第十一話 チャーハン世界一決定戦! 六本腕の料理人に負けかけたら、銀河中の米がパラパラになった
午前五時。
『らーめん銀次』の厨房で、健太はチャーシューを刻んでいた。
「……やっと普通の朝だ」
昨日まで店の裏では、銀河四大ラーメン頂上決戦が開催されていた。
銀河一のラーメン職人が決まり、皇帝は感動し、クックは三位になった。
そして健太の駐車場には、まだ黄金の丼を模した記念碑が残っている。
『らーめん銀次』の厨房で、健太はいつものように仕込みを始めていた。
「……平和だな」
昨日まで銀河四大ラーメン頂上決戦が開催されていたとは思えないほど、静かな朝だった。
美咲が店に入ってきた。
「おはようございます! 健太さん、ニュース見ました?」
「見てない。嫌な予感しかしない」
『師匠。第二回銀河料理大会の開催が決定しました』
クックが淡々と告げる。
「知ってる。チャーハンだろ」
『参加予定者は二十四万六千名です』
「増えてるじゃねえか!」
『なお、予選は終了しております』
「またか。いつの間に!?」
『はい。決勝進出者は十二名。会場は銀次上空の空間拡張競技場です』
「上空?」
シャッターを開けると、空一面に巨大な円盤が浮かんでいた。
「太陽がねえ!」
ガルが六本の腕を広げて駆け寄ってくる。
「ご安心を! 今回は店の駐車場を使っておりません!」
「商店街ごと日陰にしてどうする!」
「では競技場を上昇させます!」
円盤が動き、朝日が戻ってきた。
「最初からそうしろ!」
『なお、師匠の出場登録は保留されています』
「おっ。今回は勝手に登録しなかったんだな」
『はい。本人の承諾が必要です』
「文明が進歩した……」
美咲が笑った。
「健太さんのチャーハン、私、好きですよ。忙しい日のまかないで作ってくれるやつ」
「……そう言われると断りにくいな」
健太は包丁を置いた。
「分かった。店の営業に支障が出ない範囲で出る。ただし、今日の仕込みは終わらせてからだ」
『承諾を記録しました』
「ようやくまともな会話ができたな」
『参加者全員の承諾も取得済みです』
「そっちも当たり前だからな!」
午前九時。
競技場には、地球と銀河各地から集まった十二人の料理人が並んでいた。
地球代表は、町中華の名人・陳大福、ベテランの山下誠一、そして健太。
帝国代表のミゲルは、昨日のラーメン大会に続いて出場していた。
「佐藤殿! 今日は必ず勝ちます!」
「まず食材を爆発させないでくださいね」
「もちろんです! 新しい鍋は戦艦の装甲と同じ素材で――」
「その時点で不安なんだよ!」
もう一人、健太の目を引く料理人がいた。
青い肌、六本の腕、首に巻いた白いタオル。
惑星トリオス代表、料理人ザハル。
三本の腕には、それぞれ小ぶりの中華鍋。残りの三本には、へら、菜箸、温度計を持っている。
「……六本腕なら、鍋を三つ同時に振れるのか」
ザハルは健太を見て、礼儀正しく頭を下げた。
「佐藤健太殿。あなたの店の料理を映像で研究した。今日は胸を借りるつもりで来た」
「こっちこそ、よろしく」
「私の星では米に似た穀物を蒸して食べる。
だが炒める技術は未熟だった。地球のチャーハンは、私たちの料理を変えた」
健太は少し驚いた。
「……そんなに?」
「だからこそ、ただの模倣では終わらせない」
ザハルの六本の腕が、一斉に動いた。
三つの鍋が、寸分違わぬ角度で宙を舞う。
健太は思わず見入った。
(こいつ、ただ腕が多いだけじゃない)
開会式。
皇帝が壇上に立った。
「銀河の民よ! 昨日はラーメンで感動した! 今日はチャーハンで感動する!」
