↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
49/79

第49話「十一月十四日、社内プレゼン」


十一月十四日、木曜日。

コンペ本番を明日に控えた午後一時。


大会議室には、部長や役員、各部署の管理職が集まっていた。

設計一課の全員も、後ろに並んで座っている。


私は玲さんの隣で、膝の上の資料を何度も何度も揃え直していた。


 「しおりちゃん?」


玲さんが小さな声で呼んだ。


 「はい」


 「その資料、そのうち角が丸くなっちゃうよ」


玲さんは前を向いたまま笑ってる。


プレゼンするのは私じゃないのに、さっきからずっと落ち着かない。


前に立っている係長は、いつものとおり。

見慣れた紺色のスーツ。

何を考えているのか分かりにくい顔。


ただ、少し痩せた。


私はここ数週間の係長を見てきた。

昨夜はその隣に、私がいた。

今朝も続きを手伝った。


係長が話す言葉を書き取りながら、二人で見つけた言葉もある。


  ――見つけ直す


最初の「見」だけ、小さくなったあの言葉。

それが今日、大勢の前に出る。


膝の上の資料をまた揃えてた。


◆


 「では、馬平係長」


総務部の部長がそう言うと、会議室の照明が落ちて、

前のスクリーンに、シャッターの閉まった商店街が映し出された。


色の抜けた看板。

人のいない通り。

店先には、持ち主をなくした植木鉢が残されている。


係長が口を開いた。


 「それでは、始めます」


大きな声ではなかったけど、会議室の後ろまでよく通った。


 「この商店街を、昔の姿に戻すことはできません」


スライドが切り替わる。


閉店した写真館。

看板が取り外されたあとの壁に、四角い跡が残っている。


 「店を同じように作り直しても、同じ人は戻ってきません。 もう昔と同じ街にはなりません」


係長は、写真館の改修案を映した。

古い壁は、そのまま残されている。

看板があった場所には新しく大きなグレーの板が貼られ、そこに町の人たちが持ち寄った写真が並んでいた。


 「なくなったものを、元に戻す計画ではありません」


係長が、まっすぐに前を見た。


 「今もここに残っているものを、見つけ直す計画です」


昨夜、私が紙に書いた言葉だ。


私と係長しか知らなかったあの言葉を、

今は会議室の全員が聞いている。


資料を見ていた役員が顔を上げた。

紙をめくる音も、咳払いも聞こえない。


昨夜、まだ私が置いていないコーヒーを、黙って手で探した人。

その人が今、会議室にいる全員を引き込んでいる。


  ……遠い


嬉しいのに、そう思った。


◆


スライドが進むにつれて、閉ざされていた商店街に人が戻ってきた。


使われなくなった店が、小さな図書室になった。

空き地には、週末だけ店を出せる広場ができた。


係長は、その場所がどう変わるのかを、一つずつ話していった。


まだ建築をよく理解できていない私でも、ここなら歩いてみたいと思った。

板に並ぶ写真を見て、知らない町の昔を知りたくなった。


最後のスライドに、新しくなった商店街が映し出された。


建物の間をたくさんの人が歩いていて、

店先でも話している人がいる。

子どもが広場を走ってる。


 「建物を残すことが、街を残すことではありません」


係長は少し間を置いた。


 「そこにあったものを、次に来る人に渡せるようにする。 それが、この計画で考えた再生です」


係長が一礼した。


 ………。


すぐには、誰も声を出さなかった。


 ………。


沈黙が続いたあと、

やがて総務部長が、大きく息を吐いた。


 「いいじゃないか」


その一言をきっかけに、会議室のあちこちから拍手が起きた。


玲さんが私の腕をパシパシ叩く。


 「すごいじゃん!」


 「……はい」


声がうまく出なかった。


係長が評価されている。

ここにいる人たちに、ちゃんと届いた。


◆


しばらくして拍手が収まると、質疑応答が始まった。

係長がいくつかの質問に答えたあと、それまで黙っていた役員が手を上げた。


 「ひとついいか」


 「はい」


 「写真館の板に飾る写真は、誰が集めるんだ?」


スクリーンが、グレーの板に写真を貼ったスライドに切り替わった。


 「町の人たちです」


 「最初はおもしろがって集まるだろう。 珍しいし、昔の写真を持っている人もいる」


役員がスライドを指さした。


 「では、そのあとは?」


係長はすぐには答えずに、スクリーンを見た。


板に並んでいるのは、なくなったお店や、そこで働いていた人たちの写真ばかり。

これを飾って、それで終わりなんだろうか。


 「みんなで増やしていけばいいのに……」


玲さんが、すごい勢いで私を見た。

前に座っていた課長も振り返った。

部長も役員も、みんな。


