↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宇宙人が地球に来た理由が、ラーメンを食べるためだった  作者: レモンティー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/13

最終話 銀河皇帝がラーメン屋を開いた日、宇宙から戦争が消えた

午前六時。

東京の小さなラーメン店『らーめん銀次』。

佐藤健太は、いつものように寸胴鍋の前に立っていた。

コトコト、コトコト。

豚骨スープが静かに煮えている。

「健太さん、今日もいい匂いですね!」

美咲が厨房に入ってきた。

「ああ。昨日より少し火加減を変えてみたんだ」

「まだ改良するんですか?」

「当たり前だろ。ラーメンに完成なんてないからな」

そのとき、クックの目が青く光った。

『師匠。銀河帝国から緊急通信です』

健太の手が止まった。

「……またか」

『皇帝陛下からです』

「嫌な予感しかしねえ」

『皇帝陛下が退位されました』

「……は?」

健太はお玉を落とした。

カラン。

「今、何て言った?」

『銀河皇帝が退位されました』

「何で!?」

『新しい仕事を始めるためだそうです』

「……新しい仕事?」

『はい。ラーメン屋です』

「何でだよおおおお!」

美咲が慌てて通信画面を開いた。

そこには、銀河帝国中央宮殿の映像が映っていた。


銀河帝国中央宮殿。

数千億の国民が見守る中、皇帝は演説台に立っていた。

「銀河帝国の諸君!」

その声が、銀河全域へ届けられる。

「余は本日をもって、皇帝の座を退く!」

会場がざわめいた。

しかし、皇帝は落ち着いていた。

「三年前より、余は各惑星への権限移譲を進めてきた」

巨大な画面に、銀河地図が表示される。

「これまで帝国では、遠い惑星の問題まで中央宮殿が決定していた」

皇帝は続けた。

「だが、現地の暮らしを知らぬ者が、すべてを決めることには限界がある」

各惑星の代表者たちが静かにうなずいた。

「本日、銀河自治評議会への権限移譲が完了した。各惑星の代表者は、自らの未来を自ら決める」

拍手が起こった。

皇帝は少し笑った。

「そして余は、新しい人生を歩む!」

法務大臣が立ち上がった。

「陛下! どのような道を?」

皇帝は拳を握った。

「ラーメン屋だ!」

会場が静まり返った。

三秒後。

「ええええええ!?」

銀河中に驚きの声が響いた。

皇帝は胸を張った。

「余は地球で、一つの真実を知った!」

大臣たちが身を乗り出す。

「人は、腹が減る!」

「……はい?」

「腹が減れば、食事をする!」

「……それは、そうですが」

「そして、うまいラーメンを食べれば幸せになる!」

財務大臣が涙を流した。

「なんと深遠なお言葉!」

地球で中継を見ていた健太が叫んだ。

「当たり前のことしか言ってねえ!」

皇帝はさらに続けた。

「余は長年、銀河を統治してきた。だが、まだ一杯のラーメンすら、自分の手で作ったことがない!」

法務大臣が震える声で尋ねた。

「……それが退位の理由なのですか?」

「違う! 退位は三年前から決まっておった!」

健太は少し安心した。

「……そこはちゃんとしてたんだな」

皇帝は高らかに宣言した。

「ゆえに余は、第二の人生をラーメンに捧げる!」

「やっぱり最後はラーメンかよ!」


翌日。

『らーめん銀次』。

店の前に、一人の男が立っていた。

金色の衣装。

豪華なマント。

頭には巨大な王冠。

元銀河皇帝である。

「健太よ!」

「……はい」

「弟子入りに来た!」

健太はしばらく黙った。

「まず、その王冠を脱いでください」

「なぜだ?」

「厨房で邪魔だからです!」

皇帝は素直に王冠を脱いだ。

「では、これでよいか?」

「マントも!」

「これもか?」

「当たり前です!」

数分後。

元皇帝は白い調理服を着ていた。

頭には白い帽子。

腰には前掛け。

胸元には、小さな名札。

【新人 元皇帝】

健太は名札を見つめた。

「……元皇帝って書く必要あります?」

「余の経歴だからな!」

「普通に名前を書いてください!」

美咲が笑いながら、新しい名札を作った。

【新人 皇帝さん】

「変わってねえ!」


修業初日。

健太は元皇帝に雑巾を渡した。

「まず、店の掃除からです」

元皇帝は雑巾を見つめた。

「……これは?」

「雑巾です」

「何に使う?」

「床を拭くんです」

元皇帝は目を丸くした。

「余が?」

「はい」

「銀河を統治した余が?」

「はい」

「何万もの惑星を治めた余が?」

「何回確認するんですか!」

元皇帝はしばらく考えた。

そして、床に膝をついた。

ゴシゴシ。

「……む?」

床の汚れが落ちた。

「健太よ!」

「はい?」

「余の力で、床が美しくなった!」

「ただの掃除です!」

元皇帝は感動していた。

「これは素晴らしい!」

「……何がですか?」

「余が自ら働けば、その成果がすぐに分かる!」

健太は少し笑った。

「そうですね」

「皇帝だった頃は、命令しても結果が出るまで何年もかかった」

元皇帝は、磨いた床を見つめた。

「……働くとは、こういうことなのだな」

その日、元皇帝は三時間も床を磨き続けた。

店の床は鏡のように輝いた。

ただし。

「健太さん!」

美咲が叫んだ。

「床が滑りすぎます!」

健太は足を滑らせた。

「うわあああ!」

ドシン!

元皇帝が胸を張った。

「完璧に磨いたぞ!」

「磨きすぎだああああ!」


一週間後。

元皇帝は、ようやく麺を茹でることを許された。

「いいですか。麺を入れたら、時間を守ってください」

「任せよ!」

健太はタイマーをセットした。

「三分です」

「三分だな!」

元皇帝は真剣な表情で麺を茹で始めた。

一分。

二分。

二分五十秒。

元皇帝の額に汗が浮かぶ。

「あと十秒!」

「落ち着いてください」

「九!」

「声に出さなくていいです!」

「八!」

「聞いてます!?」

ピピピピッ!

「今です!」

元皇帝は湯切りざるを持ち上げた。

ザバアアアッ!