健太が言い放つ。
「毎日食べてるだけじゃねえか!」
皇帝は気にせず続けた。
「審査は味、香り、食感、見た目、独創性の五項目! 各二十点、百点満点!」
ゼルガードが立ち上がる。
「ただし、負けた料理の販売禁止は認めん!」
「まだ言ってるのか!」
「過去の過ちを繰り返してはならん!」
健太は苦笑した。
そこだけは本当に学んだらしい。
クックが大会規則を読み上げる。
『第一競技は基本の卵チャーハン。食材は米、卵、ネギ、油、塩、胡椒のみ。制限時間十分』
『第二競技は自由創作。両競技の合計点で優勝者を決定します。各競技百点満点、合計二百点です』
「今回はルールが分かりやすいな」
『危険な調理設備の使用は禁止です』
「ミゲル、聞いたか?」
「もちろんです!」
その返事の直後、ミゲルの調理台に直径十メートルの鍋が搬入された。
「聞いてねえだろ!」
「恒星熱利用型です!」
「もっと悪い!」
安全係がすぐに鍋を撤去した。
「まだ火もつけていないのに!」
「火をつける前でよかったよ!」
午前十時。
第一競技が始まった。
陳大福は油をなじませた鍋に卵を落とし、ご飯を入れる。軽やかな手つきで米をほぐし、余計な水分を飛ばしていく。
山下誠一は鍋を大きく振らない。火から離す時間を最小限に抑え、米粒の温度を保ったまま仕上げていた。
健太も手を動かす。
卵、ご飯、ネギ。塩、胡椒。
ジュワッ。
立ち上がる香りは、いつもの銀次のまかないと同じだった。
「よし、悪くない」
そのとき、観客席から歓声が上がった。
ザハルだった。
第一の鍋で米を炒め、第二の鍋で卵を半熟に保ち、第三の鍋でネギの香りを油に移している。
それぞれを別の温度で仕上げ、最後の十秒で一つに合わせた。
シャッ、シャッ、シャッ!
六本の腕が動くたび、三つの鍋から米粒が弧を描く。
「……すげえ」
健太は素直に感心した。
クックが分析する。
『米、卵、香味油を別々に加熱。各食材の最適温度を維持しています。人間が同じ工程を一人で再現するのは困難です』
「そりゃそうだ。でも、最後に一緒にするタイミングがうまい。あれは腕の数だけじゃできないぞ」
『同意します』
試食審査。
皇帝がザハルのチャーハンを口に入れた。
「……おお!」
米はほどけ、卵はふわりと柔らかい。ネギの香りが最後に抜ける。
ゼルガードも目を丸くした。
「一粒ごとに味があるのに、全体がまとまっている!」
健太も試食を許され、一口もらった。
「……うまいな」
ザハルが笑った。
「地球の料理に教わった成果だ」
第一競技の順位が発表された。
一位、ザハル、九十八点。
二位、陳大福、九十七点。
三位、佐藤健太、九十五点。
四位、山下誠一、九十四点。
健太は表示を見上げた。
「三点差か……」
美咲が駆け寄ってきた。
「健太さん、三位でもすごいですよ!」
「ああ。でも、ザハルのチャーハンは本当にうまかった」
「宇宙人の技術が、ちゃんと料理に役立つこともあるんですね」
「そうだな。悔しいけど、面白くなってきた」
午後二時。
第二競技、自由創作チャーハン。
優勝には、ザハルとの差をひっくり返す必要がある。
陳大福は海鮮チャーハン。山下は焼豚チャーハン。
ザハルは惑星トリオスの香草と地球の米を組み合わせるという。
健太は、銀次のチャーシューを使うことにした。
「いつものチャーシューチャーハンで勝負する」
美咲がうなずいた。
「それが一番、健太さんらしいです」
開始の合図。
健太は刻んだチャーシューを鍋に入れた。
ジュウッ!