ここにいる全員が、私を見てた。


 「しおりちゃんっ」


玲さんが私の口元を両手で隠した。


 「す、すみませんっ」


この場から逃げ出したい。


 「風宮」


前に立っている係長が、私の名前を呼んだ。


 「はいっ」


 「続けてくれ」


 「え?」


 「今の話だ」


まだ全員が私を見てる。

逃げられない。


 「その……、昔の写真を飾って終わりじゃなくて」


自分の震えた声が、静かな会議室の中に響いた。

手も震えていて、資料の端を、ぎゅっと握った。


 「今日ここで撮った写真も、すぐに昔の写真になります。 新しく店を始めた人や、遊びに来た人も、写真を一枚ずつ増やせるようにしたら……、この板は、ずっと変わっていけると思います」


間違えたかもしれない。


 「すみません。 思いついただけで――」


 「この案にしたきっかけも、風宮の言葉でした」


係長が言った。


私は呼吸が止まった。


 「元に戻すのではなく、見えなくなっていたものを見つけ直す。 最初にその考えを出したのは、この風宮です」


やめてほしい。

嬉しい。

でも本当にやめてほしい。


会議室の視線が、また全部私に向いた。


係長は気にする様子もなく説明を続ける。


 「完成したあとも、町の人たちが写真を増やしていく。 単に昔の記憶を飾る場所ではなく、この先の記憶も残していける場所にします」


質問した役員が、ゆっくりと頷いた。


 「おもしろい」


助かった。


 「だが、その話はそのスライドのどこにある?」


役員がもう一度、前のスクリーンを指さした。


 「そこにあるのは、きれいに完成した街だ。 写真館も図書室も、その先がない」


誰も言葉を挟まなかった。


 「君たちが作りたいのは、完成した街ではないんだろう?」


君たち。


 「……はい」


 「人が使い続けることで、これからも変わっていく街だ。 二人の説明を聞いて、私はそう理解した」


二人。


 「だったら、それを入れたほうがいい。 質問しなければ出てこないのは、もったいない」


係長はしばらく最後のスライドを見ていた。


 「ありがとうございます」


深く頭を下げた。


部長が腕を組んだまま言った。


 「全体はとてもいい。 今の部分を入れて、明日はがんばってくれ」


 「はい」


 「君も」


 「は、はい」


 「いい意見だった」


 「ありがとうございます」


私は両手で顔を覆った。


◆


会議室の照明がつくと、張り詰めていた空気が一気に消えた。

役員たちが席を立って、係長のところに集まっていく。


設計部の部長が係長の肩を叩いた。


 「馬平、よかったぞ」


そう言うと、満足そうに会議室を出ていった。


玲さんが、たたたと私の横に来た。


 「しおりちゃん、すごかったじゃん」


 「死ぬかと思いました」


 「係長、しおりちゃんの言葉だって、みんなの前で言ったねー」


 「……はい」


 「しおりちゃん、今係長を見たら、もっと赤くなっちゃうんじゃない?」


 「なりません」


そう言われて前を見たら、

係長と目が合った。


  ……っ


すぐに逸らした。


 「ほら」


玲さんは課長に呼ばれて、まだくすくす笑いながら、会議室を出ていった。

ほかの人たちも、次々といなくなった。


でも係長は、スクリーンの前から動いてなかった。

最後に映された、完成した街を見つめている。


あの夜、私は、止まっていたコンペを動かせたのだと思った。

でも今は、そう思えない。

私が動かしたのはコンペじゃなくて、係長の中にある古い傷だったのかもしれない。


 「係長?」


 「一枚じゃ足りない」


 「え?」


 「最後に一枚追加しても、今の話は伝わらない」


係長はノートパソコンの前に座って、スライドを最初から開いた。


 「全部直す」


 「全部?」


 「完成した姿を見せるんじゃない。 完成したあと、どう使われ続けるかを見せる」


スライドを切り替えながら、係長は修正する場所を確認していく。


 「これ、明日までに終わりますか?」


 「終わらせる」


昨日も聞いた。


 「風宮」


 「はい」


係長がモニターを見たまま言った。

さっき、遠いと思った人が今、私を呼んだ。


 「悪い。 もう少し――」


 「お付き合いします」


返事がまた早すぎた。


コンペの本番は、もう明日。



◆第50話「……徹夜」、明日20時に更新します

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

『このおっさんは、なぜかモテる』全79話完結
全79話に登場人物紹介とあとがきを加えた完全版を制作しています。
▶ 完全版についてのお知らせをnoteで読む

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。