「銀河よ! 湯を切れえええ!」

「普通に切れえええ!」

だが、湯切りは見事だった。

健太は思わず感心した。

「……おお」

元皇帝が振り向いた。

「どうだ!」

「悪くないです」

「本当か!」

「ああ。ちゃんとできてますよ」

元皇帝は子供のように笑った。

その日。

元銀河皇帝は、生まれて初めて自分で茹でた麺を食べた。

「……うまい」

健太は笑った。

「自分で作ると、違うでしょう?」

元皇帝は静かにうなずいた。

「……ああ」


三か月後。

銀河の辺境にある惑星で、深刻な争いが起きた。

二つの種族が、長年にわたって水資源を巡って対立していたのである。

上流に暮らすアルダ族。

下流に暮らすベルム族。

アルダ族は農業用水を確保するため、川の上流に巨大な貯水施設を建設した。

その結果、下流のベルム族の町では水不足が続いていた。

ベルム族は施設の撤去を要求した。

アルダ族は拒否した。

両者は軍を集め、国境では小規模な衝突が繰り返されていた。

銀河自治評議会も仲裁に入ったが、交渉は進まなかった。

そんなとき、元皇帝が一つの提案をした。

「両者を、同じ食卓に招いてはどうか?」

代表者たちは驚いた。

「……食卓?」

「うむ」

「何をするのです?」

元皇帝は胸を張った。

「ラーメンを食べる!」

健太は隣で頭を抱えた。

「またラーメンで全部解決しようとしてる……」

しかし、元皇帝は首を横に振った。

「違うぞ、健太」

「……え?」

「ラーメンを食べただけで、争いは終わらぬ」

健太は顔を上げた。

元皇帝は続けた。

「だが、互いに敵だと思っている者たちが、同じ食卓につくことには意味がある」

健太は少し考えた。

「……まあ、そうですね」

「まずは、話をするきっかけを作りたいのだ」

こうして、両種族の代表者が同じ店に招かれた。


会談当日。

アルダ族の代表とベルム族の代表は、同じテーブルに座っていた。

互いに険しい表情をしている。

「我々の農地を干上がらせるつもりか!」

「そちらこそ、我々の生活用水を奪っている!」

元皇帝は、二人の前にラーメンを置いた。

「まず、食べてみてくれ」

「こんなときに食事など!」

「我々は交渉に来たのだ!」

元皇帝は静かに言った。

「腹が減っていては、まともな話もできぬ」

二人はしばらく黙った。

やがて、アルダ族の代表が箸を取った。

「……いただこう」

ベルム族の代表も続いた。

ちゅるるっ。

「……うまい」

「ああ」

しばらく、ラーメンをすする音だけが響いた。

やがて、ベルム族の代表が口を開いた。

「……我々は、水を全部よこせと言っているわけではない」

アルダ族の代表が顔を上げた。

「……何?」

「最低限、町の生活用水と農地を守れるだけの水が必要なのだ」

アルダ族の代表は黙った。

「こちらも、貯水施設を壊されたら農業が成り立たない」

「……分かっている」

元皇帝は、二人の会話を静かに聞いていた。

そこへ、銀河自治評議会の技術者が資料を広げた。

「実は、両者の水使用量を調査した結果、改善できる部分が見つかりました」

画面には、川の流量と貯水施設の運用状況が表示された。

「アルダ族の農業用水は、夜間に大量の水が失われています。古い水路からの漏水が原因です」

アルダ族の代表が驚いた。

「……そんなに?」

「はい。水路を修復すれば、現在より少ない取水量でも農業を維持できます」