脂が溶け、香りが立つ。
だが、隣の調理台で突然、金属音が響いた。
ガシャアン!
ミゲルの小型鍋が台から落ちたのだ。
「すみません! 装置が――」
健太が一瞬そちらを見た。
その一瞬で、鍋肌に当たっていたチャーシューの端が黒くなった。
「しまった!」
焦げた匂い。
残り時間、六分。
このままご飯を入れれば、苦みが全体に移る。
「健太さん!」
美咲の声が飛ぶ。
健太は火を止め、焦げたチャーシューをすぐに取り除いた。
「……慌てるな」
使えるチャーシューは予定より少ない。作り直す時間もない。
(どうする?)
いつもの店なら、客を待たせて作り直す。だが今は制限時間がある。
健太は残ったチャーシューを細かく刻み直した。
「量が足りないなら、香りを生かす」
焦げていない部分だけを使い、別の小鍋で少量の油とともに温める。脂の香りを移したところで、具を取り出した。
卵を入れ、ご飯をほぐす。
ジュワッ!
香りのついた油が米粒を包む。
「……よし」
最後に取り出したチャーシューとネギを戻し、鍋肌に醤油をひと回し。
香ばしい匂いが立ち上がった。
『残り三十秒』
クックの声。
健太は鍋を振り、火を止めた。
「完成!」
美咲が息を吐いた。
「間に合った……!」
健太は額の汗をぬぐった。
「危なかった。ミゲルの鍋より、俺の不注意が原因だな」
ミゲルが深く頭を下げる。
「申し訳ありません!」
「大丈夫。次は鍋を落とさないでくれ」
「はい! 次は絶対に落ちないよう、床に溶接を――」
「普通に持て!」
一方、ザハルの調理台では、別の戦いが続いていた。
三つの鍋に分けた米、卵、香草。
しかし、トリオス産の香草は加熱すると香りが急に強くなる。
「……このままでは米の味が消える」
ザハルは六本の腕を止めた。
客席がざわつく。
一つの鍋から香草を減らし、別の鍋で香りのない油を温め直す。
手数は増えた。だが、腕は六本ある。
「私の強みは、速さだけではない」
最後に三つの鍋を合わせる。
ザハルは一粒を味見した。
「……これだ」
健太は完成した皿を見て、思わず笑った。
「こっちも、すげえのができたな」
午後五時。
最終審査。
陳大福の海鮮チャーハンは、海老と貝のうま味が米全体に広がっていた。
山下誠一の焼豚チャーハンは、しっとりした焼豚と軽い米の食感が絶妙だった。
ザハルの創作チャーハンは、最初に香草が香り、噛むほどに穀物の甘みが増す。六本腕を生かした別々の加熱が、一皿の中で見事にまとまっている。
皇帝は唸った。
「……銀河の料理は、ここまで来たのか」
ゼルガードもうなずく。
「地球の技術を学び、自分たちの食文化にした。見事だ」
そして健太の皿。
皇帝が一口食べた。
「……む?」
もう一口。
「チャーシューが少ないのに、香りが濃い」
「途中で焦がしかけたんです。使える分が減ったので、香りを油に移してみました」
健太は正直に答えた。
料理協会会長が目を細める。
「失敗を隠さず、残った材料で立て直したのか」
「ええ。店でも、予想外のことは起きますから」
ザハルも試食し、驚いた顔になった。
「米の一粒一粒に、肉の香りがある。具材の量だけでは決まらないのだな」
「俺も、あんたの三つの鍋を見て勉強になったよ」
二人は笑って握手した。
すべての試食が終わり、審査員が採点表を封印した。
午後六時。
結果発表。
第一競技と第二競技、合計二百点満点。
巨大スクリーンに、まず四位が表示された。
【第四位 山下誠一 百八十九点】
続いて三位。
【第三位 佐藤健太 百九十一点】
「……三位か」
美咲が拍手した。
「健太さん、すごいです!」
