小ささで、実に満足感がある」
皇帝は六個を平らげると、空の皿をじっと見つめた。
「健太よ。もう一皿もらえるか?」
「もちろんです」
「……よいのか?」
「え?」
「六個食べ終えたのだぞ。七個目に進んでもよいのか?」
「お腹に入るなら、どうぞ」
「八個目も?」
「はい」
「九個目は?」
「何個まで確認するんですか!」
皇帝は感動したように立ち上がった。
「餃子とは、自由の象徴だったのだな!」
「ただのおかわりです!」
皇帝は通信機を取り出した。
「この素晴らしい文化を、銀河中に広めたい!」
健太は慌てて止めた。
「陛下! 勝手に法律とか作らないでくださいよ!」
「分かっておる! 余も学習した!」
皇帝は胸を張った。
「餃子は自由に食べてよい!」
「そうです!」
「七個でも八個でもよい!」
「はい!」
「国民には、自由な餃子生活を送ってもらう!」
「……何ですか、その生活」
皇帝は満足そうに帰っていった。
健太は胸をなで下ろした。
「……今度こそ平和に終わりそうだな」
しかし、その日の午後。
銀河帝国の宮殿では、まったく別の騒動が始まっていた。
銀河帝国、中央宮殿。
皇帝は大臣たちに、地球で食べた餃子の話をしていた。
「諸君! 餃子は一皿六個だった!」
大臣たちが拍手する。
「六個!」
「実に美しい数字です!」
「しかし!」
皇帝は拳を握った。
「七個目を食べてもよいのだ!」
会議室が静まり返った。
法務大臣が恐る恐る尋ねる。
「……七個目ですか?」
「そうだ!」
「六個を超えても?」
「もちろんだ!」
「それは……合法なのでしょうか?」
「合法も何も、ただの食事だ!」
財務大臣が立ち上がった。
「陛下。帝国には公共食堂の『標準配膳数量』という制度がございます」
「うむ」
「餃子は六個で一人前と登録すべきでしょう」
「それは構わぬ。だが、追加は自由だぞ」
「承知しました」
法務大臣が書類に記入する。
【餃子一人前・六個】
その下に、補足事項を追加した。
【七個目以降・自由】
ところが法務大臣は、そこで手を止めた。
「……自由?」
「どうした?」
「自由ということは、何個でも食べられるということでしょうか?」
「そうだ」
「では、百個でも?」
「食べられるならな」
「千個でも?」
「胃袋が持てばな」
「一万個でも?」
「餃子の話をしておるのだぞ!」
法務大臣は深刻な顔になった。
「陛下。上限がない制度は危険です」
「何が危険なのだ!」
「国民が一斉に七個目を注文したら、公共食堂の予算が不足します!」
「追加分は自分で払えばよい!」
「では、八個目の税率は?」
「税率を変えるな!」
「九個目には贅沢税を?」
「餃子で財政改革をするな!」
皇帝は机を叩いた。
「余は自由に食べてよいと言っておる!」
法務大臣は深々と頭を下げた。
「陛下のご意向、確かに承りました!」
そして書類に記入した。
【銀河餃子自由化法案・審議開始】
皇帝は頭を抱えた。
「なぜ自由にするために法律を作るのだ……」
翌朝。
『らーめん銀次』。
美咲がスマートフォンを見て固まっていた。
「健太さん……」
「何だ?」
「銀河帝国で、餃子の七個目が大問題になってます」
「……は?」
画面には、大きな見出しが並んでいた。
【銀河帝国議会、七個目の餃子を審議】
【六個派と八個派が激突】
【九個派、独立を宣言】
「独立!?」
健太はスマートフォンを二度見した。
「餃子の数で国を分けるな!」
クックが補足する。
『現在、帝国議会では六個派、八個派、十個派が対立しています』
「食いたいだけ食えよ!」
『少数派として、一個派も存在します』
「それはちょっと寂しいな!」
そのとき、美咲が突然叫んだ。
「健太さん! 大変です!」
「今度は何だ!」
「餃子を七個食べた人が、指名手配されてます!」
「……は?」
画面には、銀河帝国の緊急ニュースが表示されていた。
【銀河帝国緊急速報】
【指名手配者、逃走中】
【容疑:餃子一個の未精算】
【被害額:銅貨一枚相当】
【懸賞金:銀貨百枚】
健太はしばらく画面を見つめた。
「……おい」
『はい、師匠』
「餃子より懸賞金のほうが高えじゃねえか!」