さらに技術者は続けた。

「ベルム族の町では、雨季に余った水を貯める施設が不足しています」

ベルム族の代表がうなずいた。

「それは以前から問題になっていた」

「両方を改善すれば、必要な水量を確保できる可能性があります」

元皇帝は二人を見た。

「どうだ。共同で工事を進めてみては?」

アルダ族の代表は腕を組んだ。

「……費用は?」

ベルム族の代表が答えた。

「我々も負担する」

「工事中の水は?」

「暫定的な配分を決めよう」

「守られなかった場合は?」

元皇帝が答えた。

「自治評議会が流量を監視し、双方に同じ記録を公開する」

二人は顔を見合わせた。

そして、ゆっくりとうなずいた。

「……交渉を続けよう」

それが、最初の一歩だった。


その後、三か月にわたって交渉が続いた。

水路の修復。

貯水施設の改良。

雨季と乾季の配分。

工事費用の負担。

監視制度。

一つずつ問題が整理された。

そして、ついに。

【アルダ族・ベルム族 水資源共同管理協定締結】

両種族の代表が握手を交わした。

長年続いていた国境の衝突は停止し、双方の軍は撤収を始めた。

銀河中に、そのニュースが流れた。

【ラーメン店で始まった和平交渉、正式合意へ】

健太はニュースを見て笑った。

「……本当にまとまったんだな」

元皇帝がうなずいた。

「うむ」

「ラーメンのおかげですか?」

元皇帝は首を横に振った。

「違う。互いに譲り合い、努力した者たちのおかげだ」

健太は少し驚いた。

元皇帝は笑った。

「ラーメンは、最初の一杯を出しただけだ」

「……そうですね」

健太もうなずいた。

「でも、きっかけにはなったんですね」

「うむ」


その和平をきっかけに、銀河自治評議会は新しい取り組みを始めた。

対立する惑星同士が、武力を使う前に話し合うための共同食堂を設置したのである。

そこでは、ラーメンだけでなく、各惑星の料理が提供された。

ある惑星では、長年争っていた二つの民族が、同じ鍋を囲んだ。

別の惑星では、交易路を巡って対立していた国々が、食事をしながら関税の交渉を始めた。

さらに別の惑星では、停戦中の兵士たちが、互いの故郷の料理を交換した。

もちろん、食事だけですべてが解決したわけではない。

交渉が決裂することもあった。

何度も会議を重ねる必要があった。

それでも、武力ではなく話し合いを選ぶ国が少しずつ増えていった。

やがて銀河自治評議会は、各惑星間の紛争について、停戦監視と仲裁を義務づける新たな協定を成立させた。

軍備の削減も段階的に進められた。

そして、数年後。

銀河帝国の旧領域内では、すべての国家間戦争が終結した。

【銀河自治評議会、全域での戦争終結を確認】

【旧帝国領域、初の戦争ゼロを達成】

【長年の敵対国、正式な和平条約に調印】

ただし、すべての対立が消えたわけではない。

貧困も、意見の違いも、まだ残っている。

それでも、少なくとも大軍同士が戦場で命を奪い合う時代は終わった。

元皇帝はその知らせを、『らーめん銀次』の厨房で聞いた。

「……そうか」

ゼルガードがうなずいた。

「旧帝国領域のすべての戦争が終結しました」

元皇帝は静かに目を閉じた。

「……長かったな」

健太は笑った。

「よかったですね」

元皇帝もうなずいた。

「うむ」

そのとき、タイマーが鳴った。

ピピピピッ!

