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愛されたいだけなのに婚約を解消された針仕事令嬢は、途切れた時間を縫い直して辺境伯に愛される  作者: 乾為天女


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15/18

第15話 公平な犠牲

 グルアシエルアは。


 母の追記を読んだあと。


 長く。


 黙っていた。


 「ここから先は」


 資料庫の奥。


 鍵のかかった小部屋。


 「閲覧制限記録です」


 クアイドエンが。


 すぐ問う。


 「今まで隠していた?」


 「はい」


 グルアシエルアは。


 否定しない。


 「理由は」


 「王室の判断です」


 「あなたの?」


 「私も、維持してきました」


 その言い方。


 責任から。


 逃げない。


 だからこそ。


 ハフソには。


 怖い。


     *


 十二年前。


 王都を救うため。


 地下で。


 大規模な封鎖作業。


 「何が起きていたのですか」


 ハフソが聞く。


 「発端は」


 グルアシエルア。


 「記録が意図的に欠かされています。私にも断定できません」


 「分からない?」


 「はい」


 「分かっていることは」


 「王室が旧術式を使ったこと」


 机の上。


 古い計算表。


 「三百人の時間を、地下へ押し込み」


 次。


 「封鎖を成立させたことです」


 「三百人は、選ばれたのですか」


 「はい」


 「どういう基準で」


 グルアシエルアは一度黙る。


 「封鎖区画へ動員可能な者。身元確認が容易な者。術式適合が高い者」


 人が条件へ変換されている。


 「本人の同意は」


 「ありません」


 テググが顔を背ける。


 「家族は」


 「多くは事故死、または封鎖災害による死亡として処理されました」


 名前。

 死因。

 時間。


 全部。

 切られた。


 部屋が。


 静かになる。


 「時間」


 テググ。


 「って」


 「人間の生の時間です」


 クアイドエンの声が。


 低い。


 「命を奪ったという意味か」


 「はい」


 「三百人も?」


 テググの表情。


 怒り。


 そのまま。


 「はい」


 グルアシエルアは。


 受け止める。


 言い訳しない。


 マーカスが。


 記録を。


 震える指で読む。


 「全員」


 「死亡しています」


 母の追記。


 『押し込めただけで、戻してはいない』


 意味。


 分かる。


 三百人。


 切られた時間。


 地下へ。


 固定。


     *


 「今」


 クアイドエン。


 「十二年前の封鎖が弱っている」


 「そうです」


 「旧術式で直すなら」


 「再び」


 グルアシエルア。


 「多数の死が必要です」


 ハフソの胃が。


 冷える。


 「三百人を」


 「私は選びません」


 即答。


 グルアシエルア。


 「だから」


 別の計算表。


 新しい。


 「一人の命を丸ごと代価にする旧術式ではなく」


 線。


 全国。


 「全国民から、ごく短い時間を同時に徴収する方式を設計しました」


 王族。


 貴族。


 平民。


 彼女自身。


 「全員が同じだけ負担する方が公正です」


 「子どもも?」


 「はい」


 「老人も?」


 「はい」


 「王族も?」


 「はい」


 「あなたも?」


 「当然です」


 例外を作らない。

 それがグルアシエルアの公正。


 「病気の人も」


 「同じです」


 例外を作れば、誰かが多く背負う。

 だから全員。


 理屈は徹底している。


 「公正です」


 マーカス。


 「数式としては」


 「はい」


 グルアシエルア。


 「人を数値として扱うなら」


 ハフソが言うと。

 彼女の目が少しだけ揺れた。


 言葉は。


 整っている。


 数学的にも。


 たぶん。


 筋が通る。


 「数分?」


 マーカス。


 「負荷量へ換算した短時間です。旧術式の三百人の人生と単純換算するものではありません」


 そこは。


 はっきり。


 「封鎖装置へ必要な負荷を、広く薄く分散する」


 「死なない?」


 「計算上は」


 グルアシエルア。


 「誰からも命そのものは奪わない」


 正しい。


 そう。


 聞こえる。


 でも。


 ハフソは。


 胸の奥に。


 引っかかる。


 「全国民から」


 「はい」


 「奪う権利なら、あるのですか」


 「ありません」


 グルアシエルアは目を逸らさない。


 「告知は?」


 「本稼働の直前です」


 「選ばせるのですか」


 「拒否権は設けません」