クックが説明を始めた。
『事件は帝国第七公共食堂で発生しました』
「うん」
『男性が六個入りの餃子を注文し、完食しました』
「普通だな」
『あまりのおいしさに、餃子を追加注文しました』
「いいじゃないか」
『ところが、自動会計装置に追加注文が登録される前に、男性が七個目を食べてしまいました』
「それで?」
『装置が未精算の餃子一個を検知し、警報を発しました』
「一個ぐらい、あとで払えばいいだろ!」
『男性は警報に驚いて逃走しました』
「何で逃げたんだよ!」
『本人は、七個目を食べることが法律違反だと思い込んでいたようです』
「そんな法律、まだできてねえよ!」
クックは続けた。
『警備システムは男性を「会計確認対象」として登録しました』
「まあ、そこまでは分かる」
『しかし、帝国の情報管理システムに不具合があり、「会計確認対象」が「指名手配者」として公開されました』
「一文字も似てねえだろ!」
『さらに、懸賞金の初期設定が銀貨百枚になっていました』
「初期設定で懸賞金つけるな!」
画面が切り替わった。
銀河帝国の繁華街。
一人の男性が必死の形相で走っていた。
その後ろを、三台の警備ロボットが追いかけている。
『停止してください! 餃子一個分の会計について確認があります!』
「払います! 払いますからあああ!」
『停止してください!』
「餃子一個で人生終わりたくないいいい!」
さらに後方から、賞金稼ぎらしい宇宙人が現れた。
「待てえええ! 銀貨百枚は俺のものだあああ!」
「何で賞金稼ぎまで来てるんだよ!」
美咲が腹を抱えて笑っていた。
「健太さん、もう無茶苦茶です!」
「笑い事じゃねえよ! 本人は必死なんだぞ!」
そのとき、映像の男性が足を止めた。
目の前に、餃子の屋台があったのだ。
「……いい匂いだ」
健太は嫌な予感がした。
「おい。まさか……」
男性は屋台の店主に尋ねた。
「餃子、何個入りですか?」
「六個だよ」
「……七個目は?」
「追加できるよ」
男性の目に涙が浮かんだ。
「……本当ですか?」
「ああ」
「七個食べても、逮捕されませんか?」
屋台の店主は困惑した。
「何の話だ?」
男性はその場に崩れ落ちた。
「よかったああああ!」
背後から警備ロボットが追いついた。
『対象者を確認しました』
男性が飛び上がる。
「ひいいい!」
『システムの誤登録が判明しました。指名手配は取り消されています』
「……え?」
『未精算の餃子一個について、銅貨一枚をお支払いください』
男性は震える手で銅貨を差し出した。
『精算完了。ご協力ありがとうございました』
警備ロボットは静かに去っていった。
男性は呆然と立ち尽くした。
「……終わった?」
屋台の店主が声をかけた。
「兄ちゃん。餃子、食べるかい?」
男性は涙を拭った。
「……お願いします」
「何個?」
男性は少し考えた。
そして、決意を込めて答えた。
「……七個!」
健太が叫んだ。
「懲りてねええええ!」
美咲がとうとう笑い崩れた。
その横で、ザハルが真剣な顔で尋ねた。
「師匠。七個目の餃子には、人を狂わせる力があるのか?」
「ない! ただうまいだけだ!」
クックが付け加えた。
『なお、今回の誤掲載を受け、帝国情報局は懸賞金の初期設定を廃止しました』
「最初からそうしろ!」
『また、男性には謝罪と食事券が贈られました』
「まあ、それならよかった」
『食事券の内容は、餃子六個無料です』
健太は頭を抱えた。
「七個にしてやれよおおおお!」
午前十時。
皇帝から緊急通信が入った。
『健太よ! 助けてくれ!』
「知ってます! 七個目で指名手配された人がいるんでしょう!」
『そうなのだ!』
「指名手配は取り消されたんですよね?」
『うむ! 本人にも謝罪した!』
「ならよかった!」
皇帝は深いため息をついた。
『しかし、議会ではまだ餃子の数を議論しておる』
「もうやめさせてくださいよ!」
『余もそう言っておる! だが、法務大臣が「正式な決議が必要」と言うのだ!』
健太は天井を仰いだ。
「……じゃあ、俺が説明しますよ」
『本当か!』
「はい。ただし、今度こそ話をややこしくしないでくださいね」
『もちろんだ!』