健太が叫んだ。

「麺!」

元皇帝が飛び上がった。

「いかん!」

「和平に感動して麺を伸ばすな!」

「すまぬ!」

元皇帝は慌てて湯切りを始めた。

厨房に笑い声が響いた。


それから一年後。

元皇帝は、ついに独立することになった。

「健太よ!」

「はい?」

「余は、自分の店を持ちたい!」

健太は少し驚いた。

「……本気ですか?」

「うむ!」

「ラーメン屋は大変ですよ」

「分かっておる」

「毎朝早いし、仕込みもあるし、掃除もあります」

「すべて経験した!」

「お客さんに怒られることもあります」

「それも経験した!」

美咲が笑った。

「この前、麺が硬いって言われてましたね」

元皇帝は苦笑した。

「うむ。皇帝の命令には逆らえなくても、客の好みには逆らえぬと知った」

健太は笑った。

「そういうことです」

元皇帝は深く頭を下げた。

「師匠。今まで、ありがとう」

健太は少し照れくさそうに頭をかいた。

「……頑張ってください」

「うむ!」

こうして。

銀河帝国の元皇帝は、一人のラーメン職人として旅立った。


さらに一年後。

銀河帝国の旧首都惑星。

大通りの片隅に、小さなラーメン店が開店した。

店の名前は――

【らーめん皇帝】

看板には金色の文字が輝いている。

入口には、元皇帝が立っていた。

白い調理服。

白い帽子。

腰には前掛け。

かつての王冠も、マントもない。

「いらっしゃい!」

元皇帝は元気よく声をかけた。

店内には、さまざまな種族の客が座っている。

「豚骨ラーメン一杯!」

「味噌ラーメン一杯!」

「塩ラーメン二杯!」

「醤油ラーメン大盛り!」

「はいよ!」

元皇帝は慣れた手つきで麺を茹でた。

湯切りをする。

スープを注ぐ。

チャーシューをのせる。

ネギを散らす。

「お待たせしました!」

一杯のラーメンが完成した。

客が麺をすする。

「……うまい!」

元皇帝は嬉しそうに笑った。

「ありがとう!」

そのとき。

店の扉が開いた。

カランカラン。

「いらっしゃい!」

元皇帝が顔を上げる。

そこに立っていたのは――

佐藤健太だった。

隣には美咲。

ザハル。

クック。

そしてガル。

元皇帝は目を見開いた。

「……師匠!」

健太は笑った。

「繁盛してますね」

「うむ!」

元皇帝は胸を張った。

「毎日、忙しいぞ!」

健太は店内を見回した。

小さな店だった。

豪華な装飾もない。

巨大な銅像もない。

ただ、厨房があり、カウンターがあり、ラーメンを食べる客がいる。

健太はうなずいた。

「……いい店ですね」

元皇帝は嬉しそうに笑った。

「ありがとう!」

健太はカウンターに座った。

「じゃあ、味噌ラーメンを一杯」

元皇帝は少し緊張した。

「……師匠に出すのは、初めてだな」

「ああ」

「手加減はせぬぞ」

「料理で手加減するなよ」

元皇帝は厨房に戻った。

麺を茹でる。

スープを温める。

味を確かめる。

チャーシューをのせる。

そして一杯の味噌ラーメンが完成した。

「……お待たせしました」

健太の前に、丼が置かれた。

湯気が立ち上る。

健太は箸を取った。

「いただきます」

麺をすする。

スープを飲む。

チャーシューを食べる。

元皇帝は、緊張した表情で見つめていた。

「……どうだ?」

健太はしばらく黙っていた。

そして

「……うまい」

元皇帝の目が大きく開いた。

「……本当か?」

「ああ」

健太は笑った。

「俺のラーメンとは違う。でも、ちゃんとうまい」

元皇帝は、何も言わなかった。

ただ、ゆっくりとうなずいた。

その目には、涙が浮かんでいた。

「……そうか」

健太は丼を置いた。

「立派なラーメン屋になりましたね」

元皇帝は深く頭を下げた。

「……ありがとう、師匠」

店内に、温かい拍手が響いた。


その日の夜。

『らーめん皇帝』の営業が終わった。