 即答。


 「なら」


 胸がはっきり冷える。


 「公正にするために、全員から選ぶ権利を奪う?」


 「そうなります」


 「それを正しいと?」


 「正しいとは言いません」


 グルアシエルア。


 「必要だと判断しています」


 必要。


 その言葉が。

 ハフソの古い傷へ触れる。


 部屋。


 静か。


 「それでも」


 彼女。


 「三百人を殺すより、損失が小さいと判断しました」


 公正。


 最小の被害。


 選ばないために。


 全員から。


 少しずつ。



     *


 「もし」


 マーカス。


 「徴収される数分が、眠っている間なら」


 グルアシエルア。


 「個人差を認めると、公平性が崩れます」


 「痛みの少ない時間を選ぶのも?」


 「選べる人と選べない人が出る」


 アニサ。


 「では、病人も同じ時間?」


 「同じです」


 「幼い子も」


 「同じです」


 例外を作らない。


 その徹底が。

 また。

 理屈としては分かる。


 テググ。


 「でも、道路だって」


 全員が見る。


 「同じ幅にすれば公平、じゃないです。急な坂なら広くするし、雪が降るなら排水を変える」


 「条件差を考慮するべきだと?」


 「人間なら、なおさら」


 グルアシエルア。


 少し。

 考える。


 「差を考慮した瞬間、誰が多く負担するかを決める必要があります」


 「だから全員同じ」


 ハフソ。


 「はい」


 公平。


 同じにすること。


 公正。


 違いも含めて扱うこと。


 二つは。

 同じではない。


 でも。

 どちらを取っても。

 誰かの時間へ手を入れる。


 ハフソは。

 簡単な反論がないことを。

 改めて思い知る。


 だから。

 第三を探さなければならない。


     *


 ハフソは。


 もう一つ。


 聞かなければならない。


 「今の」


 喉。


 乾く。


 「今の時間の欠落を起こしているのですか」


 「はい」


 また。


 即答。


 「北の古道が消えたのも?」


 「徴収経路が局所的に過剰反応しました」


 「十七秒も?」


 「同じです」


 「黒い馬車も」


 「本稼働のための経路調整の一部です」


 テググが。


 机へ拳を置く。


 「試験で、人の時間を飛ばした?」


 「はい」


 怒鳴らない。


 でも。


 怒っている。


 「危険は分かってた?」


 「計算上の危険は」


 「現実に起きた」


 「はい」


 グルアシエルアは。


 全部。


 認める。


 だから。


 余計に。


 簡単に悪人と呼べない。


 公平に。


 傷つける。


 誰も選ばないため。


 全員を選ぶ。


 それは。

 ハフソがずっとやってきたことと。

 どこか似ている。


 誰にも嫌われないよう。

 自分の希望を少しずつ削る。


 大きく傷つかない代わりに。

 少しずつ自分をなくす。


 グルアシエルアは。

 国全体でそれをやろうとしているのかもしれない。


 誰か一人を犠牲にしないために。

 全員の選択を少しずつ切る。


 それは。


 正しいのか。


 ハフソには。


 まだ。


 答えられなかった。


     *


 グルアシエルアの説明が終わっても。


 誰も。

 すぐ席を立たなかった。


 紙の上。


 数式。

 人数。

 負荷。


 数字は。

 静か。


 でも。


 その数字の外に。

 人がいる。


 「あなたは」


 ハフソ。


 「自分の数分も取ると言いました」


 「はい」


 「それで、公正だと思えるのですか」


 「少なくとも、私だけ例外にするよりは」


 「でも」


 言葉を探す。


 「自分も傷つくから、他人を傷つけていいとはならない」


 グルアシエルア。


 少し。

 目を伏せる。


 「その通りです」


 否定しない。


 「では、なぜ」


 「他に成立する方法を見つけられなかったからです」


 初めて。


 彼女の答えから。

 確信ではなく。


 疲れが見えた。


 「十二年間」


 グルアシエルア。


 「探しました」


 ハフソは。

 胸が少し詰まる。


 悪い人だから。

 この計画を作ったのではない。


 諦めずに考えた人が。

 最後に選んだ答え。


 だからこそ。


 「それでも」


 ハフソ。


 「私は、まだ選びません」


 「はい」


 「別の方法を探します」


 グルアシエルアは。


 初めて。

 ほんの少しだけ。


 ハフソを見る目を変えた。


 「見つけてください」


 お願いでも。

 挑発でもない。


 ただ。

 事実のように。


 そう言った。

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