こうして健太は、銀河帝国議会に招かれることになった。
その日の午後。
銀河帝国議会。
巨大な円形の議場に、各惑星の代表者が集まっていた。
中央には健太、美咲、クック、ザハル。
そして、なぜか小さな調理台まで運び込まれている。
法務大臣が立ち上がった。
「佐藤健太殿! 餃子は六個で一人前なのですか?」
「うちの店では六個です。でも、店によって違います」
議場がざわめいた。
「違うのか!」
「基準がないとは!」
「今日は、実際に食べてもらいます」
健太が合図すると、ザハルが焼きたての餃子を運んできた。
六本の腕に三枚の皿を持っている。
一皿目には六個。
二皿目には三個。
三皿目には一個。
「法務大臣は六個、財務大臣は三個、補給大臣は一個。好きな皿を選んでください」
法務大臣が六個の皿を取る。
「私は六個食べたい!」
「どうぞ」
財務大臣が三個の皿を取る。
「私は昼食を済ませたので三個で十分です」
「それでいいんです」
補給大臣は一個を手に取った。
「私は味見だけしたい」
「もちろん、それもいい」
三人が同時に餃子を食べた。
パリッ。
「……うまい!」
「この皮の香ばしさ!」
「一個だけでも、ちゃんと味が分かる!」
健太は腕を組んだ。
「どうです? 六個でも三個でも一個でも、おいしいでしょう?」
大臣たちがうなずく。
「では、法務大臣。もう一個食べたいですか?」
「はい!」
「どうぞ。七個目です」
健太が追加の一個を差し出す。
法務大臣は恐る恐る口に運んだ。
「……うまい!」
「七個目だからって、味は変わらないでしょう?」
「た、確かに!」
議場から拍手が起こった。
そのとき財務大臣が手を挙げた。
「私はもうお腹がいっぱいです。しかし皿に一個残っています。これはどうすれば?」
健太が答える前に、ザハルが前に出た。
「俺が食べたい」
「……どうぞ」
ザハルは残った餃子をぱくりと食べた。
「うまい」
議場がどよめいた。
「余った餃子を、別の者が食べた!」
「それでよかったのか!」
健太は額を押さえた。
「大発見みたいに言うな!」
皇帝が立ち上がった。
「余にも分かったぞ。標準の六個は、注文を分かりやすくするための目安。食べる量を縛る法律ではないのだな!」
「その通りです!」
法務大臣が深々と頭を下げた。
「では、銀河餃子自由化法案は撤回いたします」
議場に大きな拍手が響いた。
健太はようやく息をついた。
「……よかった。これで終わりだ」
しかし法務大臣が最後にもう一度手を挙げた。
「念のため確認を。一個を半分に切って二人で分けた場合、双方は〇・五個を食べたことになりますか?」
「数え方は好きにしてください!」
「では三等分の場合は?」
「計算の授業を始めるな!」
ザハルが真顔で包丁を取り出した。
「師匠。六本腕なら六等分できる」
「お前は餃子を切るな! 焼け!」
議場は笑いに包まれた。
三日後。
『らーめん銀次』。
店内は今日も大勢の客でにぎわっていた。
「餃子六個!」
「こっちは三個!」
「俺は二皿で十二個!」
「はいよ!」
健太は次々と注文を受けていた。
美咲が笑いながら皿を運ぶ。
「銀河帝国でも、好きな数だけ注文できるようになったそうですよ」
「最初からそうしてくれよ」
ザハルは六本の腕で餃子を包んでいた。
以前より速度は落ちたが、一個一個の形はきれいに揃っている。
「師匠。今日は全部、破れずに焼けた」
「おお。上達したな」
「次は、食べる人に合わせて大きさを変えたい」
「いいじゃないか。ちゃんと料理人らしくなってきたな」
そのときクックが通信を受信した。
『師匠。皇帝陛下から確認依頼です』
「今度は何だ?」
『地球の飲食店に「餃子の王将」という名称を発見されました。「王将」とは餃子界を統治する君主の称号なのか、とのことです』
「違う! 店の名前だ!」
『承知しました。即位式の準備を中止するよう返信します』
「準備する前に聞けよ!」
美咲が吹き出した。
その横でザハルが真顔で尋ねる。
「師匠。王将になるには、餃子を何個食べればいい?」
「お前まで王位を狙うなあ!」
厨房に笑い声が響いた。
今日も『らーめん銀次』は平和だった。