健太たちは、店の前に立っていた。

夜空には、無数の星が輝いている。

元皇帝が言った。

「健太よ」

「はい?」

「余は、皇帝だった頃、銀河を変えたいと思っていた」

「……はい」

「強い軍隊を作り、立派な法律を作り、すべての惑星を豊かにしようとした」

元皇帝は空を見上げた。

「だが、何かが足りなかった」

健太は黙って聞いていた。

「今なら分かる」

元皇帝は笑った。

「余は、人々の顔を見ていなかったのだ」

「……そうですか」

「今は毎日、客の顔を見る」

「はい」

「うまいと言ってくれる者もいれば、もっと熱くしろと言う者もいる」

健太は笑った。

「いますね、そういうお客さん」

「だが、余はそれが楽しい」

元皇帝は店の暖簾を見つめた。

「余は、銀河を統治していた頃よりも、今のほうが幸せだ」

健太は少し考えた。

そして、うなずいた。

「……それなら、よかったです」

二人はしばらく夜空を眺めていた。

そのとき。

クックの目が青く光った。

『師匠。緊急報告です』

健太は嫌な予感がした。

「……何だ?」

『元皇帝陛下のラーメン店が大人気となり、銀河中の政治家がラーメン屋への転職を希望しています』

「……は?」

『現在、三千二百人の政治家が辞職届を提出しました』

「何でだよおおおお!」

元皇帝は誇らしげに胸を張った。

「余の影響力は、まだまだ健在だな!」

「喜ぶところじゃない!」

『なお、銀河自治評議会では、政治家のラーメン屋転職を制限する法律が検討されています』

健太は頭を抱えた。

「また法律かよ!」

『さらに、「ラーメン大臣」という新しい役職の設置も検討されています』

「いらねええええ!」

美咲が笑い崩れた。

ザハルが真剣に尋ねる。

「師匠。ラーメン大臣になるには、何杯作ればいい?」

「お前まで政治家になるな!」

元皇帝は大笑いした。

「はっはっは! 実に愉快だ!」

健太は天を仰いだ。

「……頼むから、普通にラーメンを食べてくれよ」


翌朝。

地球の『らーめん銀次』。

健太は、いつものように暖簾を出した。

銀河では戦争が終わった。

元皇帝はラーメン屋になった。

さまざまな惑星で、人々が同じ食卓を囲むようになった。

けれど。

健太自身は何も変わらなかった。

スープを仕込む。

麺を茹でる。

チャーシューを切る。

そして、腹をすかせた客にラーメンを出す。

ただ、それだけだ。

「健太さん、今日も頑張りましょう!」

美咲が笑った。

「ああ!」

そのとき、店の前に一人の宇宙人が立った。

「あの……」

「はい?」

「ここが、銀河で一番おいしいラーメン屋さんですか?」

健太は笑った。

「一番かどうかは知らないけど、ラーメンなら作れるよ」

宇宙人は目を輝かせた。

「じゃあ、味噌ラーメンを一杯ください!」

健太は元気よく答えた。

「はいよ!」

厨房に戻り、麺を茹でる。

スープを注ぐ。

チャーシューをのせる。

ネギを散らす。

そして。

一杯の味噌ラーメンが完成した。

「お待たせしました!」

宇宙人は丼を見つめた。

湯気の向こうで、目を輝かせる。

「……いただきます!」

ちゅるるるっ。

「……おいしい!」

健太は笑った。

「ありがとうございます!」

一杯のラーメンから始まった物語。

それは、銀河中を巻き込む大騒動になった。

そして、遠い星々の争いを終わらせるきっかけにもなった。

けれど。

健太がやることは、最初から何も変わっていない。

腹をすかせた誰かに、おいしいラーメンを作る。

それだけだ。

そして明日も、きっと誰かが店の扉を開ける。

「すみません、ラーメン一杯ください!」

その声が聞こえる限り。

健太は何度でも、こう答えるのだ。

「はいよ! お待ち!」


――完――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。