「ありがとう。焦がしかけたのを立て直せただけでも、今日は収穫だ」
スクリーンに内訳が表示された。
【佐藤健太 第一競技九十五点/第二競技九十六点/合計百九十一点】
「……失敗しかけた二皿目のほうが、一点高いのか」
美咲が笑った。
「焦がしたまま出さずに、ちゃんと作り直した工夫が伝わったんですよ」
「だったら、あの失敗も無駄じゃなかったな」
残る二人は、陳大福とザハル。
会場が静まり返る。
第一競技では、ザハルが一点先行していた。
第二競技の得点は、まだ公開されていない。
皇帝が封筒を開いた。
「準優勝――陳大福! 合計、百九十五点!」
歓声が上がった。
陳はゆっくり頭を下げた。
「見事な勝負だった」
皇帝が最後の名前を読み上げる。
「優勝――惑星トリオス代表、ザハル! 合計、百九十六点!」
競技場が揺れるほどの歓声。
ザハルは六本の腕を広げたまま、しばらく動かなかった。
「……私が?」
「そうだ!」
皇帝が黄金の中華鍋を授けた。
「初代銀河チャーハン王は、地球の料理を学び、銀河の技術で新たな味を作ったザハルだ!」
スクリーンに、上位二人の得点内訳が並んだ。
【ザハル 第一競技九十八点/第二競技九十八点/合計百九十六点】
【陳大福 第一競技九十七点/第二競技九十八点/合計百九十五点】
「……二皿目は同点だったのか」
健太がつぶやくと、陳が笑った。
「最初の卵チャーハンでついた一点を、最後まで取り返せませんでした」
ザハルは六本の腕を胸の前でそろえた。
「その一点を守れたのは、あなたの技を見て、最後まで気を抜かなかったからです」
「次は、その一点を取りにいきますよ」
二人は笑って握手した。
ザハルは金色の鍋を見つめた。
「私の星では、六本腕は働くためのものだと言われてきた。だが今日、この腕で誰かを喜ばせる料理を作れた」
健太が拍手した。
「おめでとう! 本当にうまかった!」
陳大福も笑った。
「次は負けませんよ」
ザハルは深く頭を下げた。
「次は、私があなた方の店へ修業に行きたい」
健太はうなずいた。
「いつでも来てくれ。ただし、鍋は三つまでな」
「私の腕は六本だが?」
「店のコンロが三口しかないんだよ!」
会場に笑いが起こった。
翌朝。
『らーめん銀次』には、いつもの朝が戻っていた。
健太は寸胴の火を確かめ、ネギを刻む。
美咲が新聞を持ってきた。
「健太さん! ザハルさんの優勝、銀河中で話題ですよ!」
「そりゃよかった。ちゃんと強かったからな」
『師匠。惑星トリオスから料理留学生の受け入れ依頼が届いています』
「今度は許可を取ってから話を進めてくれよ」
『もちろんです』
「……本当に成長したな」
そこへガルが駆け込んできた。
「店主! 緊急事態です!」
「今度は何だ!」
「皇帝陛下が、ザハル殿の優勝に感動して『銀河中の米をパラパラにせよ』と命令されました!」
「……言葉の意味を説明しろ!」
『すでに帝国農業局が実行準備を始めています』
クックが報告する。
「何を実行する気だ?」
『収穫前の稲から、米粒を一粒ずつ切り離す計画です』
「収穫まで待て!」
『さらに、宇宙空間へ散布する案も提出されています』
「誰が拾うんだよ!」
『ご安心ください。実行には生産惑星の承認が必要です。現在、すべて未承認です』
「よし。今すぐ却下しろ!」
『却下しました』
健太はほっと息をついた。
「……やっと常識が通じるようになったな」
そのとき、皇帝から追加の注文が届いた。
『では次は、銀河全域をしっとりさせるチャーハンを頼む』
「チャーハンだけしっとりさせろ! 銀河を湿らせるな!」




